再び雪かき?

今週末も雪となりました。先週ほどではありませんが、けっこう積もりました。また、雪かき(除雪)かと思ったのですが、先ほどから雨になり、気温も上がってきそうなので期待が膨らみます。

先週の日曜日の朝は大変でした。朝6時から雪かきをし、なんとか人が歩けるようにはなりました。その後、N兄が道具持参で駆けつけてくださった。また、聖歌隊の方々や教会学校のご父兄も加わってくださいました。おかげで、駐車場だけではなく、教会周辺の雪が取り除かれました。感謝。

ある会合でその話をしたら、某氏が牧師であった義父のことを話されました。なんでも、お父さまの教会は草木がよく育つそうで、日を決めて教会員が木の枝を切ったり、雑草取りをするそうです。ところが、その作業の日、お父さまは教会員が集まってくる前に、「皆が大変だから」と言って、一通り草刈りをしてしまう、そのような方だったそうです。こういう牧師先生は、今はおられません。

梅の花

今年の開花は1月下旬だった。例年は早いと1月初旬には咲いていたが、寒さのせいだろうか。梅が咲くと、遠くにだが春の足音が聞こえるような気がする。

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ヘッダーの写真を変更

夕日(橋脚に隠れています)を背景としたレンボーブリッジです。カメラは良いのですが、腕がもう一つです。WBを「曇り」に設定すると、このような色合いになります。

それにしてもお台場周辺は整備され、綺麗になりました。私の子どもの頃は、台場はあったでしょうが、お台場はありませんでした。海も汚れていましたね。でも、夕日には変化はないはずです。

昨日で終了

二つのことが終了しました。たぶん。

一つは某テレビ局のお手伝い。昨年末から昨日まで、何度かリハーサルや撮影本番に立ち合いました。なるほど、こうやってテレビドラマは作られていくのか、と初めて知りました。可愛いらしい子役さんから、よく知られた役者さんたちまで、身近にその仕事ぶりを拝見することができました。私はといえば、ほんの少し、間違いがないように注意を払うという気楽なお手伝い。でも、時間はかかりますね。

もう一つは、墓所委員会です。二つの教区が共同で運営する墓所での年二回の墓前礼拝開催と、墓所の管理が仕事です。ながく委員を務めていてくださる方々の支えで、なんとかお役を務めましたが、昨日の、私にとっての最後の委員会は、遅刻をしてしまい大顰蹙でした。失礼しました。最後の仕事は、HPの作成です。たいしたことではありません。すぐに出来上がります。興味があれば開いてください。まだ、何も内容はありませんが・・・・

http://tnboshok.wordpress.com です。

「大男、総身に知恵が回り兼ね」

これが正しい言い回しのようです。

ずいぶん前に「実用 ことわざ便覧」(小桜書房)という小辞典を購入したが、ずっと「つんどく」「おかくれ」状態でした。引っ越し準備のために書棚を整理しはじめて再発見。適当に読んで見ようかと手元に置くことにしました。

さりげなく開いたページの頭に、この諺が。いやはや、ぴったりなので、妙に感激しました。

ちなみに、そのページの最後には「屋上、屋を架す」(むだなこと、よけいなことをすること。)が載っておりました。そうならないように、したいものです。

湯河原二泊三日

二つの会合に出席。
一つは支区の一泊教師会、もう一つは更新伝道会の一泊研修会。後者では講演という名の発題で、「This Holy Mistery 合同メソジスト教会の聖餐式に関する見解」を、慣れないことだが翻訳して、解説を加え、ポイントとなる事柄を提示するということで、 役目を果たさせていただいた。

宿泊した施設では、トリニティーアーツという会社の新入社員研修も行われていた。トリニティーという語が一般に使われるようになったが、キリスト教では、かつて300年もの年月をかけて告白に至った語である。

一泊教師会ではある少人数による聖書の学びのグループについての紹介がなされ、学ぶ機会を与えられんた。聖書テキストに注意深く接近し、かつ、黙想へと至るという試みである。その方法論に共感する部分もあったが、教導的色合いが強いかなという印象を持った。

ASUSのwindowsタブレット

私のような使い方だと、ノートパソコンは必要ありません。文章を打ち込む程度だからです。もちろん、それ以上のこともしますが、その時には家にあるPCで作業をします。

このところ、windowsタブレットが充実してきました。わたしはワープロソフトの一太郎を太郎の時代から愛用してきたので、文書データがたくさん残っています。で、一太郎は必須です。それと外出先で長時間使うこともあるのでバッテリー持続時間が長くないといけません。そして、携帯性です。

