いけばな展

遠鉄百貨店本館8階で開かれている「中日いけばな芸術展」に行ってきました。うっかり勘違いしてお目当ての方の作品の展示は明日からのようで観ることができませんでした。総勢400名以上の方々の作品が紹介されるとか。大きないけばな展です。

わたしは、もちろん生け花についての知識も、鑑賞眼もありません。豚に小判(あ、間違えました。猫に小判、豚に真珠)でした。それでも好みはありますから、良いなと思った作品をカメラに収めました。

カメラはNikon1シリーズ、1インチセンサーのミラーレス一眼レフで、レンズは32mmf1.2です。1シリーズのレンズは焦点距離が普通のカメラ×2.7になります。

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本棚

注文していた本棚がいっぺんに届いた。それは良いのだが、自分で組み立てなければならない。梱包をといて、説明書を眺め、組み立てに取りかかる。苦手な作業の一つである。

自分の不器用と、力と体力の衰えをいやというほど味わった。まだ、一つ残っている。

引っ越しに際して本を半分処分してきたので購入した本棚に収まりそうなのでホッとしている。本は本棚に置いたほうが良い。床に積み上げられていた本たちも、どことなく喜んでいるように見える。

庭に咲いた花 テッセン

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牧師館の庭に階段があって、登って行けるのですが、その途中に咲いています。堂々としています。D600+50mmf1.8Gで撮りました。

紫は上品な色ですね。U姉妹を思い出します。すでに召されておられますが、いつも紫の服を着ておられました。

 

昨日の夜11時すぎでした

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カメラの進歩には驚きます。夜11時すぎに教会の正面の写真を撮りました。撮れるのですね。しかも、手ぶれが随分抑えられています。腕が良いのではありません、カメラが優秀なのです。もちろん、感度を上げましたが、それにしてはノイズが少ないです。

祖父の召されたところ

浜松は我が家にとって想い出のある所です。今から50年前に、祖父が寺島町で天に召されました。

隠退後、伊東市の山の上に住まいを得、鶏を育てながら祖母と一緒に暮らしていましたが、病を得て山から降りなければなりませんでした。その時、有り難いことに、浜松市寺島町に空き家を所有しておられる方がおられ、その方が住まいを提供してくださったのでした。そして、しばらくして亡くなりました。

寺島町は私の住む元城町から比較的近くです。

やっと・・・・・

荷物が搬入されて、落ち着いた生活が始まりそうです。

いつものパソコンでこの投稿を書いています。デスクトップパソコンです。打ち慣れたキーボードは快適です。ただし、インターネット環境はまだ整っていません。タブレットのテザリング機能を使って、ネットに繋いでいます。

自分の普段使っている家財や道具が無い生活は、ホントに大変でした。疲れますね。そして、疲れがとれません。まだまだ、家の中が片づくのは先のことですが、必要なものが全部、近くにあるというのは、良いことです。

越してきて4日、家財は4日後

消費税率アップの嵐のすさまじかった。引っ越し業者は手一杯で、我が家の家財は7日搬出、8日搬入ということに。それで、今は、がらーんとして牧師館で過ごしています。

浜松は足腰が鍛えられる町です。なにしろ地下道が多く、そこを通らないと路を渡ることができません。私のようなエネルギー効率の悪い人間には厳しいこと厳しいこと。加えて牧師館の階段は段差が大きく、立派な牧師館ですが、階段は健脚向きです。やっと4日目になって私の脚は階段に慣れてきました。これからが楽しみです。

 

 

あと4日

東京を離れる日が近づいてきた。あと4日。

家財の整理などで忙しくしており、落ち着いて振り返る時間がない。落ち着いたら東京での17年7ヶ月を、少しずつ思い出してはブログに書いていこうと思う。浜松での新たな日々を楽しみながら。

 

雪?

