詩編の学び

詩編を学ぶ機会をあたえられています。学ぶと言っても、テキストを読み、代表的な注解書をいくつか読んで、一編ごとに短く緒論的なこと、語彙、黙想を書き留めてみるという程度のことです。

今週は詩編121編。多くの人に愛されている詩編です。そして、別所梅之助先生の讃美歌「山辺にむかいて我、目をあぐ」もまた親しまれています。

「都に上る歌」歌集の2番目の詩編なので、エルサレムへと向かう巡礼がこの歌の背景になっていると読むのが素直だと思われます。新共同訳聖書の翻訳はこの立場を採用しているようです。もちろん、違う読み方もあります。エルサレムから帰郷する時の歌であろうとか、必ずしも巡礼に限定しなくてもよくて、人が長い旅に出る時の歌なのではないか、といった解釈です。どの考察も興味深く、味わい深いものがあります。

別所先生の「山辺」は、いかにも日本的な読みですが、自然の豊かさと、その自然を創造された神さまが、わたしたちのいかなる歩みにも伴っていてくださる、その幸いが歌われています。その感性、大切にしたいと思います。

絵巻物

1960年頃の某教団の様子を描いた絵巻物を見たことがあります。東京のO牧師が描きました。描かれているのは、いたるところで会議が行われている様子です。そして、短いコメントが、「会議は踊る」。

2014年、今日の会議は、自分の教会では教会の皆さんに紹介することはない(紹介できない)ペーパーのために議論が費やされたのでした。「会議で眠る」。

昨日は浜松元城教会で説教を

4月から赴任する教会です。赴任前に長老会との打ち合わせも兼ねて主日礼拝説教を担当しました。礼拝者は25名前後だったかと思います。こぢんまりとした綺麗な礼拝堂でした。20年ほど前に一度説教と聖餐式をさせていただいたことがありました。その時の印象と重なり合わないのですが、わたしの記憶が混乱しているからかもしれません。

印象深かったのは、聖壇の椅子です。誰も座らない椅子が真ん中にありました。主がご臨在くださる徴として置かれているのだと思います。

それから説教壇が立派でした。重厚な作りで、私が仕えてきたどの教会の説教壇よりも素晴らしいものでした。私に、説教はどうなの?と訊かれると困ります・・・

昨日で終了

二つのことが終了しました。たぶん。

一つは某テレビ局のお手伝い。昨年末から昨日まで、何度かリハーサルや撮影本番に立ち合いました。なるほど、こうやってテレビドラマは作られていくのか、と初めて知りました。可愛いらしい子役さんから、よく知られた役者さんたちまで、身近にその仕事ぶりを拝見することができました。私はといえば、ほんの少し、間違いがないように注意を払うという気楽なお手伝い。でも、時間はかかりますね。

もう一つは、墓所委員会です。二つの教区が共同で運営する墓所での年二回の墓前礼拝開催と、墓所の管理が仕事です。ながく委員を務めていてくださる方々の支えで、なんとかお役を務めましたが、昨日の、私にとっての最後の委員会は、遅刻をしてしまい大顰蹙でした。失礼しました。最後の仕事は、HPの作成です。たいしたことではありません。すぐに出来上がります。興味があれば開いてください。まだ、何も内容はありませんが・・・・

http://tnboshok.wordpress.com です。

湯河原二泊三日

二つの会合に出席。
一つは支区の一泊教師会、もう一つは更新伝道会の一泊研修会。後者では講演という名の発題で、「This Holy Mistery 合同メソジスト教会の聖餐式に関する見解」を、慣れないことだが翻訳して、解説を加え、ポイントとなる事柄を提示するということで、 役目を果たさせていただいた。

宿泊した施設では、トリニティーアーツという会社の新入社員研修も行われていた。トリニティーという語が一般に使われるようになったが、キリスト教では、かつて300年もの年月をかけて告白に至った語である。

一泊教師会ではある少人数による聖書の学びのグループについての紹介がなされ、学ぶ機会を与えられんた。聖書テキストに注意深く接近し、かつ、黙想へと至るという試みである。その方法論に共感する部分もあったが、教導的色合いが強いかなという印象を持った。

