私のiPadの使い方

を、ご紹介します。

なんだ、その程度のことかと思われるに違いないのです。その程度のことです。

1、外国語のツィートを読む。

   便利なiPadOSの辞書機能と外国語液晶キーボードを活用して。

2、ヘブル語とギリシャ語の聖書を読む。

   英語圏のbibleアプリを活用して、

3、各種翻訳アプリを使う。

4、普通にSNSを行う。

5、ブログの更新。

6、メールのやりとり。

7、画像の編集と保存。

   アプリが充実していて、PCよりも手軽にできる。

8、ノートをとる。

   良いアプリがいくつもある。

9、LineやHangoutで会話やチャット。会議。

10、クラウドに各種データを保存し閲覧。

   おもに、Dropbox,Evernote,icloud,onedrive等を利用

11、お絵かき。

12、webサーフィン。

13、プレゼンテーションの作成

以上、ここまでにしますが、補足ですが上記の中でPCではできないこと、あるいはPCよりも便利であったり優れていることをご紹介します。

1の辞書機能の使い勝手の良さと多様さ、そして無料で提供されているということはPCにはありません。

2も無料、あるいは非常に安価で提供されているアプリはiPadならではです。

7も、無料あるいは安価で多種多様なアプリが使えるというのはiPadならではです。

8も、というより8こそ、PCには無い機能だと言って良いと思います。

11も同様です。

別の機会に詳細についてご紹介できればと思います。

今年の私

私の2019年を振り返ってみようと思う。思いつくままに、書き足し書き足しになるが。

◯福音主義教会連合のこと

2018年秋に行われた日本基督教団総会での選挙行動を巡っての混乱が教会連合にも影を落とし、憂と共にスタートした今年であった。

1969年にはじまった教団紛争に対して教団改革を旗印に運動を展開してきた教会連合だが、亀裂が生じて、まっとうな議論ができない状況が続いている。

私は自身の「牧師のブログ」に自分の考えを書いては投稿してきた。そして、そのまとめのような文章「教団改革は教団建設であるー公同教会とローカリティー(固有性)-」が機関紙2020年1月号に載る予定である。

取組みの根本の背景

実は、4年前にはじまる。

◯「BMonTwitter」と「林檎の木会議」を構想し、着手。

インターネットを利用したサークル活動であるが、上記の教団・教会形成と連動している。

つづく

ローマ教皇来日に際して

キリスト教についてほとんどご存知でない方から、立ち話の中で質問を受けた。無理もないことだが、質問が漠然としていて実は分かりにくかった。

どうも牧師である私と教皇とはどんな関係があるのか、そして教皇をどのように見ているか、ということをお知りになりたかったようだ。

私の答え。

「同じキリスト教ですから親しみを感じています。そして教皇は牧師の私よりもはるかに上品で品格がおありです。けれども、私のように素晴らしい妻をお持ちではありません。」

近くに家内が。

BMonTwitterの楽しみ

聖書を囲む会話ををTwitterを介して行なっています。それがBMon Twitterです。聖書を開き、任意の箇所を各自が読みつつその手触り感を紹介し合います。

会話ですから自分も発言しますが、他の人の発言に耳を傾けます。それぞれの発言は聖書箇所との関連でなされるので、それを聞き合いながら聖書そのものに向かい、聖書に聞くことへと導かれます。

それを聖書を囲む会話と呼んでいます。共同の聖書黙想です。

これを聖書を囲む雑談と言っては不謹慎でしょうか。聖書のテキストに触発され、また、聖書の言葉を広く深く味わうための雑談です。何処に向かうか分からないのが雑談ですが、聖書を囲んでいるので、思いもよらぬ豊かなものになります。

さて、この会話で重要なことは聖書テキストに丁寧に触れるということです。

例えば、何かが手渡され、目をつぶってそれが何かを知ろうとするとしましょう。おそらく、それを丁寧に触ってみるのではないでしょうか。それが手触りです。今までに見たことや触ったことのあるものを思い浮かべながら、それらのものとの異同を確かめ、頭の中に手で触っているものの形状を描き出し、それが何かを判別することになります。丁寧に触るということはそのようなことです。

そして、今までに見たことや触ったことのあるものを思い浮かべて異同を確かめる、その作業を一緒にする、それが会話、また雑談、共同の黙想ということになります。

楽しい会話となります。

iPad仲間を増やしたい

インターネットにつなげるデバイスにはスマホ、PC、タブレットなどがある。その他にもいろいろあるようだ。けれどもスマホとタブレットが良く使われている。

若い人はスマホを器用に使いこなしているけれども私には難しい。画面が小さくて老眼には厳しい。加えて文字入力や画面操作が苦労だ。おそらく、私と同世代のほとんどの人は同様だと思う。ましてやもっと高齢な方にとっては言うまでもない。

となるとタブレットということになる。androidやwindowsと言ったOS(オペレーションシシテム)で動くいろいろな優れた端末が発売されているけれども私はiPadが良いと思っている。何故かというと機械として、また機能的にも洗練されているからだ。誰にとっても扱いやすくオシャレで画面は綺麗、音は良い。心地よく快適なのです。また、便利で良いアプリが豊富に提供されている。

それはそれとして、私がiPad仲間を増やしたい理由については、少し休憩してから、以下に書かせてもらいます。

と申しましたが、Facebookの投稿を貼り付けることにしました。

続く