かつて1月15日に起こった出来事

1) 1969年|ソユーズ5号 打ち上げ(1/15)

何が起きた?

ソ連の有人宇宙船ソユーズ5号が1月15日に打ち上げられ、すでに軌道にいたソユーズ4号とランデブーして、翌日に歴史的なドッキングと乗員移乗(船内トンネルがないため船外活動で移乗)へ進む“準備局面”が成立しました。

なぜ重要?(科学・技術史の意味)

これは「宇宙船をただ飛ばす」から一段進んで、複数機を軌道上で会合・結合させて運用するという“宇宙システム工学”の出発点級の出来事です。 のちの宇宙ステーション運用(補給・乗員交代・モジュール結合)に直結する要素技術――誘導制御、接近運用、通信、手順設計、人間の作業設計――の総合力が問われました。 ※ドッキング自体はUTCでは1月16日と記録されます。

2) 2001年|ウィキペディア公開(1/15)

何が起きた?

無料で誰でも編集できるオンライン百科事典「Wikipedia」が公開されました。

なぜ重要?(科学・技術史の意味)

知識の生産・検証・更新のスピードが、紙の百科事典モデルと別物になりました(更新が継続する“生きた参照基盤”)。 研究・教育・科学コミュニケーションにおいて、一次資料へのリンク、参考文献、版管理(履歴)、議論ページなどが組み合わさり、情報の信頼性をめぐる新しい実践(集合知の品質管理)が広がりました。 さらにデータサイエンス的には、言語横断・大規模テキストの蓄積が、自然言語処理・情報検索・知識グラフ等の研究資源にもなっていきます(功罪も含めて“知のインフラ化”)。

3) 2006年|スターダスト試料カプセル帰還・着地(1/15)

何が起きた?

NASAのスターダスト(Stardust)探査機が持ち帰ったサンプルリターン・カプセルが、1月15日にユタ州の試験場へ帰還・着地しました。彗星粒子や星間塵の試料を地上で直接分析できる状態になった、という意味で決定的です。

なぜ重要?(科学・技術史の意味)

「その場観測」ではなく、試料を地球へ持ち帰って 高精度の実験装置で反復分析できるのがサンプルリターンの強みです。スターダストは、彗星(ワイルド2)由来粒子と星間塵という“太陽系初期物質に近い材料”を、研究コミュニティへ開きました。 さらに工学的には、極めて高速の大気圏再突入、耐熱シールド、回収運用など、地球帰還技術の実証そのものが大きな成果で、後のサンプルリターン計画の技術的土台にもなります。

かつて1月14日にか起こった出来事

2005

探査機 ホイヘンス(Huygens)が土星衛星タイタンに着陸(1/14) 

1) 1890年|アーサー・ホームズ誕生(地球の「年齢」を測る道具を地質学に定着)

ホームズの重要性は、地質学を「相対的な古い/新しい」から「何億年という定量的な時間軸」へ押し上げた点にあります。放射性同位体の壊変を利用する放射年代測定を地質学の中心手法として発展させ、地球の年齢や地層の年代を“数字で”議論できる土台を作りました。さらに、地球内部で起こるマントル対流の力学・熱的含意を早くから重視し、後にプレートテクトニクスが受け入れられていく大きな流れにもつながります。

要するにホームズは、「地球史を“カレンダー化”した人」であり、現代の地球科学(地史・火成岩・地球内部動力学)を一本の時間軸で束ねた存在です。 

2) 1905年|エルンスト・アッベ死去(見える世界の解像度を“理論”で支えた)

アッベは、顕微鏡や望遠鏡などの光学機器を「職人芸」から「理論に基づく設計」へ引き上げた中心人物です。レンズが像をどう結ぶか、どう歪むかを数理で扱い、収差を抑えたレンズ設計や顕微鏡の性能向上に決定的な貢献をしました(アッベの名が付く概念や機器が多いのはそのためです)。また、カール・ツァイスらと協力し、研究用の高性能光学機器を安定して供給できる工業基盤も整えました。

科学史的には、生命科学・医学・材料科学の観察能力を押し上げた“縁の下の革命”です。実験科学は「測れないもの」を議論できないので、アッベの仕事は多くの分野の発見可能性そのものを広げました。 

3) 2005年|ホイヘンスがタイタンに着陸(外惑星圏での“着陸科学”を成立させた日)

2005年1月14日、ESAの探査機ホイヘンスはタイタン大気に突入し、パラシュート降下の末に着陸しました。外惑星圏の衛星への着陸として画期的で、しかもタイタンは濃い大気を持つため、降下中に大気の温度・圧力・風・組成を直接測り、地表に近づくにつれて“地形がどう見えてくるか”を連続的に記録できました。NASAのまとめでも、同日UTで大気突入やパラシュート展開が記録されています。 

さらに、着陸後もしばらく信号を送り続け、地表の画像・環境データが得られました(タイタンの「河川の流路のような地形」や、氷の小石を思わせるものなどが議論の材料になった)。 

この一件で、タイタンが「ただの冷たい衛星」ではなく、地球と似た“地形プロセス”を別素材(主にメタン系)で持ちうることが、科学的に具体性を帯びて語れるようになりました。

かつて1月13日に起こった出来事

以下、1月13日に起こった(その日付で記録される)科学分野の重要な出来事を3件、詳しい解説つきでまとめます。

1) 1910年|リー・ド・フォレストが、メトロポリタン歌劇場から「オペラの無線音声放送」を実施

何が起きた? ニューヨークのメトロポリタン歌劇場での公演音声を、発明家リー・ド・フォレストが無線で送信したと記録されます。実験としての性格が強く、受信できた人は多くなかったものの、「モールス信号中心の無線」から「音声・音楽を“放送”する無線」へ踏み出した象徴的出来事です。  なぜ重要?(科学・技術史の意味) ここで重要なのは、通信が「特定の相手に送る」から「不特定多数に届ける」へと“用途”を変えた点です。これが後のラジオ放送網・音声メディアの成立を促し、電気工学(増幅・送受信)と社会インフラが結びついていきます。 

2) 1994年|ハッブル宇宙望遠鏡の「球面収差問題が解決した」とNASAが発表

何が起きた? 1990年打ち上げ後に発覚した主鏡の球面収差(像がぼやける問題)について、初回の修理ミッション(1993年末)で入れた新しい光学系が有効で、鮮明な画像が得られるとNASAが1月13日に公表しました。  どう直した?(技術の肝) 代表的には、観測装置側で補正する設計(WFPC2の内部補正光学)や、複数の観測機器向けに“眼鏡”のように補正光学を提供する装置(COSTAR)などで、主鏡の誤差を“相殺”する形で像質を取り戻しました。  なぜ重要?(科学史の意味) これは単に「故障を直した」ではなく、宇宙天文学の観測能力を一気に回復させ、以後の銀河進化・宇宙論・星形成などの膨大な成果(=人類の宇宙像)を可能にした分水嶺です。 

3) 2001年|エルサルバドル沖でMw7.7地震(大規模崩壊を多数誘発)