韓国では「異言」が「方言」と翻訳されているとのこと

方言指導と合同教会論に共通性がある、ということをソウルから一時帰国したN宣教師に話したら、韓国語の聖書では「異言」が「方言」と訳されていると教えてくれた。

面白いと思ったので、ちょっと調べてみようかと思っているところです。

方言指導と合同教会形成

直前の投稿の続きです。方言指導の話から、合同教会形成について考えさせられました。

故北森嘉蔵先生は、教派というのは角度の違いから生じている、ということを言われました。どの教派も、まちがいなく教会である。しかし、異なった教派が存在し、時には、対立もする。それは、ある教派は正しく、ある教派は教会として間違っているといううことではなく、福音(その伝達体である聖なる公同の教会)に接する角度の違いだというのです。

言うなれば、教派はそれぞれの方言で福音を共有しているということです。方言の集合、それが合同教会ですが、そこに、豊かさもあり、難しさもあるということでしょう。

自家の信仰理解を主張すると、他の伝統とは争いになると考えがちです。方言の違いが、違いとして残ってしまう。それで、合同教会においては自家方言を主張しないという抑制が働きます。しかし、はたしてそれで豊かな合同教会が形成されるでしょうか。はなはだ疑問です。皆が、自分の方言で発語できなければ、根無し草になってしまい、その信仰は借りものになってしまうのではないでしょうか。

エキュメニカルな議論を意識しつつ、自家の理解を明確に表現することが大切なのかもしれません。自家の方言を、他者に充分に理解してもらえるように、台詞を選ぶ。その互いの努力が合同教会形成には必要なことですね。

方言指導と説教

4月から某テレビ局で放送される連続ドラマで、出演者に方言指導をなさっている方にお会いした。ご自身、ベテラン役者で、一葉の一人芝居と取り組んでおられる方である。

方言指導というのは、ただある地方の方言・発音を正しく発声するようにと役者さんを指導するということではないそうです。だいたい、どんな優れた役者でも、自分が身につけている言葉と違う方言を、あたかも自分の言葉であるかのように正しく発声することは不可能で、それでも、身についた言葉で、心の底から発している、その不可能になるべく近づくように役者に演技をしてもらわなければならない。そのためには、発音・発声しやすい言い回しを見つけて台詞を工夫するようにしているのだとか。方言指導の奥の深さの一端を伺った。

話を伺いながら、2つのことが思い浮かびました。1つは、私が関西弁を使うと大阪出身の家内が不快に感じて、いつも、怒るということです。自分では正しく発音しているつもりでも、家内はそれを関西弁とは認めることができす、それだけではなくて、関西弁が、ひいては関西人が侮られているように感じてしまうようなのです。

2つは、教会の牧師が説教にたずさわるときの留意点です。説教者は聖書の言葉を説き明かすのに、先人の言葉に学びながら準備をしますが、何を目指しているかというと、目の前の聴衆の心に聖書の言葉が届くということです。その人の血となり肉となるということです。そこに、説教者の存在理由があります。そのための取り組みは、方言指導と共通点があるように思われたのです。

名説教者として知られている先輩牧師が、ある時、地方の某教会に招かれて説教した。とっておきの説教をなさったのです。しかし、初めての経験だけれども、その時は、聴衆に受け入れられなかった。そう言われたことがありました。そんなことがあるのですね。たぶん、その教会の人々の言葉とかみ合わなかったのではないでしょうか。言語・方言というだけではなく、日ごろその教会で説教をしておられる牧師が優れた方で、その言葉の世界に養われた方々には、違和感を与えた、ということではないかと思います。

iPadで原稿を見ながら・・・

結婚披露宴でのこと、新郎の上司がスピーチをされた。若い方だったが立派になさっておられた。印象深かったのは、その方が紙に書いた原稿ではなくiPadを持っておられたということである。スピーチ・メモが表示されていたようだ。

今週になって、比較的若手の親しい牧師と話をした。この人も一昨日の日曜日、礼拝説教のおりにiPadを使ったとのこと。その日、プリンターが壊れてしまい説教原稿を紙に印字できなかったので、しかたなくそうしたようだ。

使用具合はどうだったのだろう。披露宴のスピーチ・メモであれば一画面で済むだろう。説教原稿はそうはいかない。となると、例のごとく指でページを移行させなければならない。けっこうやっかいなことかも知れない。

