聖夜礼拝ライブ配信

スマホを説教団に置いてライブ配信を行った。画像はメチャクチャ、音声はノー・バランス。ひどいものだった。

けれども、コロナ禍で礼拝に集うことの出来ない方や海外を含む遠方の方々が視聴してくださった。

画面は静止画で十分だと思った。私の顔が写っても仕方がない。それよりも、音声が大事だと思う。スマホ(今年購入したiPhone)のマイクが意外と優秀だということが分かった。けれども、マイクを複数設置して集音に工夫を凝らして、上手に切り替えてミキシングをすることができたら聴きやすいものになるだろう。

来年の課題としたい。

リモート授業、工夫するチャンス

コロナ禍で大学などがインターネットを利用したリモート授業を行うようになっている。私の知っている大学の教員は口を揃えて「大変だ」「苦労している」という。

教室では、学生の反応をみながら、臨機応変に会話が成り立ち、必要に応じて黒板も使える。その場の持つ臨場感が授業を豊かなものにできるのだろう。

リモートはそうはいかないと言うのである。zoomなどのミーティングのためのアプリとシステムは相互の会話が成り立つようにはなっているが、教室のような一緒に集まっている場の雰囲気は味わえないし。

微妙なタイムラグも難しさを醸し出す。参加者の使っているデバイスやwifi環境によってもずれ具合に差が出る。聞き、考え、発話するリズムが乱れる。

さまざまな要因があって「苦労する」「大変だ」と言うことになるのだろう。

大学の授業などであれば、出席人数にもよるが、リモートシステムの外枠というか別のコミュニケーションシステムを併用しても良いのではないだろうか。例えば文字によるチャットシステムとかである。参加者は話し手の邪魔をすることなく、質問や感想を書き込める。そして、ある時点で、そこに集まった質問等を取り上げて、話し合うことも可能だ。その場合、講義をする人の他に気の利く補助者が必要になるかもしれない。

大いに工夫を凝らして、ネットによるコミュニケーションを豊かなものにする良い機会だと思う。それに成功するかしないかでは、今後の活動や教育に違いが出てくるだろう。と思う。