何が起きた? 2001年1月13日、エルサルバドル沖でMw7.7の大地震が発生し、国内各地で甚大な被害が出ました。特に注目されるのは、地震動によって**多数の地すべり(斜面崩壊)**が広域に誘発された点です。  なぜ重要?(地球科学・防災科学の意味) この事例は「揺れの強さ」だけでなく、地形・地質・降雨履歴・都市の立地が重なったときに、災害が“二次化”(地震→地すべり→居住地被害)していく典型例として研究されます。USGSも地すべり誘発を中心テーマに整理しており、地震学と斜面防災をつなぐ重要なケーススタディになっています。 

かつて1月12日に起こった出来事

以下、1月12日に起こった(その日付で記録される)科学分野の重要な出来事を3件、詳しめの解説つきで。

1) 2005年|NASA探査機 Deep Impact 打ち上げ(彗星テンペル1への“衝突”実験)

何が起きた? 1月12日、探査機Deep Impactが打ち上げられ、同年7月に彗星テンペル1へインパクターを衝突させるミッションが始動しました。 なぜ重要? 彗星は太陽系初期の物質を比較的よく保存していると考えられますが、表面は宇宙風化や加熱で“加工”されています。Deep Impactは、表面の下の新鮮な物質を掘り出して観測するという発想で、彗星研究を「遠くから眺める」から「内部をうかがう」へ進めました。JPLも「彗星の表層下を初めて覗く試み」という位置づけで説明しています。 科学的ポイント 衝突で舞い上がった噴出物を分光などで調べ、氷や塵の性質を推定することで、彗星核の組成・構造、さらには地球の水や有機物の起源議論にも材料を供給しました。

2) 2010年|ハイチ地震(M7.0) 発生

何が起きた? 1月12日、ハイチでマグニチュード7.0の大地震が発生(首都ポルトープランス近郊)。 なぜ重要?(地球科学として) これは単なる「大災害」ではなく、地震学・断層研究の観点で、活断層帯(エンリキリョ—プランテイン・ガーデン系)周辺で、どんな破壊が起こるのかを世界に突きつけた事例になりました。震源の浅さや都市直下型の揺れが被害を増幅し、以後、カリブ海域のプレート境界の理解や、都市防災(建築・地盤・社会脆弱性)の研究が加速しました。 科学的ポイント 本震後も多数の余震が観測され、地殻変動データや強震記録の解析が進み、「どの断層面が、どう滑ったのか」を復元する研究が積み上がりました。これは将来の危険度評価(ハザード評価)の基礎になります。

3) 2007年|マクノート彗星(C/2006 P1) が近日点通過(“大彗星”として観測)

何が起きた? 1月12日、マクノート彗星が太陽に最接近(近日点通過)。非常に明るくなり、宇宙太陽観測衛星SOHOなどでも観測されました。 なぜ重要? 「見栄えがすごい彗星」だけではなく、太陽に極端に近づく彗星は、加熱で揮発性物質が急激に放出され、ダストやガスがどう生成・分布するかを観測できる“自然実験”になります。特にSOHOのような太陽監視機器が連続的に捉えることで、地上からは追いにくい“太陽近傍のふるまい”がデータ化されました。 科学的ポイント 太陽風や放射圧が尾をどう形作るか、彗星核がどの程度耐えるか(分裂・減光の兆候など)を評価する材料になり、彗星物理・太陽近傍環境の理解にも寄与します。

かつて1月11日に起こった出来事

以下、1月11日に起こった「科学分野」の重要事項を3件、詳しめの解説つきでまとめます。

1) 1787年|ウィリアム・ハーシェルが天王星の衛星ティタニアとオベロンを発見

何が起きた? 天文学者ウィリアム・ハーシェルが、1月11日に天王星の大きな衛星2つ(ティタニア/オベロン)を発見しました。 なぜ重要?(科学史の意味) 18世紀後半は、望遠鏡観測の精度向上とともに「太陽系が想像以上に複雑で、多層的だ」と分かっていく時代です。新惑星(天王星)だけでなく、その周囲に“月”があることの確認は、天体の形成・重力系の構造を考える材料を増やしました。 その後の展開 衛星の詳細な姿は、ずっと後のボイジャー2号接近観測などで一気に進みます(「発見」→「性質解明」までが長い科学の典型例)。NASAも発見日を明記しています。

2) 1908年|セオドア・ルーズベルトがグランドキャニオンを国定記念物に指定(保護の開始)

何が起きた? 1908年1月11日、ルーズベルト大統領がグランドキャニオンを**National Monument(国定記念物)**として指定しました。 なぜ科学に関係が深い? グランドキャニオンは、地層が大規模に露出していて、地質学・地球史(時間のスケール)を“読める”巨大な露頭です。保護指定により、乱開発や採掘などの圧力から守られ、学術研究・教育・長期的観察が成立しやすくなりました。 また、この指定は「古物・自然の重要地点を大統領布告で守れる」枠組み(古物法)を活用した代表例としてもよく参照されます。 その後の展開 のちに国立公園へ(1919年)という流れにつながり、「自然の保護=科学知の保存」という20世紀的な環境観の形成にも影響しました。

3) 1922年|世界初のインスリン注射(1型糖尿病治療の歴史的転換)

何が起きた? 1922年1月11日、少年レナード・トンプソンが、糖尿病治療として史上初のインスリン注射を受けました。 なぜ重要?(医学・生命科学の意味) 当時の1型糖尿病は事実上「致死的」で、食事制限などで延命できても限界がありました。インスリン療法は、糖代謝という生命維持の中枢を“外から補える”ことを示し、慢性疾患の見通しを根底から変えました。 「科学が臨床になる」瞬間としての面白さ 最初の投与は不純物などの問題もあり(アレルギー反応が記録されています)、その後すぐ改良されて治療が確立していきます。ここに、発見 → 精製・製造 → 医療標準化という“研究成果が社会に実装されるプロセス”が凝縮されています。

かつて1月10日に起こった出来事

1778

分類学者カール(カロルス)・リンネが死去(1/10)。生物の命名を「属+種」の二名法として整理し、自然史・博物学を“共有できる科学の言語”に変えた中心人物です。彼の体系があったからこそ、18〜19世紀の博物学・進化論・生態学が同じ土俵で議論できるようになりました。 

2011

「雷雨が反物質(陽電子)を生む」現象が宇宙望遠鏡データで報告(1/10付の発表)。雷は電気現象にとどまらず、高エネルギー物理(ガンマ線・粒子生成)につながることを示し、地球大気が“天然の粒子加速器”として働く可能性を強く印象づけました。 

2015

ISSに大気観測ライダーCATS(Cloud-Aerosol Transport System)が搭載され運用へ(打上げ1/10)。エアロゾルや雲の鉛直分布を測って、気候モデルや大気輸送の理解を補強する目的の装置です。地上観測や衛星観測では埋まりにくい“高さ方向の構造”を押さえる点が肝でした。 

かつて1月9日に起こった出来事

1月9日に起こった(またはその日付で広く記録される)科学・技術史の重要事項を、解説つきで3件です。

1839年|フランス科学アカデミーでダゲレオタイプ(最初期の実用写真法)が公表  銀メッキ銅板に像を定着させる写真法が公に紹介され、**「像を化学反応で保存する」**という新しい知の道具が社会に出ました。以後、天文学の観測記録、医学・博物学の図像資料、考古・文化財の記録など、科学の“証拠の残し方”そのものを変えていきます。 