さて、自分のことであるが、もしもタブレットを使うとしたら、windowsタブレットでも、androidタブレットでもなく、iPadになるだろう。理由は操作がシンプルで、画面が見やすいからである。しかし、たぶん、使うことはないだろう。と、今のところは思っている。

教会の写真

日本における最初の教会である横浜海岸教会が、デジカメwatchというサイトのNikon Dfレビューのサンプル写真で撮されていた。教会全体の写真ではなく、部分的なものなので、もしかしたら教会の人たちも気付かないかも知れない。

以前に、同じような他機種のレビューで札幌教会が撮されていたが、こちらのほうは誰もがすぐに分かる写真であった。教会というのは絵になるのだろう。

実は、何年か前に季刊誌「太陽」に教会が特集された。2回か3回続いたと記憶している。その第1回で写真を撮ったのは私の親戚で、祖母の葬儀の写真も掲載されていた。先日、その親戚に会った折りに聞いたのだが、私たちが普段使うようなカメラではなく、特別なものを使ったようだ。資材購入に200万円ほどかけたとか。なるほど、良く撮れていた。

今後、全国の教会の写真を撮っていこうかと考えている。伝道用サイト(インターネット伝道会)での教会紹介のために。ただし、普通のカメラで・。

DSC02708

これは愛媛県との県境に近い高知県の山間部にある町で、須崎教会と近永教会とが協力して開拓伝道を行っている集会所である。2週間ほど前にお訪ねした。この町にはクリスチャンは一人もいないが、ご老人がお一人、求道しておられる。ちなみにカメラはRX100というコンデジ。

まいった、難しい文章になってしまった

「キリストの体」を取り上げて短い説教を書くようにと依頼され、書いて送った。我ながら難しい文章になってしまった。関西風に言うと、漢字の多い文章、ということになる。自己嫌悪に陥っている。

依頼してこられた方が、聖霊降臨日との関連でキリストの体を、というお話しだったので、教会論との関わりでキリストの体が取り上げられているエフェソ書から学ぶことにした。説教題は「キリストの体、聖なる教会」。教会生活への畏れと、教会にたいする信仰とを分かち合いたいと思った。

土の希望

という言葉がある。K.バルトに由来するようだ。

土の塵で創られ、土と分かちがたい存在である人間が、キリストにある復活の希望のもとに土に帰るとき、それは土の希望となる、そう語ったというのである。心に留めたい言葉である。

土の器(2コリント7章)というパウロの言葉も思い起される。土はラテン語でHumus、人間は英語でhuman、悔いくずおれる用意のある者である。

Means of Grace

今日、婦人会でお話したテーマだ。今年の主題が「教会と信仰生活」としたので、その第一回にこのテーマを選んだ。

恵みの手段というと、み言葉と礼典と祈り、をすぐに数え上げることができる。ウェストミンスター小教理問答88にあるように、教会の生命線である。そのことを前提にウェスレーの教えた恵みの手段について取り上げた。

ウェスレーは聖餐を重んじたことが知られている。そのことを確認して、ウェスレーの教えた、a, 敬虔の業としての恵みの手段と、b, 慈愛の業としての恵みの手段、についてお話をしたのである。

前者は、信仰から信仰へとすすむ敬虔を養う手立て、後者は、魂の救いを願ってなされる隣人の身体と魂に対する手だて(奉仕)である。信仰生活の豊かさを分かち合うことができたと思う。

復活節の疑い

という言葉がある。

イエス・キリストの復活を疑うということではない。そのことを疑うというのであれば、別に「復活節の疑い」などという言葉を生み出す必要はないであろう。そうではなくて、復活節には死の確かさへの疑いが始まっているということである。死んだらすべてが終わり、ということが疑われ、死が揺るぎ始めるのである。

ちょうど復活の日の朝、婦人たちが墓に向かう道すがら、墓の入り口に据えられた大きな石が悩みの種であったけれども、行ってみるとその石は動かされていたように、揺れ動くのである。弟子たちの頼りなさについても疑いおこる。彼らが確かな人となったというのではない、主イエスが「世に終わりまで、あなたがたと共にいる」と仰せになるからである。