この条件を最大限満たしてくれるのがASUSのT100TAというwindows8.1タブレットです。CPUは廉価なものですが、能力は高く、この手のタブレットは飛躍的に良くなっています。キーボード付きですが、本体と分離することができます。もひろん安価です。ということで購入しました。

韓国では「異言」が「方言」と翻訳されているとのこと

方言指導と合同教会論に共通性がある、ということをソウルから一時帰国したN宣教師に話したら、韓国語の聖書では「異言」が「方言」と訳されていると教えてくれた。

面白いと思ったので、ちょっと調べてみようかと思っているところです。

残念だったこと

このところ、今まで馴染みのなかった業界の方々とお付き合いせねばならなくなり、困っているところです。その話はここには書けないのです。困っているというのは、あまり役に立ちそうもない、ということと、時間配分です。牧師の仕事を知らない方々とのお付き合いだからです。

それはさておき、昨日、残念なことがありました。韓国の永楽教会で、おや、すごい、「えいらく」と入力したら「永楽教会(ヨンラク キョウヘイ)」が変換候補の一番にあらわれました、その永楽教会で行なわれた国際フォーラムで知り合いになったベトナムの牧師先生が成田経由でアメリカに行かれたようです。私のことを思い出してくださって、成田空港からFacebookで「会いたい」と連絡してくれました。ところがそれに気づいたのは、飛行機の離陸2時間前。さすがに間に合いません。こんかいは、そういうことで残念でした。

ベトナムには一度行ったことがありますが、いつか、この先生の教会を訪ねてみたいと思っています。

病気の再発です・・・

と言っても、買っては捨て病です。

10.1インチのASUS製windows8.1タブレットです。バッテリー持続時間が公称15時間。ハードディスク内蔵のキーボードと合体させると7.5時間。量販店で触ってみましたがCPUは決して上等なものではないようですが、快適に動きます。タブレットとキーボードが分離できて、Office付きです。私必須の一太郎とBibleworksをインストールすれば、文句なしです。

外出時は、これで決まりました。

方言指導と合同教会形成

直前の投稿の続きです。方言指導の話から、合同教会形成について考えさせられました。

故北森嘉蔵先生は、教派というのは角度の違いから生じている、ということを言われました。どの教派も、まちがいなく教会である。しかし、異なった教派が存在し、時には、対立もする。それは、ある教派は正しく、ある教派は教会として間違っているといううことではなく、福音(その伝達体である聖なる公同の教会)に接する角度の違いだというのです。

言うなれば、教派はそれぞれの方言で福音を共有しているということです。方言の集合、それが合同教会ですが、そこに、豊かさもあり、難しさもあるということでしょう。

自家の信仰理解を主張すると、他の伝統とは争いになると考えがちです。方言の違いが、違いとして残ってしまう。それで、合同教会においては自家方言を主張しないという抑制が働きます。しかし、はたしてそれで豊かな合同教会が形成されるでしょうか。はなはだ疑問です。皆が、自分の方言で発語できなければ、根無し草になってしまい、その信仰は借りものになってしまうのではないでしょうか。

エキュメニカルな議論を意識しつつ、自家の理解を明確に表現することが大切なのかもしれません。自家の方言を、他者に充分に理解してもらえるように、台詞を選ぶ。その互いの努力が合同教会形成には必要なことですね。

方言指導と説教

4月から某テレビ局で放送される連続ドラマで、出演者に方言指導をなさっている方にお会いした。ご自身、ベテラン役者で、一葉の一人芝居と取り組んでおられる方である。

方言指導というのは、ただある地方の方言・発音を正しく発声するようにと役者さんを指導するということではないそうです。だいたい、どんな優れた役者でも、自分が身につけている言葉と違う方言を、あたかも自分の言葉であるかのように正しく発声することは不可能で、それでも、身についた言葉で、心の底から発している、その不可能になるべく近づくように役者に演技をしてもらわなければならない。そのためには、発音・発声しやすい言い回しを見つけて台詞を工夫するようにしているのだとか。方言指導の奥の深さの一端を伺った。

話を伺いながら、2つのことが思い浮かびました。1つは、私が関西弁を使うと大阪出身の家内が不快に感じて、いつも、怒るということです。自分では正しく発音しているつもりでも、家内はそれを関西弁とは認めることができす、それだけではなくて、関西弁が、ひいては関西人が侮られているように感じてしまうようなのです。

2つは、教会の牧師が説教にたずさわるときの留意点です。説教者は聖書の言葉を説き明かすのに、先人の言葉に学びながら準備をしますが、何を目指しているかというと、目の前の聴衆の心に聖書の言葉が届くということです。その人の血となり肉となるということです。そこに、説教者の存在理由があります。そのための取り組みは、方言指導と共通点があるように思われたのです。