天気予報によると、明日は雪が降るかもしれない、とのこと。積もるようなことはないと思うが、またしても金曜である。ただし、その後は、すぐに4月並の暖かさが訪れとようだ。

今週は仙台に行ってきた。当初、4泊5日の予鈴であったが、スケジュールに変更があり2泊3日となった。夜出て、昼過ぎの帰京という慌ただしい行程となった。仙台はあちこちに雪が残っていた。

二つの声

婦人会の送別会で記念写真を撮っていただいた。

データを送ってくださったご婦人に、「いやー、わたしは巨大ですね」と言ったら、「先生は痩せたら先生らしくないから、痩せなくてもいいです。健康には気をつけて」と仰っていただいた。優しい天使の声だ。

すると、「うん、そうだ、これでいいのだ」とバカボンのような声が内心から発せられる。惚けた悪魔の声。

服の整理

引っ越しを控えて、服の整理をしている。

もう少し痩せれば着られるという服ばかりだ。

南極で浸礼

NHKBSの海外ニュースで、ロシアの南極基地に正教会の教会が建てられたことが報じられていた。今後、南極観測隊員の交代と併せて1年ごとに司祭が派遣されるとのこと。ニュースではその教会で洗礼式が行われたと伝えていた。礼拝堂の中ではなく、海での浸礼である。

捨てる

引っ越しを前にして、物の整理を始めているが、捨てることが難しい。

本を半分にと思っているが、そうなると、あれもこれも捨てなければならない。惜しいという思いと、後悔しないだろうかという不安がよぎる。それでも、思い切って捨てることになるだろう。その中には一部の注解書や説教集も含まれる。どれもこれも立派なものだが、手放さなければならない。

家内に注解書もずいぶん捨てるよと言ったら、インターネットで調べれば良いでしょ、などと暢気なことを言われてしまった。確かに、聖書研究用のソフトはPCにインストールされており、手立てがないわけではない。

老後の趣味にと買い集めたカメラとレンズも、一部処分することになる。最小限のもので、本当に良い物だけを残すつもりだ。とはいえ、もともと本とは違って量が少ないので、捨てるものは僅かである。

最後に、たくさんあるのに、そして、捨てたいと思っているのに捨てられないものがある。それは脂肪だ。

昨日は浜松元城教会で説教を

4月から赴任する教会です。赴任前に長老会との打ち合わせも兼ねて主日礼拝説教を担当しました。礼拝者は25名前後だったかと思います。こぢんまりとした綺麗な礼拝堂でした。20年ほど前に一度説教と聖餐式をさせていただいたことがありました。その時の印象と重なり合わないのですが、わたしの記憶が混乱しているからかもしれません。

印象深かったのは、聖壇の椅子です。誰も座らない椅子が真ん中にありました。主がご臨在くださる徴として置かれているのだと思います。

それから説教壇が立派でした。重厚な作りで、私が仕えてきたどの教会の説教壇よりも素晴らしいものでした。私に、説教はどうなの?と訊かれると困ります・・・

梅の花

今年の開花は1月下旬だった。例年は早いと1月初旬には咲いていたが、寒さのせいだろうか。梅が咲くと、遠くにだが春の足音が聞こえるような気がする。

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ヘッダーの写真を変更

夕日(橋脚に隠れています)を背景としたレンボーブリッジです。カメラは良いのですが、腕がもう一つです。WBを「曇り」に設定すると、このような色合いになります。

それにしてもお台場周辺は整備され、綺麗になりました。私の子どもの頃は、台場はあったでしょうが、お台場はありませんでした。海も汚れていましたね。でも、夕日には変化はないはずです。

昨日で終了

二つのことが終了しました。たぶん。

一つは某テレビ局のお手伝い。昨年末から昨日まで、何度かリハーサルや撮影本番に立ち合いました。なるほど、こうやってテレビドラマは作られていくのか、と初めて知りました。可愛いらしい子役さんから、よく知られた役者さんたちまで、身近にその仕事ぶりを拝見することができました。私はといえば、ほんの少し、間違いがないように注意を払うという気楽なお手伝い。でも、時間はかかりますね。

もう一つは、墓所委員会です。二つの教区が共同で運営する墓所での年二回の墓前礼拝開催と、墓所の管理が仕事です。ながく委員を務めていてくださる方々の支えで、なんとかお役を務めましたが、昨日の、私にとっての最後の委員会は、遅刻をしてしまい大顰蹙でした。失礼しました。最後の仕事は、HPの作成です。たいしたことではありません。すぐに出来上がります。興味があれば開いてください。まだ、何も内容はありませんが・・・・

http://tnboshok.wordpress.com です。

「大男、総身に知恵が回り兼ね」

これが正しい言い回しのようです。

ずいぶん前に「実用 ことわざ便覧」(小桜書房)という小辞典を購入したが、ずっと「つんどく」「おかくれ」状態でした。引っ越し準備のために書棚を整理しはじめて再発見。適当に読んで見ようかと手元に置くことにしました。