捕まえて、無理に

キレネ人シモンは、無理に主イエスの十字架を担がされたとマタイ福音書に書かれています。

このシモンの姿は「自分の十字架を背負って」と主イエスが言われた弟子の姿を表しているのではないだろうか。自分の十字架とは、彼の(キリストの)十字架とも解釈可能だから・・・・・その時、シモンだって自分自身の重荷を背負っていたことだろう。そのシモンにキリストの十字架が重ねられた。そして、ゴルゴダで主イエスはシモンの重荷と共にご自分の十字架を引き取られた。

「無理に」とはシモンが自覚するよりももっと深く、徹底的にということであろう。ルカ福音書は、この時、人々がシモンを「捕まえて」と記しています。「捕まえて」とは、しっかり握って離さずに、主イエスのところに連れて来て、それこそ、無理矢理に十字架を担がせたということを意味しているようです。

「捕まえて」と訳されている言葉ですが、新約聖書にそれほど多くは用いられていませんが、主イエスの御手の働きをを伝えるときに、何度か登場します。たとえば、ベッサイダに行かれたとき、人々がひとりの目の見えない人を主イエスのところに連れて来ました。その時、主イエスは、その盲人の手をとって、村の外に連れ出し、両方の目につばをつけて、両手をつけて、お癒しになりました。主イエスが盲人の手をとって、連れだした、それがこの「捕まえて」と訳されている同じ言葉が用いられています。この目が開かれた人は、エルサレムへ、十字架へと向かう主イエスについていき、証人となりました。主イエスは、その人を捕らえておられたのです。

また、弟子たちが誰が一番偉いかと言って、言い争ったことがありました。主イエスは小さな子どもを取り上げて、「誰でも幼子を私の名のゆえに受け入れる者は、わたしを受け入れるのである」と仰せになりました。幼子を取り上げ、その取り上げて、という言葉が「捕まえて」と同じ言葉です。小さな弱い幼子は、主の御手の中にありました。

ガリラヤ湖でのことです。夜、主イエスは海を歩いて弟子たちの乗っている舟に近づいて行きました。気づいた弟子ペトロが「主よ、あなたでしたか。では、わたしに命じて、水の上を渡ってみもとに行かせてください。」と言いました。主イエスは「おいでなさい」とペトロをお招きになったので、ペトロは舟からおりて、水の上を歩きはじめました。しかし、風を見て恐ろしくなり、おぼれかけてしまい、、「主よ、お助けください」と叫ぶのでした。主イエスは手を伸ばし、ペトロを捕まえて言われました。「信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか。」 弱さに沈むペトロに主イエスは手を伸ばして、しっかりと捕まえられたでした。

キレネ人シモンは人々に捕まえられて、主の十字架を無理に運ぶことになりましたが、そのシモンも、主イエスに捕らえられたのです。

「捕らえられ」「無理に」とは意味深長な言葉です。

宣教委員会

今週の月・火と日本基督教団宣教委員会の今総会期第一回委員会が開かれた。前総会期に引き続き、責任を果たさねばならなくなった。ただし、一総会期6回行ってきた委員会を5回にさせていただいた。

宣教方策に関すること、グローバル化に伴う社会の変化と宣教体制の検討、キリスト教社会事業やキリスト教学校と教会の宣教協力、伝道者の協働とパストラルケアーなどが今総会期の課題となる。もちろん、東日本大震災復興と教会の再建が課題となることは言うまでもない。

委員会構成は、宣教委員7名、常設専門委員会委員長3名、自主活動団体責任者3名である。沖縄、青森、能登から委員会に集う方々がおられる。

求道者会のテキスト

イースターに向けて求道者会を行っている。今回は主の祈りを取り上げ、日本基督教団宣教研究所から出されている「信仰の手引き」をテキストに用いている。

「信仰の手引き」は使いにくいという評判を聞く。使いにくいとは、どういう意味なのかはっきりしないが、確かに使いにくいと思うところもある。昨日は、主の祈りの最初の3つの祈りを取り上げたが、表現の硬さと説明・説得的な言い回しに多少違和感を感じたのと、「御国」についての解説が少ししっくりこなかった。私たちは御国に結ばれているのであるが、その結びつきの在り様についての説明が不十分と感じたのだと思う。