2007年|初代iPhoneが発表  携帯電話に、マルチタッチUI+常時ネット接続+ソフトウェア更新という前提を持ち込み、以後のモバイル計算環境(センサー活用、位置情報、アプリ生態系)を決定づけました。科学の現場でも、フィールド記録・データ収集・市民科学(Citizen Science)など“端末=観測ノート”化が加速する土台になりました。 

1990年|スペースシャトル・コロンビアがSTS-32で打ち上げ(LDEF回収など)  長期間宇宙に曝露した実験プラットフォーム(LDEF)を回収し、材料・表面劣化・宇宙環境の影響を調べるなど、**「宇宙を実験室として使う」**研究に重要な成果を持ち帰りました。シャトル時代の科学運用(回収して地上分析できる強み)を象徴するミッションの一つです。 

かつて1月8日に起こった出来事

1月8日に起こった「科学分野」の重要な出来事を、解説つきで3件です。

1642年|ガリレオ・ガリレイ死去(1/8) 望遠鏡観測(木星衛星・太陽黒点など)と運動の研究で、近代科学の方法(観測→検証→理論化)を強く押し進めた人物の最期です。彼の仕事は天文学だけでなく、力学・自然哲学全体の転換点として位置づけられます。 

1942年|スティーヴン・ホーキング誕生(1/8) 一般相対論と宇宙論の分野で、特にブラックホール研究(ホーキング放射など)を通じて「重力×量子」の問題設定を社会にまで広く浸透させた理論物理学者です。研究史だけでなく、科学コミュニケーションの面でも大きな影響を残しました。 

1973年|ソ連の月探査機ルナ21号(Luna 21)打ち上げ(1/8) ルノホート2(Lunokhod 2)を月面に届けたミッションで、ローバーによる地表探査・地質観測・レーザー測距など、有人探査とは別系統の「ロボット月科学」を前進させました。後年、月周回機の画像で着陸機や走行跡が確認され、探査史の実体も検証されています。 

かつて1月7火に起こった出来事

1610

ガリレオが木星の衛星(ガリレオ衛星)を初観測(1/7)。自作望遠鏡で木星の近くに「星のような光点」が並ぶのを見つけ、数夜の追跡でそれらが木星の周りを動くことを確認しました。「天体は地球の周りだけを回る」という図式を揺さぶり、近代天文学(望遠鏡観測)と宇宙観の転換を決定づけた出来事です。 

1954

ジョージタウン大学–IBM実験(機械翻訳の公開デモ、1/7)。ロシア語→英語の自動翻訳を実演し、文の数は限定的でも「コンピュータが言語を処理できる」ことを強烈に印象づけました。以後の自然言語処理(NLP)研究と、翻訳・言語学・計算機科学の交差領域を押し広げた象徴的イベントです。 

1998

NASAの月周回探査機ルナー・プロスペクター打ち上げ(1/7)。月の極域を含む全球観測で元素組成や重力・磁場を測り、特に水氷を示唆する水素分布など、月の資源・起源史研究を前進させました。後の月探査・有人探査計画の「月は何があるか」を具体化した基礎データの源です。 

かつて1月6日に起こった出来事

1655

ヤーコプ・ベルヌーイ(Jakob Bernoulli)誕生(1/6)。確率論の古典『Ars Conjectandi』や「大数の法則」で知られ、不確実性を数学で扱う枠組みを強固にしました。統計学・物理学・情報科学まで、後世の科学的方法に深く入っています。 

1838

サミュエル・モールスが電信(テレグラフ)を初めて実演(1/6)。電気パルスで符号化した情報を遠距離へ送る仕組みが、科学技術として「通信」を別物に変え、実験・観測データの共有や社会インフラ(のちの通信網)の原型になりました。 

1912

アルフレート・ヴェーゲナーが大陸移動説を初めて公に発表(1/6)。当時は受け入れられにくかったものの、後の海洋底拡大説・プレートテクトニクスへつながり、地球科学の基本図式を更新しました(「大陸は動く」を科学的議論の中心に据えた日)。 

かつて1月5日に起こった出来事

1896

X線(レントゲン線)の発見が新聞で初めて大きく報じられる(1/5)。レントゲン自身の論文発表(1895年末)を受け、ウィーンの新聞などが1月5日に「新しい透視線」を紹介し、医学診断と物理学の両方に“革命が来た”と一気に認知が広がりました。科学成果がメディアを通じて社会実装へ加速した典型例です。

1972

ニクソン大統領がスペースシャトル計画の最終承認を発表(1/5)。再使用型の宇宙輸送システムという発想を国家プロジェクトとして確定し、以後の米国の宇宙活動(有人科学実験、人工衛星の打上げ・修理、国際協力の枠組み)を長期にわたり規定しました。

2005

準惑星エリス(Eris)が発見される(1/5)。冥王星級(それ以上)の天体が太陽系外縁で見つかったことで、「惑星とは何か」という定義問題が一気に現実化し、のちの**惑星分類の見直し(準惑星の確立)**へ直接つながりました。

次は 1月6日も同じ形式で3件いきますか?それとも、この3つのうち1件だけ「当時の一次資料(発表文/記事/観測の概要)」まで踏み込んで短く深掘りしますか。

かつて1月4日に起こった出来事

2004

NASA火星探査車スピリット(Spirit)が火星に着陸(1/4)。グセフ・クレーターでの現地探査が始まり、岩石・地形の精査を通じて「過去の水の痕跡」など火星環境史の理解を大きく進めました(当初90日計画が、結果的に長期ミッションへ)。 

1958

世界初の人工衛星スプートニク1号が大気圏再突入して消滅(1/4)。わずか数か月の運用でも、軌道減衰から上層大気密度を推定するなど観測的価値があり、宇宙時代(宇宙開発・宇宙科学)の「最初の章の終わり」を象徴する日として記憶されています。 

1809

ルイ・ブライユ誕生(1/4)。視覚障害者の読み書きを可能にする点字(Braille)を体系化した人物で、知識アクセス(科学教育・情報技術・福祉工学)の歴史における決定的転換点を作りました。 

かつて1月3日に起こった出来事

1959

ルナ1号が「ナトリウム蒸気の雲」を放出(1/3)。宇宙空間でのガスのふるまいを調べる実験で、同時に“光る尾”によって地上から探査機の位置を追跡しやすくする狙いもありました(深宇宙探査の初期における観測・追跡手法の一例)。 

2017

アラスカのボゴスロフ火山が爆発(1/3)。短時間の大きな噴火が記録され、衛星観測(リモートセンシング)で噴煙や火山活動を追う実例として、火山学・防災科学の文脈で重要です。 

2019

嫦娥4号(Chang’e 4)が月の裏側に史上初の軟着陸(1/3)。地球から直接通信できない月裏側での探査を、リレー衛星などで実現し、未踏領域(南極エイトケン盆地周辺)の地質・環境を現地観測できるようにしました。 

かつて1月2日に起こった出来事

1928

ディラックが「ディラック方程式」を王立協会誌に提出(発表日として1/2が記録される)。量子力学を特殊相対論と両立させた電子の相対論的理論で、電子のスピンや反粒子(陽電子)の予言へとつながり、20世紀物理学の骨格を作りました。 

1959

ソ連の月探査機ルナ1号(Luna 1)が打ち上げ。月面衝突は外れたものの、地球の重力圏を脱出し、結果として**人類初の太陽周回軌道(人工天体)**に入ったとされ、深宇宙探査の時代を切り開きました。 