さりげなく開いたページの頭に、この諺が。いやはや、ぴったりなので、妙に感激しました。

ちなみに、そのページの最後には「屋上、屋を架す」(むだなこと、よけいなことをすること。)が載っておりました。そうならないように、したいものです。

湯河原二泊三日

二つの会合に出席。
一つは支区の一泊教師会、もう一つは更新伝道会の一泊研修会。後者では講演という名の発題で、「This Holy Mistery 合同メソジスト教会の聖餐式に関する見解」を、慣れないことだが翻訳して、解説を加え、ポイントとなる事柄を提示するということで、 役目を果たさせていただいた。

宿泊した施設では、トリニティーアーツという会社の新入社員研修も行われていた。トリニティーという語が一般に使われるようになったが、キリスト教では、かつて300年もの年月をかけて告白に至った語である。

一泊教師会ではある少人数による聖書の学びのグループについての紹介がなされ、学ぶ機会を与えられんた。聖書テキストに注意深く接近し、かつ、黙想へと至るという試みである。その方法論に共感する部分もあったが、教導的色合いが強いかなという印象を持った。

残念だったこと

このところ、今まで馴染みのなかった業界の方々とお付き合いせねばならなくなり、困っているところです。その話はここには書けないのです。困っているというのは、あまり役に立ちそうもない、ということと、時間配分です。牧師の仕事を知らない方々とのお付き合いだからです。

それはさておき、昨日、残念なことがありました。韓国の永楽教会で、おや、すごい、「えいらく」と入力したら「永楽教会(ヨンラク キョウヘイ)」が変換候補の一番にあらわれました、その永楽教会で行なわれた国際フォーラムで知り合いになったベトナムの牧師先生が成田経由でアメリカに行かれたようです。私のことを思い出してくださって、成田空港からFacebookで「会いたい」と連絡してくれました。ところがそれに気づいたのは、飛行機の離陸2時間前。さすがに間に合いません。こんかいは、そういうことで残念でした。

ベトナムには一度行ったことがありますが、いつか、この先生の教会を訪ねてみたいと思っています。

方言指導と説教

4月から某テレビ局で放送される連続ドラマで、出演者に方言指導をなさっている方にお会いした。ご自身、ベテラン役者で、一葉の一人芝居と取り組んでおられる方である。

方言指導というのは、ただある地方の方言・発音を正しく発声するようにと役者さんを指導するということではないそうです。だいたい、どんな優れた役者でも、自分が身につけている言葉と違う方言を、あたかも自分の言葉であるかのように正しく発声することは不可能で、それでも、身についた言葉で、心の底から発している、その不可能になるべく近づくように役者に演技をしてもらわなければならない。そのためには、発音・発声しやすい言い回しを見つけて台詞を工夫するようにしているのだとか。方言指導の奥の深さの一端を伺った。

話を伺いながら、2つのことが思い浮かびました。1つは、私が関西弁を使うと大阪出身の家内が不快に感じて、いつも、怒るということです。自分では正しく発音しているつもりでも、家内はそれを関西弁とは認めることができす、それだけではなくて、関西弁が、ひいては関西人が侮られているように感じてしまうようなのです。

2つは、教会の牧師が説教にたずさわるときの留意点です。説教者は聖書の言葉を説き明かすのに、先人の言葉に学びながら準備をしますが、何を目指しているかというと、目の前の聴衆の心に聖書の言葉が届くということです。その人の血となり肉となるということです。そこに、説教者の存在理由があります。そのための取り組みは、方言指導と共通点があるように思われたのです。

名説教者として知られている先輩牧師が、ある時、地方の某教会に招かれて説教した。とっておきの説教をなさったのです。しかし、初めての経験だけれども、その時は、聴衆に受け入れられなかった。そう言われたことがありました。そんなことがあるのですね。たぶん、その教会の人々の言葉とかみ合わなかったのではないでしょうか。言語・方言というだけではなく、日ごろその教会で説教をしておられる牧師が優れた方で、その言葉の世界に養われた方々には、違和感を与えた、ということではないかと思います。