歴史共同研究委員会

2年前から始まった。日本基督教団と在日大韓教会との宣教協約に基づいて設置された。3名ずつ計6名が委員で、それに双方の総幹事が加わる。委員会は年に3,4回開催される。なぜか委員にさせられている。先週の委員会で発表担当の責任を果たした。2度目になる。

内容は、1908年に発行された日本メソヂスト教会の「教義及條令」の紹介。1907年日本におけるメソジスト3派が合同して日本メソヂスト教会が成立し、その第一回総会において制定され、翌1908年に印刷・出版されたのものである。それで、三派合同にいたるメソジスト教会の歴史を概観し、「教義及條令」を紹介して責任を果たした。

日本基督教団も1941年に日本にあるプロテスタント教会が合同して生まれたが、メソジスト教会の歴史もウェスレー以後の分裂を経て合同へと向かう歴史を辿ってきている。教派が合同すると、合同以前の歴史に関しては関心が薄くなる傾向が見られるようだ。それで三派合同にいたるメソジスト諸派の歴史を整理しておくのも意味があると思いまとめてみた。

「教義及條令」については目次を紹介し、内容的な背景を少しお話しした。教義及條令には教会の歴史が映し出され、垣間見られる。日本基督教団信仰告白と教憲・教規も同様であろう。

在日大韓教会は長老主義教会と監理教会(メソジスト)とが合流していると聞いているが、在日大韓教会内の旧メソジストの流れと、韓国監理教会、日本メソヂスト教会との間にどのおうな交流があったのか、そのことを辿ってみる必要があろう。

裁判所の判断

未受洗者への配餐問題で教師委員会より免職戒規を受けている北村牧師が、日本基督教団に対して正教師の地位保全と退職年金の満額支給、そして、慰謝料1000万円の賠償を求めて地裁に訴えていた裁判の判決が出された。
原告の請求をすべて却下し、裁判費用を原告が支払うようにという判決である。被告である日本基督教団の主張が全面的に受け入れられた。
教団から今回の判決についての説明が教団新報でなされることになろう。

ダブルブッキング

17日の日曜日はダブルブッキンング・デーだった。
日曜婦人会の予定が決まっていたのに、聖徒教会の講演を引き受けてしまっていたのだ。
主日礼拝が終わると日曜婦人会でお話をして、尻切れトンボの話で申し訳なかったが、慌てて聖徒教会へ。玄関で松井牧師が心配そうに待っていてくださった。そこでは予定より長い話になってしまった。

ちなみに日曜婦人会は預言者マラキがテーマで、聖徒教会では韓国教会についてであった。

韓国教会の歴史を少し調べて、自分の見聞したこととあわせてお話した。意外と指摘されることがないのだが、韓国教会の歴史において重要な働きをしてきたのは教育だと思う。その話はいつか書きたいと思っている。

東北ヘルプの二人

先月、東北ヘルプのお二人が訪ねてこられた。東北ヘルプとは福音派の方々がおもに奉仕しておられ、大震災後の救援・復興活動にあたっておられる。

お二人は教団の牧師で、放射能被害対策に力を注いでおられ、希望者に対して農作物などを測定し、適切に対処してもらうようにと働いている。測定結果は対象者のみに知らせ公表はしない。それが東北ヘルプの姿勢のようである。

なんでも、今月、ソウルで福音派のグループで両国教会の交流があるらしく、その話をしにきてくれたのであった。

ナーバスな問題もあり、簡単ではないが、渡韓の目的が達成されるように祈っている。

ナ・イルソン延世大学名誉教授と

昨年末のソウル訪問中にナ名誉教授と会食する機会を得た。同名誉教授は韓国において天文学を牽引して来られた方で、セムナン教会の元老長老。1960年頃にアメリカに留学して博士号を取得され、かの地の長老教会で長老も務められた。
一昨年の秋だったと思うが鳥居坂教会の礼拝に一度出席しておられる。その時、天文学者で学士院院長も務められた藤田良雄東大名誉教授教授が当教会員であることを知り、それ以来、親しみを持ってくださっている。藤田兄が学士院院長時に訪韓した際、ナ・イルソン兄の家を訪ねておられる。