2004

NASAの探査機スターダストが彗星ワイルド2(81P/Wild 2)に最接近フライバイ。彗星のコマ(ちり)を採取するサンプルリターンの中核イベントで、彗星物質の組成や太陽系初期物質の理解を大きく前進させました(後に試料は地球へ帰還)。 

かつて1月1日に起こった出来事

1月1日に起こった「科学分野」の重要事項を、解説つきで3件に絞ると次の3つが堅いです。

1801年|ジュゼッペ・ピアッツィがケレス(Ceres)を発見  火星と木星の間の小天体として最初期に確認された“新しい種類の天体”で、太陽系の理解(小惑星帯という発想)を一気に前へ進めました。のちにケレスは準惑星に分類され、2015年には探査機Dawnが到達して本格的な地質学的研究も進みました。 

1983年|ARPANETがNCPからTCP/IPへ全面移行(いわゆる“Flag Day”)  ネットワーク同士を相互接続するための共通言語としてTCP/IPが標準化され、巨大なネットワークを“つなぎ合わせていく”インターネットの仕組みが実運用として確立しました(この日、全ノードの同時切替が必要だったため「フラッグデー」と呼ばれます)。 

1894年|ハインリヒ・ヘルツが死去  ヘルツはマクスウェル理論が予言した電磁波の存在を実験で決定的に示し、無線通信(ラジオ)や電波工学の出発点を作った物理学者です。彼の早逝(36歳)は科学史の逸話としても語られますが、業績自体が以後の通信・計測・物理学の基盤になりました。 

