iPad雑感

2019年3月にapple社からiPadminiとiPadAirという新しい位置付けの2機種が発売になりました。これでiPadはこの2機種と昨年発売されたiPad9.8インチ,iPadPro11インチ、iPadPro12.9インチの3機種を合わせて製品ラインナップが5となっています。低価格帯に1機種が、中間価格帯に2機種、高価格帯に2機種がと分類して良いかと思います。液晶の大きさでいうと、7. 9インチから12.9インチまでです。

いずれも専用のapple pencilが使えます。もちろん使い勝手は多少落ちますが、いずれもスタイラスペンも利用できます。また、osも最新のios12.2がのります。ですから機能的には同じといえましょう。

各機種を触ってみましたが、高価格帯の2機種は他の3機種に比べて流石にスピードが早く、液晶が綺麗なのと作りが良く、またスピーカーが4つ備えられて音も優れています。

難点は価格が高いのと、クラウドに結ばれている一部アプリで、処理スピードが早すぎるからなのでしょう、クラッシュを起こすことがあるということです。アプリの改善が求められます。それから、私のような老人で障害を抱えている人間には、それほどのスピードは必要ないのと、かえって早すぎて目がまわるということでしょうか。

わたしにはiPadAirとiPadminiが使いやすいと感じました。

それにしても、iPadのここ数年の進化は目を見張るものがあります。有り難いです。一枚の板であること、軽量で起動が早く、本体に備わる諸機能が気が利いていて簡単で使い勝手の良いアプリが豊富にあることと相まって、人それぞれに対応可能で有用なタブレットだと感じます。

ことに高齢者におススメしたいです。

私に資金があるならば、仕事の同僚や交流のある親しい人たちに配って差し上げたいと思うほどです。

以上雑感でした。

受難節の小さな黙想

牧師のブログに、受難節の小さな黙想と言えば言えなくない小文を載せました。題は「聖書黙想の楽しさ」です。以下にご紹介します。

先週の分区教会交流会の前半は共同聖書黙想でした。聖書箇所はルカによる福音書23章39ー43節が取り上げられ、①進行役の石井牧師によるガイダンス、②個人黙想、③分団での分かち合い、という流れで行われました。
あらためて思わされたのは、一緒にバイブルリーディングに取り組む、聖書を囲む会話の楽しさでした。そこに何が書かれているのか、分かって解らない(解って分からない、かな?)のが聖書ですが、読んで感じたことを紹介しあいながら聖書テキストの不思議さ、あるいは、味わい深さに気づかされていきました。
私の心に最終的に残ったのは「あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる。」というイエス様のお言葉です。語りかけられているのはイエス様の隣で十字架に磔になっている犯罪人です。その現実を離れてこの人の今日はないのに、イエス様は「わたしと一緒に楽園にいる。」と仰って、磔刑場と楽園を結んでおられるわけです。この明確な結びつきに気づかされ、イエス様の不思議なお言葉にわたしの心は、謂わば磔られて、離れなくなったのでした。

雑談好きの理由がはっきりした

脳科学者の茂木さんが雑談のことについて書いた短文がtwitterで紹介されていました。

それによると、雑談は知的な営みで、偶有性とネットワーク性があるとのこと。どんなに急ぐ時でも雑談をする余裕が大切であるとのことです。

脳科学者の言っていることなので、正面から向き合って、雑談のことを考え始めました。こういうのを雑考と言うのでしょうか。

確かに雑談は楽しいし、雑談中に何かが閃いたという経験があります。また、直面している課題とは違うことだけれども何らかの関連がありそうな事柄が連想されるということもあります。