さて、今年(2013年)3月2日にテレビ神奈川と韓国KSBの共同制作による作品「希望の翼〜あの時、ぼくらは13歳だった」が放送される。これは、ナ名誉教授と元テレビ神奈川プロデューサーの寒河江(さかえ)正氏との実録友情ドラマで、大山勝美プロデューサー監督を務めている。寒河 江さん役を国広富之が演じる。
戦時中の朝鮮で育まれた友情と41年後のドラマチックな再会がその内容で、同ドラマは8月15日に韓国でも放映予定と言う。未来思考による企画となると言う。

http://www.tvk-yokohama.com/tsubasa/index.html

セムナン教会は21世紀に入って日本の教会との関係を変更してパートナーシップを発揮してくださるようになった。east21asiaなどの日韓青年交流もその結果として生まれたとも言えよう。ナ長老はこれを決定した同教会の長老会の一員であられた。

好きな聖書の言葉は

と、質問されると、実は困ってしまう。好き嫌いで聖書の言葉に接することに対して、どこか否定的になっているのだろう。

先日、青年会の修養会でその質問が。で、なんと答えたかと言うと、「自分を捨て、自分の十字架を背負ってわたしに従ってきなさい」とのイエス様の言葉。振り返ってみると、若い頃から、幾度となくこの言葉が、折々に、心の耳に入ってきた。

先週、青山学院大学の相模原キャンパスでの礼拝でこの言葉の意味をお話しすることができた。鶏が鳴く前に三度主を知らないと否んだペドロの物語と、ゴルゴタまで主に代わって十字架を背負うことになったクレネ人シモンの話と共にお話した。

その日の礼拝への招きの言葉は「重荷を負うて苦労している者はわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。」との主のお言葉であった。ピッタリと合致した。

東京の弱点

日本キリスト教団のこと。
しかも、わたしの小さな経験に基づくだけの話。

ある勉強会に所属していたことがあった。この会は東京と大阪でそれぞれ勉強会を行ってたが、東京には卓越した指導者がおり、その方のお話を聞き、指導を受けるという様子であったが、当時、私が所属していた大阪の会にはそのような方がおらず、ドングリの背比べ。自分たちで考え、頭をひねって、取り組むほかはなかった。その結果、創造的な取り組みができたと思う。

東京にはそれが乏しい。

昨日の説教

マタイによる福音書8章23以下
嵐に襲われた舟の中で「イエスは寝ておられた」。恐れ惑う弟子たちの助けを求める言葉「主よ、助けてください。おぼれそうです」は教会の祈りのことばとなった。

パースペクティブ

私が身近にパースペクティブという語を聞いたのは20年ほど前のことだった。説教塾でK先生が説教におけるパースペクティブという問題を提起された。その語の意味をすくに理解した同僚牧師はほとんどいなかったと思う。今なお不透明であるが、聖書テキストがもつ神学的視野、説教黙想の視界、心に映し出される説教の造形などを表現する語なのかなと勝手に考えている。

この語は絵画の遠近法、透視図法の意で、目に映る像を平面に正確に写すための技法として一般に知られているが、最近、カメラのあるクチコミ掲示板で画角と遠近感等をめぐって話題になっているのを知った。議論は混乱している。それを読んで、立体的なものを人間の眼とは違って、レンズを通して一枚の平面上の写真に写し取ることが、あるいは、人間の眼に映る像というものが、そんなに単純なことではないのだなということが分かった。

パースペクティブ、分かって分からない語が、事柄の奥行きの深さへと誘う。

昨日の説教 マタイ6章25以下

「思い悩むな」との主のお言葉。

24節の「神と富とにかね仕えることはできない」との言葉に導かれて綴られている。思い煩う人生だが神の御手のもとにあるのだということを教えられる。「空の鳥」「野の花」も、そして、わたしたちも。

その私たちの日々の労苦は、主のお言葉の中では隠れている。隠れて良いのだ。神の御手のもとに隠れてこそ「十分」なものとなる。

湯河原で協議会

二つの教団(教派)が毎年行っている宣教協議会に出席した。
伝道がテーマで神学的な講演と大阪釜ヶ崎でのホームレス伝道のケーススタディーがあった。興味深く伺った。
前者も後者も共通していたことは、贖罪信仰の重要性であった。