かつて12月31日に起こった出来事

335

教皇シルウェステル1世が死去(西方教会では12/31が記念日)。初期キリスト教史・典礼史の節目。 

1600

エリザベス1世が東インド会社に勅許状(charter)を付与。近代の植民地支配・交易帝国・企業統治史の起点級。 

1775

ケベックの戦い(米独立戦争、12/31)。北米の国家形成・戦争記憶・政治文化史で重要。 

1869

アンリ・マティス誕生。フォーヴィスム以後の近代美術・色彩論・20世紀視覚文化の中心人物。 

1904

タイムズスクエアで最初期の大規模ニューイヤー祝祭(12/31)。都市祝祭・メディア都市史の象徴的始点。 

1907

タイムズスクエアの「ボールドロップ」初開催(12/31)。新年儀礼の“映像化”を牽引した大衆文化イベント。 

1992

チェコスロヴァキア解体(分離独立)が発効(12/31付)。国民国家・記憶・移行期の政治文化を考える代表例。 

1995

新聞連載『Calvin and Hobbes』最終回掲載(12/31)。新聞マンガ=20世紀大衆文学・ユーモア文化の一時代の区切り。 

1999

パナマ運河が米国からパナマへ正式移管(12/31)。帝国史・国際秩序・主権移譲の文化史的転換点。 

1999

ロシア大統領ボリス・エリツィンが辞任を表明(12/31)。ポスト冷戦期の政治的物語化(権力継承・国家像)に直結。 

かつての12月30日に起こった出来事

1853

ガズデン購入条約(米国とメキシコの協定)が12/30に署名(現アリゾナ南部・ニューメキシコ南西部の領域取得に直結)。 

1865

詩人・小説家 ラドヤード・キップリング誕生(『ジャングル・ブック』ほか)。 

1896

フィリピンの思想家・作家 ホセ・リサールが12/30に処刑(独立運動の象徴的殉教として記憶)。 

1903

シカゴのイロコイ劇場火災(12/30)。近代都市の娯楽空間と安全規制・劇場文化史の大事件。 

1916

ロシア宮廷に影響した神秘家 ラスプーチンが殺害(12/29–30夜)。革命前夜の政治文化の象徴的事件。 

1922

ソ連(USSR)成立:創設宣言と連邦条約が12/30に承認。20世紀政治思想・体制史の転換点。 

1944

ノーベル文学賞作家 ロマン・ロラン死去(12/30)。文学と平和思想の系譜で重要。 

1947

哲学者 A.N.ホワイトヘッド死去(12/30)。プロセス哲学・神学への波及も大。 

1947

ルーマニア国王ミハイ1世が12/30に退位(王政廃止へ)。戦後の体制転換と記憶の政治の焦点。 

2006

サッダーム・フセインが12/30に処刑。移行期正義・戦後責任・映像/記憶の問題系を生んだ。 

かつて12月29日に起こった出来事

1170

カンタベリー大聖堂でカンタベリー大司教トマス・ベケットが殺害(12/29)。中世イングランドの教会権力と王権の緊張、殉教崇敬と巡礼文化の形成に大きな影響。 

1825

新古典主義の巨匠ジャック=ルイ・ダヴィッド死去(12/29)。フランス革命〜ナポレオン期の政治的イメージ形成(美術と権力の結びつき)を考える上で重要。 

1845

テキサスが合衆国28番目の州として加盟(12/29)。奴隷制をめぐる国内対立、領土拡張の政治文化、米墨関係史の転回点。 

1876

パブロ・カザルス誕生(12/29)。バッハ《無伴奏チェロ組曲》の受容史を含む20世紀音楽文化・演奏解釈史の象徴的人物。 

1890

ウンデッド・ニーの虐殺(12/29)。米先住民史・植民地主義と国家暴力、記憶/追悼の政治をめぐる代表的事件。 

1937

アイルランド憲法(Bunreacht na hÉireann)が施行(12/29)。近代国家の主権概念、宗教・家族観、憲法文化の形成に関わる重要日。 

1940

「ロンドン第二の大火」(独空襲による大規模火災、12/29夜)。都市文化遺産、防災・記録映像、戦時下の象徴(セント・ポール大聖堂など)の表象史で重要。 

1972

作戦名ラインバッカーII(いわゆるクリスマス爆撃)が終結(12/29)。戦争の記憶、メディア表象、和平交渉の政治文化を考える素材。 

1989

ヴァーツラフ・ハヴェルがチェコスロヴァキア大統領に就任(12/29)。作家・知識人が体制転換期の象徴となる事例で、市民運動と言論空間の研究上重要。 

1996

グアテマラ「恒久和平合意」署名(12/29)。内戦終結と人権・和解・記憶(真相究明・被害者の語りの制度化)をめぐる重要文書群。 

必要なら、この10件を「文学・芸術」「宗教・法」「記憶と暴力(戦争/植民地)」の3群に並べ替えて、各項目ごとに“読むべき一次資料”も付けます。

かつて12月28日に起こった出来事

1065

ウェストミンスター寺院(旧教会)の献堂(祝別)(12/28)。王権儀礼・教会文化・中世イングランドの記憶の場として決定的。 

1836

スペインがメキシコ独立を承認(サンタ・マリア=カラトラバ条約、12/28)。脱植民地化・国家形成・外交文書史の節目。 

1895

リュミエール兄弟が「最初の商業的・公開映画上映」(パリのサロン・アンディアン、12/28)。映画=近代大衆文化の起点。 

1908

メッシーナ地震・津波(12/28)。災害と都市・宗教・追悼、そして「記録/記憶」の文化史を考える代表例。 

1912

サンフランシスコ市営鉄道(Muni)が運行開始(12/28)。近代都市の公共空間・移動文化・市民生活史の節目。 

1937

モーリス・ラヴェル死去(12/28)。20世紀音楽・モダニズム受容史に大きい。 

1945

米議会が「忠誠の誓い(Pledge of Allegiance)」を公式に位置づける決議を承認(12/28)。市民宗教・学校儀礼・国家象徴の研究上の重要日。 

1945

米作家セオドア・ドライサー死去(12/28)。アメリカ自然主義文学・社会小説の大きな柱。 

1973

米「絶滅危惧種法(ESA)」が署名成立(12/28)。自然観・公共善・環境倫理をめぐる現代人文学(環境人文学)の定番参照点。 

2004

スーザン・ソンタグ死去(12/28)。批評・表象論・公共知識人の系譜における重要人物の終焉。 

かつて12月27日に起こった出来事

1831

チャールズ・ダーウィンがHMSビーグル号でプリマスを出航(後の進化論形成に直結する航海の開始)。 

1901

マレーネ・ディートリヒ誕生(20世紀映画・舞台表象を代表する俳優/歌手)。 

1904

J.M.バリー『ピーター・パン』初演(ロンドン、デューク・オブ・ヨークズ劇場)。 

1932

ラジオシティ・ミュージックホール開場(NY、アール・デコの「大衆娯楽の殿堂」)。 

1945

IMF(国際通貨基金)が正式に発足(協定が発効し制度として始動)。 

1947

イタリア共和国憲法が公布(戦後民主主義の憲法文化を確立)。 

1949

オランダがインドネシアへ主権移譲(脱植民地化と国家形成の節目)。 

1968

アポロ8号が月周回ミッションから地球帰還(“地球を見る視点”の文化史的転換点としても語られる)。 

1978

スペイン憲法が国王により裁可(sancionada)(民主化=移行期の制度的クライマックス)。 

2007

ベナジル・ブット暗殺(パキスタン政治史と民主主義の記憶に深い影を落とす事件)。 

かつて12月26日に起こった出来事

1709

ヘンデル《アグリッピーナ》がヴェネツィアで初演(12/26)。政治風刺を含む台本と音楽で大成功し、オペラ史上の重要作として定着。 

1723

J.S.バッハのカンタータBWV40《Darzu ist erschienen der Sohn Gottes》が(降誕祭第2日=12/26に)ライプツィヒで初演。典礼・音楽文化の結節点。 

1871

英国のBank Holidays Act 1871が、(平日の)12月26日をバンク・ホリデーに指定(ボクシング・デーの制度化に直結)。祝祭文化の制度史として重要。 

1890

トロイ発掘で知られる考古学者シュリーマン死去(12/26)。ホメロス世界の「歴史性」をめぐる近代古典学・考古学史に大きな影響。 

1891

作家ヘンリー・ミラー誕生(12/26)。20世紀文学の表現規範(検閲・性表現・自伝的文体)を揺さぶった重要人物。 

1931

図書館学の発展に決定的だったメルヴィル・デューイ死去(12/26)。デューイ十進分類法など、知の整理・アクセスの近代史に直結。 

1941

チャーチルが米議会合同会議で演説(12/26)。同盟の物語化・戦時レトリックの古典例として政治文化史上重要。 

1966

ロサンゼルスで**最初のクワンザ(Kwanzaa)**が開始(12/26)。アフリカ系アメリカ人の文化回復・共同体形成をめぐる文化史の節目。 

1991

ソ連が12/26に法的に解体(最高会議による宣言)。20世紀史の大転換で、記憶・ナショナルアイデンティティ研究でも中核的。 

2004

インド洋大地震・大津波(12/26)。災害の記録化・追悼・集合的記憶(アーカイブ化)という人文学的課題を世界規模で突きつけた。 

かつて12月25日に起こった出来事

336

ローマ教会で12月25日の降誕祭(クリスマス)を正式に祝う記録が現れる(典礼史上の重要な節目)。

800

カール大帝が教皇レオ3世により「ローマ皇帝」として戴冠(西欧中世の政治神学・皇帝理念の転換点)。

1066

ウィリアム1世(征服王)がウェストミンスター寺院で戴冠(ノルマン征服の「儀礼による確定」)。

1642

アイザック・ニュートン誕生(旧暦12/25=新暦1/4)。近代思想史(科学革命・啓蒙)を代表する人物の生年表記として有名。

1776

ワシントンがデラウェア川を渡河(12/25夜〜26未明)。独立戦争の「物語化」や記憶文化(絵画・祝祭)でも極めて象徴的。

1926

大正天皇崩御/裕仁(昭和天皇)が即位、昭和改元(近代日本の時代区分と政治文化の大きな節目)。

1932

国王ジョージ5世が「王室クリスマス・メッセージ」を初放送(ラジオと王室儀礼=メディア文化史の定番事例)。

1977

チャールズ・チャップリン死去(映画史・20世紀大衆文化の巨星)。

1989

ニコラエ・チャウシェスクが革命後に殺害(処刑)(体制転換の「劇場性」や記憶の政治を考える上で重要)。

1991

ゴルバチョフがソ連大統領を辞任/クレムリンからソ連旗が降ろされる(「終わりの象徴行為」として政治史・記憶研究で頻出)。

かつて12月24日に日に起こった出来事

1524

ヴァスコ・ダ・ガマ死去(インドのコーチン)。大航海時代の海洋帝国形成と、以後の交易・植民地史の転換点に直結する人物の終焉。

1814

ガン条約(Treaty of Ghent)署名。米英戦争(1812年戦争)を終結させ、北米の国家形成と外交文化(戦争記憶の語り)に大きく影響。

1818

クリスマス聖歌 「きよしこの夜(Stille Nacht / Silent Night)」が初演(12/24)。近代の祝祭文化・宗教音楽・民衆信心の象徴的レパートリーとなる。

1851

米・議会図書館で火災(12/24)。約3万5千冊(ジェファソン旧蔵書の多くを含む)が焼失し、文化遺産保全と知の制度史の痛点に。

1865

クー・クラックス・クラン(KKK)結成(テネシー州プラスキー、12/24)。人種主義と暴力、記憶・トラウマ、再建期の公共圏をめぐる人文学的争点の核心。

1906

レジナルド・フェッセンデンが音声・音楽の無線放送(12/24)。モールス中心の通信から「放送文化」へ移る象徴的出来事としてメディア史上重要。

1914

第一次大戦の **「クリスマス休戦」**が各地で発生(12/24前後)。敵味方の境界を一時的に越える出来事として、戦争文化・記憶研究の定番事例。

1951

リビア独立宣言(イドリース1世が12/24に独立を宣布)。脱植民地化と国家建設、憲法・アイデンティティ形成の節目。

1968

アポロ8号、月周回軌道に入りクリスマス・イブ放送で創世記を朗読(12/24)。宗教テキストが「地球規模の同時体験」として再配置された文化史的瞬間。

1979

ソ連軍がアフガニスタンへ侵攻(12/24)。冷戦史だけでなく、イスラーム世界・難民・記憶の政治など、現代人文学の大きな問題系を形成。

次は 12月25日も同じ形式で続けますか?それとも、上の10件のうち「人文学的に一番おもしろい」ものを2〜3件選んで、一次資料(演説・条約文・歌詞・放送記録)ベースで深掘りしますか。