風邪でお粥の4日間をすごして

25日の夜から風邪で伏せていました。一日ゆっくり休めば治るだろうと買いかぶっていたが、4日間お粥で過ごすことになってしまった。29日の主日、ふらふらしながら奉仕をさせていただいたが、誰も痩せましたねとは声をかけてくれません。本人はやつれたなあと感じているのですが・・・

年末年始、今年は食べ過ぎることはなさそうです。有り難いことです。

けやき坂のイルミネーション

クリスマス主日礼拝が行われた日の夜、イルミネーションを楽しみながらヒルズのけやき坂を散歩した。毎時0分から10分間、LEDが赤に変わる。人気スポットでシャッターを切った。カメラが優秀なのだろうが、われながら良く撮れたと思う。

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iPadで原稿を見ながら・・・

結婚披露宴でのこと、新郎の上司がスピーチをされた。若い方だったが立派になさっておられた。印象深かったのは、その方が紙に書いた原稿ではなくiPadを持っておられたということである。スピーチ・メモが表示されていたようだ。

今週になって、比較的若手の親しい牧師と話をした。この人も一昨日の日曜日、礼拝説教のおりにiPadを使ったとのこと。その日、プリンターが壊れてしまい説教原稿を紙に印字できなかったので、しかたなくそうしたようだ。

使用具合はどうだったのだろう。披露宴のスピーチ・メモであれば一画面で済むだろう。説教原稿はそうはいかない。となると、例のごとく指でページを移行させなければならない。けっこうやっかいなことかも知れない。

さて、自分のことであるが、もしもタブレットを使うとしたら、windowsタブレットでも、androidタブレットでもなく、iPadになるだろう。理由は操作がシンプルで、画面が見やすいからである。しかし、たぶん、使うことはないだろう。と、今のところは思っている。

飛行機の到着時間

ターミナルに着いた時ではなくて、空港に着陸した時が、到着時間だと聞いたことがある。たぶん空港の掲示板に表示される到着予定時間というのは、それだと思う。

しかし、〇〇便がただいま到着いたしました、とアナウンスされる到着とは、どうもターミナルに着いたという知らせのように思った。

たいした問題ではないが、そんな感じがしたので書いてみた。

高齢者には冬の到来か

T大学病院で医師をしている甥が、都会に住む高齢者には厳しい時代が来ると言っていた。病床が不足するという(病床だけのことではなさそう。医療や介護の態勢全般のことのようだ)。団塊の世代のことが考えられているのだろう。その世代のために病床を増やすわけにはいかないからだとか。

それは、介護保険を用いて自宅で最後をむかえたT姉妹(生涯独身だった)のことを紹介して、自分の思いが、ささやかだが実現し、最後をむかえるということが命の質を考えるとき大事だと話したときのこと。今後はそうはいかないだろうと言って甥が話してくれた。

老後をどうすごすか、また、どのような社会的な施策が必要なのか、考えなければならない時代が迫っているようだ。地方に移り住む高齢者が増えるかもしれない・・・・

発足まもない小グループで講演を

一昨日のことだ。若い人たち6名ほどが集って行われた。その会の発足後、第2回目の会合だとか。アジアの諸問題について語り合う会で、この15年のわたしの経験をとおして主旨に添うようにお話しをさせていただき、少し、ディスカッションをした。

この問題で若い人にお話しをするのは始めてだったが良く聞いてくださった。爺さんは嬉しかった。

 

ハードディスクが壊れた

写真データを保存していたHDが壊れてしまった。落胆です。と言っても、この春までのデータは別のHDにも保存していたので全滅ではなかったことと、Picasawebアルバムにもアップロードしたものもあり、悲嘆に暮れるということにはならなかった。

昨年は仕事用データを納めていたHDが壊れたので、2度目の経験となるが、充分にその経験を生かしていたとはいえない。と反省。

同じ日、娘のノートパソコンが壊れた。HDの異常のようだ。偶然だと思うが、我が家で2台も同時に壊れるとなると、HDへの信頼性が崩れていく。

しかし、形あるものはいずれかは壊れるのだから、覚悟はしないといけない。