逆に雑談が乏しい交わりでは、創造性も乏しいという感じがしています。

雑談をする余裕と知的活動力を保ちたいと思った次第です。雑談が好きな理由もはっきりしました。

ご無沙汰気味です

このところ、教会HPの牧師のブログやFacebook、そして、Twitterへの書き込みが頻繁で、このブログへの書き込みが疎かになっています。

新年なので何か書きたいと思い、書き始めていますがネット、、関連での私の近況を書こうかと思います。

ドコモ光に変更

NTT西日本フレッツからドコモ光に切り替えることにしました。スマホとのセットで代金が少しですが安くなのが理由です。ただそれだけのことですが、その手続きの過程で

自分がどこのプロバイダーと契約していたのかを忘れていたことに気がつきました。so-netだと思い込んでいたのですが、OCNでした。何の不満もないのですが、浮気心が顔を出してきて、この際、Plalaに変更することにしました。

タブレット普及活動

今年の抱負なのですが、高齢者にタブレットに馴染んでもらうようにと考え、教会で皆さんにお勧めしようと考えています。ネットの利用ですね。

PCとなると大げさですが、軽快なタブレットが使いやすいと思うからです。

手始めにtwitter に慣れていただこうと準備を進めています。

twitter、Facebook、教会HPと牧師のブログのコンビネーションで、楽しんでいただけるように素材を揃えていく予定です。

すでに牧師のブログではその取り組みに突入しています。宜しかったら下記をくりっくしてください。


昨日のツイート

下記のようなツイートをしました。珍しく反応があり、💌を押してくださった方々おられました。

看護や介護に携わっていたり、その分野の成長に腐心しておられる方々をtwitter上でよくお見かけします。真面目なツイートを読ませていただいています。

こんなところです。今年も宜しくお願いいたします。

2019はtwitter元年

個人的にはすでにtwitterをはじめて何年目かになります。それなのに、今さら元年とはどういうことかと言うと、教会の交わりのために、また、聖書の言葉を囲む会話(共同聖書黙想)の広がりを目指して本格的にtwitterを用いるという意味です。

私自身は二つのアカウントを持っています。一つは教会の牧師/張田眞用、もう一つは裃を脱いだ/私用です。どちらもそれほどの違いはありませんが、前者はなるべく個人的な趣味や楽しみには触れずにいささか建徳的なツィートを心がけています。また、政治問題には触れないようにしています。後者はざっくばらんに日常的なあれやこれやをつぶやくようにしています。

それに加えて、教会のアカウントを作りました。公開と非公開です。公開のほうは教会の日常に関することや聖書に関することをささやき、誰に読んでいただいても支障のないものとし、非公開は聖書の言葉を囲む教会員の方々の交わりに供されます。後者は、軌道にのるのはまだまだ先のことですが、Twitter利用の目当てはそこにあります。

twitter の良いところ

それは140文字以内でツィートしなければならないことです。短い文章でやり取りすることに尽きます。コンパクトに一事を伝える、余計なことは省かれます。

余計なことを書きたければ、ツィートを重ねるということになります。それが良いです。

そして、それぞれのツィートに、いいねやリツィートで反応することができ、応答が的を射たものとなります。

つづく


画像

2018年は我が家に嬉しい出来事がありました。息子が結婚して新しい家庭をつくりました。二人で幸せな人生をおくってもらいたいと願っています。

イラストは恒例のクリスマスと新年の挨拶ハガキ2018ー2019年版です。娘が描きました。何年目になるでしょうか。すでに15枚にはなっているはずです。

私は退院して1年2ヶ月が過ぎました。おかげさまで退院時よりもずいぶん改善し、身体の動きが良くなっていますが、頭はダメですね。

それでも頭のリハビリにと読書を心がけています。今年読んだ本で印象に残っているのは國分功一郎著「中動態の世界」、久世濃子著「オランウータン」、伊藤亜紗著「目の見えない人は世界をどのように見ているか」、ヨシタケシンノスケ作「みえるとかみえないとか」、ボージャス著「移民の経済政治学」、シュレーマン「ルターのりんごの木」です。

来年はタクシーを利用して、一人であちらこちらに出かけて行けるようになりたいと思っています。はたしてどうなるでしょうか。

メリークリスマス。皆さまに上よりの祝福がありますようにと祈ります。