かつて12月23日に起こった出来事

1783

ジョージ・ワシントンが大陸軍総司令官を辞任(アナポリス)。革命後の「文民統制」や共和政の政治文化を象徴する出来事。 

1788

メリーランド州が連邦政府の首都用地(連邦直轄区)を議会に割譲する州法を可決。のちのワシントンD.C.成立史の重要節目。 

1805

ジョセフ・スミス誕生(後に末日聖徒イエス・キリスト教会の創設者)。近代アメリカ宗教史・新宗教運動史で影響大。 

1823

詩「Account of a Visit from St. Nicholas(いわゆる “The Night Before Christmas”)」がトロイ・センティネル紙に匿名で初掲載。近代サンタ像の形成に大きく寄与。 

1888

フィンセント・ファン・ゴッホの“耳切り事件”(アルル)。作品理解・芸術家神話・精神史/美術史研究の焦点となる出来事。 

1913

連邦準備法(Federal Reserve Act)が署名され成立。国家制度・経済思想・公共政策史(近代国家の統治技術)に関わる重要日。 

1948

東京裁判のA級戦犯(東條英機ら)が処刑。戦後責任・記憶の政治・国際刑事裁判史を考える上で重要。 

1979

ペギー・グッゲンハイム死去。20世紀前衛芸術の支援者として、美術館・コレクション形成史で大きな位置を占める。 

2016

国連安保理決議2334が採択(占領地入植活動をめぐる決議)。国際法・紛争史・人権言説の研究で参照頻度が高い。 

2021

ジョーン・ディディオン死去。ニュー・ジャーナリズム以後のエッセイ/ノンフィクション文学の巨人の終焉として文化史的に大きい。 

かつて12月22日に起こった出来事

以下、12月22日に起こった(またはその日付で記録される)人文学分野の重要事項を10件、Year | Event 形式でまとめます。

1639

ジャン・ラシーヌ(Jean Racine)が洗礼(出生の基準日としても扱われる)。フランス古典主義悲劇の頂点として、近代ヨーロッパ演劇・詩学・修辞文化に巨大な影響。

1666

フランス王立科学アカデミー(後のAcadémie des sciences)の最初期会合(王の図書館での会合)。学術制度化=知の公共性・宮廷文化・知識人史の転換点。

1808

ベートーヴェン「1808年12月22日演奏会」(ウィーン、テアター・アン・デア・ウィーン)。交響曲第5・第6番などが公に初演され、近代音楽史の“事件”として記憶される。

1849

ドストエフスキー、銃殺刑直前で恩赦(いわゆる模擬処刑)。以後の文学世界観(罪・救い・暴力・国家)を決定づけた経験として、文学史上の重大な分岐。

1858

ジャコモ・プッチーニ誕生。イタリア・オペラを19世紀後半から20世紀へ橋渡しし、音楽劇・大衆文化研究でも中心的作曲家。

1894

ドレフュス有罪評決(ドレフュス事件)。反ユダヤ主義、司法の正当性、報道と世論、知識人の公共介入(ゾラ等)をめぐる近代フランスの決定的事件。

1943

ビアトリクス・ポター死去(『ピーターラビット』)。児童文学・絵本表現の古典であり、自然観・教育文化・出版史にも長期的影響。

1966

ルーシー・バーンズ死去(米国婦人参政権運動)。運動史・公共圏のジェンダー秩序・抗議のレパートリー研究の重要人物。

1989

サミュエル・ベケット死去(『ゴドーを待ちながら』)。戦後文学・不条理演劇・実存的言語観の形成に決定的役割。

1989

ルーマニア革命で政権が崩壊(チャウシェスク失脚へ)。東欧革命の中でも暴力的転換として記憶され、体制崩壊の「記憶の政治」や移行期正義の論点を形成。

かつて12月21日に起こった出来事

12月21日に起こった(または12月21日付で起点・終点となった)、人文学(文学・哲学・歴史・宗教・文化・メディアなど)に関わる主な出来事を10件まとめます。

1375年

ジョヴァンニ・ボッカッチョ死去(チェルタルド)

『デカメロン』の著者であり、ペトラルカと並ぶ初期ルネサンス人文主義の中心人物が死去。イタリア語散文の確立、物語文学の形式、さらにギリシア・ラテン古典研究の発展に決定的役割を果たした。

1549年

マルグリット・ド・ナヴァル死去

フランソワ1世の姉で、ナヴァル王妃・作家・宗教改革寄りの保護者。短編集『エプタメロン』の作者として知られ、フランス・ルネサンス文学、人文主義・寛容思想・女性知識人史にとって重要な存在。

1909年

シャルル=ルイ・フィリップ死去(フランスの小説家)

革命期以後のパリ下層民の生活を写実的かつ共感的に描いた作家。代表作『モンパルナスのブブ』などを通じて、貧困・社会的不正義・都市下層文化を文学の主題に据えた先駆として、20世紀フランス文学・社会小説の流れに位置づけられる。

1878年

ヤン・ウカシェヴィチ誕生(ポーランドの論理学者・哲学者)

逆ポーランド記法や多値論理(ウカシェヴィチ論理)の創始者。ルヴフ=ワルシャワ学派の中心として、近代論理学・分析哲学・論理史研究の基盤を築き、「形式論理と哲学の接続」という点で20世紀哲学史に大きな影響を与えた。

1916年

モーリス・シャパ生誕(スイス仏語圏の詩人)

ヴァレー州の山岳世界・農村社会を中心に、自然・伝統・信仰・近代化のゆらぎを詩的に描写。フランス語スイス文学の「国民的」作家のひとりとされ、地域アイデンティティや山岳文化の表象を考えるうえで重要。

1917年

ハインリヒ・ベル誕生(ドイツの作家)

戦後ドイツ文学を代表する作家で、1972年ノーベル文学賞受賞。戦中・戦後の市井の人々の苦悩、カトリック教会や中産階級の偽善、消費社会の空虚さなどを描き、ドイツ社会の「道徳的良心」とも呼ばれる。

1954年

ロシアの法哲学者・宗教哲学者イワン・イリイン死去

亡命知識人として反ボリシェヴィキ的立場から法意識・国家・専制と自由を論じた思想家。近年、現代ロシア政治における保守思想・ナショナリズムの源泉として注目され、宗教・政治思想史研究の争点となっている。

1956年

アラバマ州モンゴメリーの市バスが統合され、ローザ・パークスが再びバスに乗車

381日続いたモンゴメリー・バス・ボイコットが、連邦最高裁によるバス分離違憲判決の施行を受けて事実上終結し、この日からバスが統合。ローザ・パークスが堂々と乗車する姿は、公民権運動史・人権思想・非暴力抵抗の象徴的イメージとなった。

2012年

いわゆる「2012現象」の焦点日(マヤ暦ロングカウント13バクトゥンの区切り)

マヤの長期暦サイクルがこの日で一区切りを迎えることから、「世界の終末」から「意識の変容」まで多様な終末論・ニューエイジ思想が拡散。実際にはマヤ世界では新たな周期の始まりとして儀礼・祝祭が行われ、先住民文化の受容とメディア的誤解の両面を考える好例となった。

2012年

PSY「Gangnam Style」がYouTube史上初の「再生10億回」を突破

韓国発ポップソングのMVが、YouTube初の10億再生動画となった日。K-POPのグローバル化、ソーシャルメディア時代の音楽流通、ミーム文化・パロディ文化の展開を象徴する出来事として、現代ポピュラー文化研究で頻繁に取り上げられる。

補足として、この日にはスイス詩人モーリス・シャパやポーランドの論理学者ウカシェヴィチ、ドイツ作家ベルなどの「誕生日」も集中しており、近現代ヨーロッパの文学・哲学・論理学をつなぐ節目の一日とも言えます。

かつて12月20日に起こった出来事

12月20日に起こった、人文学(歴史・文学・思想・宗教・文化など)に関わる代表的な出来事を10件挙げます。

1812年

グリム兄弟が『子どもと家庭のメルヒェン(グリム童話集)』第1巻を刊行

ドイツ・ロマン主義と民話研究の金字塔であり、口承民話の採集・編集というかたちで「民衆文化」を文学の中心に押し上げた。初版第1巻は86篇を収め、後の版で大幅に増補されつつヨーロッパ童話文化を形成していく出発点となった。

1917年

ボリシェヴィキ政権が非常委員会チェーカー(Cheka)を設置

12月20日付の政令で設立されたチェーカーは、後のGPU・NKVD・KGBへと連なるソ連秘密警察の原型であり、「赤色テロ」に代表される国家暴力と監視体制の象徴となった。政治思想史・人権思想・記憶の文化研究において避けて通れない事件。

1920年

フィンランドの作家ヴァイノ・リンナ誕生

代表作『無名戦士』『ここ北極星の下』で知られるリンナは、庶民と兵士の視点からフィンランド内戦や第二次大戦を描き、国民的記憶と歴史像の形成に大きく寄与した。1920年12月20日にウルヤラ近郊で生まれる。

1940年

『Captain America Comics』第1号が発売

カバーの日付は1941年3月だが、実際の発売は1940年12月20日。ナチスのヒトラーを殴るキャプテン・アメリカの表紙は、アメリカン・コミックスにおける反ファシズム・プロパガンダと大衆文化の交差点として、メディア研究・カルチュラル・スタディーズで重要な事例となっている。

1946年

映画『素晴らしき哉、人生!(It’s a Wonderful Life)』がニューヨークのグローブ座で初公開

当初は興行的に振るわなかったが、後に「クリスマス映画」の決定版として再評価され、人間の価値・共同体・救いをめぐるアメリカ文化・宗教意識を考える上で古典的テキストとなった。公開は1946年12月20日。

1955年

カーディフがウェールズの首都と公式に認定される

1955年12月20日、内務大臣グウィリム・ロイド=ジョージが議会答弁でカーディフをウェールズの首都と宣言。これにより、国立博物館や政府機関が集積し、ウェールズ語文化・ナショナル・アイデンティティを象徴する都市としての位置づけが明確になった。

1969年

アラン・ド・ボトン誕生

チューリヒ生まれの作家・思想家ド・ボトンは、『人生に必要な七つの哲学』『仕事に必要なことはすべて哲学で学んだ』などを通して、古典哲学を日常の悩みや感情に結びつける「実用哲学」を普及させた。1969年12月20日生。

1985年

教皇ヨハネ・パウロ2世が「世界青年の日(World Youth Day)」の創設を12月20日に公式発表

1985年ローマでの青年集会の成功を受け、この日付の発表によって、以後世界各地で定期的に開催されるカトリック青年集会の制度が整えられた。現代カトリックの若者文化・巡礼・宗教フェスティバル研究の基点となる出来事。

1999年

マカオの主権がポルトガルから中華人民共和国へ返還

1999年12月20日午前0時に主権が正式移譲され、「一国二制度」の枠組みの下でマカオ特別行政区が発足。16世紀以来のポルトガル植民地支配の終焉であり、アジアの脱植民地化・ポストコロニアル都市文化研究における重要な転換点となっている。

1948年

アブドゥルラザク・グルナ誕生

ザンジバル出身の英語作家グルナは、亡命・難民・植民地主義の影響を主題とし、『パラダイス』『海辺にて』などで知られる。1948年12月20日生まれで、2021年にノーベル文学賞を受賞し、ポストコロニアル文学の重要な声として国際的評価を確立した。

かつて12月19日に起こった出来事

12月19日に起こった、人文学(歴史・文学・思想・言語・文化など)に関わる代表的な出来事を10件まとめます。

1154年

イングランド王ヘンリー2世の戴冠

プランタジネット朝の開幕。後の「コモン・ロー(英米法)」や陪審制度など、英米世界の法文化の基盤となる改革の出発点として、法思想・政治文化史上きわめて重要。

1732年

ベンジャミン・フランクリンが『プア・リチャードの暦』を初出版

格言・ことわざ・生活実用情報を組み合わせたアルマナックで、清貧・勤勉・自己修養といった啓蒙主義的倫理を大衆に普及し、アメリカ文化の価値観形成に大きな影響を与えた。

1776年

トマス・ペイン『アメリカン・クライシス』第1論文を刊行

「These are the times that try men’s souls…」で始まるこの政治パンフレットは、独立戦争の最も厳しい時期に兵士と市民を鼓舞し、革命的レトリック・政治思想・公共言論史の古典となった。

1843年

チャールズ・ディケンズ『クリスマス・キャロル』初版刊行

ロンドンの出版社から12月19日に初版が出され、クリスマス前に即完売。クリスマスのイメージ(家族・慈善・祝宴)を決定づけ、ヴィクトリア朝文学だけでなく近代の祝祭文化全体に強い影響を残した。

1848年

エミリー・ブロンテが死去

『嵐が丘』で知られるブロンテ姉妹の一人エミリーが12月19日に30歳で没。彼女の早逝は作品数を少なくした一方で、単一長編が英文学・フェミニズム批評・ロマン主義研究における「カルト的古典」として読み継がれる契機となった。

1910年

ジャン・ジュネ誕生

フランスの劇作家・小説家・詩人ジュネが12月19日に生まれる。アウトサイダーや同性愛、権力と暴力をテーマにした作品は、20世紀演劇・クィア文学・ポスト構造主義的読解にとって重要なテキストとなった。

1910年

ホセ・レサマ・リマ誕生

キューバの詩人・小説家レサマ・リマがハバナ近郊で誕生。難解かつ濃密な象徴主義的文体でラテンアメリカ文学・ポエティカに大きな影響を与え、『パラディーソ』などはバロック的スペイン語文学の極致とされる。

1924年

ミシェル・トゥルニエ誕生

パリ生まれの小説家トゥルニエが誕生。神話や寓話の翻案を通じて近代社会や主体の問題を描き出し、神話批評・哲学的人文学と現代小説を架橋する作家として評価されている。

1928年

イヴ・バンティング誕生

北アイルランド出身で米国で活躍した児童文学作家バンティングが12月19日に生まれる。難民、戦争、差別など重いテーマを子ども向け絵本で扱い、教育現場における「物語を通じた社会教育」の代表的著者となった。

1984年

中英共同声明(香港問題に関する英中共同声明)調印

12月19日、北京の人民大会堂でサッチャー英首相と趙紫陽首相が署名。香港返還と「一国二制度」の枠組みを定めたこの条約は、植民地支配の終焉、主権移譲、法制度・人権・自治をめぐる議論など、現代の政治思想・国際法・ポストコロニアル研究における重要なケーススタディとなっている。

補足として、2019年12月19日には、ダ・ヴィンチ《白テンを抱く貴婦人》などを所蔵するクラクフのチャルトリスキ美術館が大規模改修を終えて再開館しており、ヨーロッパ美術史研究と文化遺産保存の観点から注目されました。

かつて12月17日に起こった出来事

12月17日に起こった、人文学(文学・思想・宗教・歴史・人権など)に関わる主な出来事を10件まとめました。

1273年 イスラーム神秘主義の詩人ルーミーがコンヤで死去 メスネヴィなどの大作で知られるスーフィー詩人。死は「結婚の夜(シャブ・エ・アロース)」として祝福され、宗教を超えた弔いが行われたと言われます。神秘主義・比較宗教・詩の領域でいまも世界的に読まれる人物です。(ウィキペディア)

1538年 ローマ教皇パウルス3世がヘンリー8世を破門(2度目) イングランド国教会の成立とカトリック教会からの決定的決裂を象徴する出来事。宗教改革史・教会法・政治思想(王権と教権の関係)を考える重要な節目です。(EnglandCast)

1790年 メキシコシティのソカロ(中央広場)でアステカの「太陽の石(暦石)」が発見される 直径約3.5m、重さ24トンの巨大な石碑で、アステカ宇宙観を象徴する遺物。メソアメリカ考古学の出発点の一つとされ、先住民文化の再評価・国民的アイデンティティ形成に大きく寄与しました。(ウィキペディア)

1807年 アメリカの詩人・奴隷制廃止運動家ジョン・グリーンリーフ・ホイッティア誕生 「炉辺詩人」の一人として家庭的で道徳的な詩を多く残すと同時に、クエーカーとして反奴隷制運動に深く関わりました。文学と社会運動(特に奴隷制批判)の結びつきを示す代表的存在です。(ウィキペディア)

1825年 アメリカ人作家ジョン・ニールが哲学者ジェレミ・ベンサムの秘書となり、功利主義思想に引き込まれる ロンドンでの同居・秘書経験を通じて、ベンサムの功利主義がアメリカの文学者に直接影響した珍しい例。英米をまたぐ思想交流史の一断面として興味深い出来事です。(ウィキペディア)

1830年 フランスの作家ジュール・ド・ゴンクール誕生 兄エドモンと共に自然主義的な小説・美術批評・日記文学で知られ、後にフランス最高の文学賞の一つ「ゴンクール賞」の名の由来となります。19世紀パリ文壇と自然主義文学を語るうえで不可欠です。(ウィキペディア)

1843年 チャールズ・ディケンズ『クリスマス・キャロル』初版が刊行される ロンドンの出版社チャップマン&ホールからクリスマス物語として出版され、クリスマス文化・慈善精神・社会批判(貧困・労働問題)のイメージを決定づけた近代クリスマス神話の原点的作品です。(pop-culture.net)

1933年 第13代ダライ・ラマ(トゥプテン・ギャツォ)がラサで死去 近代化政策や独立宣言で知られるチベットの宗教的・政治的指導者が死去し、後継者(現14世ダライ・ラマ)探しとともにチベット近現代史の大きな転換点となりました。チベット仏教史・植民地後史の研究上重要です。(ウィキペディア)

1957年 推理作家・神学エッセイストのドロシー・L・セイヤーズが死去 ロード・ピーター・ウィムジー物語で知られる一方、ダンテ『神曲』の英訳やキリスト教神学エッセイでも大きな功績を残しました。ミステリ文学とキリスト教思想・中世文学研究を架橋した人物の生涯の終わりです。(ウィキペディア)

1986年 コロンビアの新聞『エル・エスペクタドール』編集長ギジェルモ・カーノ・イスササが暗殺される 麻薬カルテル批判を続けたために殺害された事件で、報道の自由とジャーナリスト保護の象徴的事例となりました。後にユネスコによる「ギジェルモ・カーノ世界報道自由賞」創設の契機ともなっています。(ウィキペディア)

かつて12月16日に起こった出来事

12月16日に起こった、人文学(文学・思想・芸術・人権・歴史意識など)に関わる主な出来事を10件まとめてみました。

1770年ごろ

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの誕生(一般に12月16日とみなされる)

洗礼記録は17日ですが、当時すぐ洗礼する慣習があり、本人も含めて16日生まれとみなされます。西洋音楽史を決定的に変えた作曲家の誕生として象徴的な日。

1773年

ボストン茶会事件(Boston Tea Party)が決行される

「代表なくして課税なし」を掲げたアメリカ植民地側の抗議行動。後のアメリカ独立・近代民主主義思想・市民的不服従の象徴的エピソードとして、政治思想史・歴史意識のうえで大きな意味をもつ出来事です。

1775年

イギリスの小説家ジェイン・オースティンがハンプシャー州スティーヴントンで誕生

『高慢と偏見』『エマ』などで知られ、日常生活・結婚・階級を写実的かつアイロニカルに描いて近代小説の姿を決定づけた存在。英文学だけでなくジェンダー研究・社会史にも大きな影響。

1863年

スペイン生まれの哲学者・詩人ジョージ・サンタヤーナがマドリードで誕生

「過去を記憶できない者は、それを繰り返す運命にある」などの格言で知られる哲学者。美学・宗教哲学・文化批評において、20世紀思想に長く影響を与えています。

1917年

SF作家アーサー・C・クラークがイングランドのマインヘッドに誕生

映画『2001年宇宙の旅』の原作者として有名。科学と想像力を結びつけ、宇宙探査・テクノロジーと人間の未来についての文化的想像力を大きく拡張しました。

1928年

アメリカのSF作家フィリップ・K・ディックがシカゴで誕生

『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』などで、現実・アイデンティティ・権力の操作といった哲学的テーマをSFとして描写。後の映画やポップカルチャーに多大な影響を与えた作家です。

1966年

「市民的及び政治的権利に関する国際規約(ICCPR)」が国連総会で採択される

思想・良心・宗教の自由、表現・集会の自由などを国際的に保障する基本文書。いわゆる「国際人権規約」の一角をなし、人権思想・法哲学・政治思想にとって画期的な出来事です。

1966年

「経済的・社会的及び文化的権利に関する国際規約(ICESCR)」も同じく12月16日に採択される

教育・労働・社会保障・文化生活への参加などの権利を国際法として位置づけた条約。文化権・教育権の議論など、人文学の社会的意義を考えるうえで欠かせない基盤文書です。

1971年

ダッカでパキスタン東部軍が降伏文書に調印し、バングラデシュ解放戦争が終結(バングラデシュの「勝利の日」)

パキスタン軍の降伏により東パキスタンがバングラデシュとして独立。大量虐殺の記憶とともに、民族自決・植民地主義後の国民国家形成、人権侵害の記憶化などを考える重要な歴史的転換点です。

2020年

国連総会が決議75/170を採択し、「国際アフリカ系人々の日」(8月31日)を制定

アフリカ系ディアスポラの歴史と文化的貢献を顕彰し、差別に対する闘いと人権尊重を促進する国際デーの創設。記憶・人種・植民地主義をめぐる現代人文学・人権研究に直結する出来事です。