名説教者として知られている先輩牧師が、ある時、地方の某教会に招かれて説教した。とっておきの説教をなさったのです。しかし、初めての経験だけれども、その時は、聴衆に受け入れられなかった。そう言われたことがありました。そんなことがあるのですね。たぶん、その教会の人々の言葉とかみ合わなかったのではないでしょうか。言語・方言というだけではなく、日ごろその教会で説教をしておられる牧師が優れた方で、その言葉の世界に養われた方々には、違和感を与えた、ということではないかと思います。

風邪でお粥の4日間をすごして

25日の夜から風邪で伏せていました。一日ゆっくり休めば治るだろうと買いかぶっていたが、4日間お粥で過ごすことになってしまった。29日の主日、ふらふらしながら奉仕をさせていただいたが、誰も痩せましたねとは声をかけてくれません。本人はやつれたなあと感じているのですが・・・

年末年始、今年は食べ過ぎることはなさそうです。有り難いことです。

けやき坂のイルミネーション

クリスマス主日礼拝が行われた日の夜、イルミネーションを楽しみながらヒルズのけやき坂を散歩した。毎時0分から10分間、LEDが赤に変わる。人気スポットでシャッターを切った。カメラが優秀なのだろうが、われながら良く撮れたと思う。

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iPadで原稿を見ながら・・・

結婚披露宴でのこと、新郎の上司がスピーチをされた。若い方だったが立派になさっておられた。印象深かったのは、その方が紙に書いた原稿ではなくiPadを持っておられたということである。スピーチ・メモが表示されていたようだ。

今週になって、比較的若手の親しい牧師と話をした。この人も一昨日の日曜日、礼拝説教のおりにiPadを使ったとのこと。その日、プリンターが壊れてしまい説教原稿を紙に印字できなかったので、しかたなくそうしたようだ。

使用具合はどうだったのだろう。披露宴のスピーチ・メモであれば一画面で済むだろう。説教原稿はそうはいかない。となると、例のごとく指でページを移行させなければならない。けっこうやっかいなことかも知れない。

さて、自分のことであるが、もしもタブレットを使うとしたら、windowsタブレットでも、androidタブレットでもなく、iPadになるだろう。理由は操作がシンプルで、画面が見やすいからである。しかし、たぶん、使うことはないだろう。と、今のところは思っている。

教会の写真

日本における最初の教会である横浜海岸教会が、デジカメwatchというサイトのNikon Dfレビューのサンプル写真で撮されていた。教会全体の写真ではなく、部分的なものなので、もしかしたら教会の人たちも気付かないかも知れない。

以前に、同じような他機種のレビューで札幌教会が撮されていたが、こちらのほうは誰もがすぐに分かる写真であった。教会というのは絵になるのだろう。

実は、何年か前に季刊誌「太陽」に教会が特集された。2回か3回続いたと記憶している。その第1回で写真を撮ったのは私の親戚で、祖母の葬儀の写真も掲載されていた。先日、その親戚に会った折りに聞いたのだが、私たちが普段使うようなカメラではなく、特別なものを使ったようだ。資材購入に200万円ほどかけたとか。なるほど、良く撮れていた。

今後、全国の教会の写真を撮っていこうかと考えている。伝道用サイト(インターネット伝道会)での教会紹介のために。ただし、普通のカメラで・。

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これは愛媛県との県境に近い高知県の山間部にある町で、須崎教会と近永教会とが協力して開拓伝道を行っている集会所である。2週間ほど前にお訪ねした。この町にはクリスチャンは一人もいないが、ご老人がお一人、求道しておられる。ちなみにカメラはRX100というコンデジ。

特定秘密保護法

本日の朝日新聞に4党が合意して衆議院を通過した「特定秘密保護法」の全文が掲載されていた。

国家と国民の安全のために秘密を必須とする(特定な)情報が漏えいされないように、特定秘密の指定と取扱者の制限、また、関連して必要な事項を定める法律である。素人には分かりにくいところがあるということと、当然、法律の解釈とその範囲、また実際の適用という問題が取扱者に委ねられることになるので、拡大解釈への不安が広く懸念されている。

グローバリゼーションという観点から考えると、国境の壁が低くなり、人と物の自由な行き来がさらに増大する状況のもとで、社会が民主的でありつつ安全と安定が確保されるという課題に直面していると言えよう。そのために市民社会のはたすべき役割が増大し、国家が担うことは相対的に小さくなるのである。しかし、国家が果たさなければならない役割は決して粗末なものではない。ある種、高度なものと言えよう。そのために、適切な情報管理が必要であるということは理解できる。

問題は、法運用の有り様である。わたしは運用の仕方如何によって、日本という国の存亡が決まっていくと思う。培われてきたこの国の民主主義の真価が問われると言ってもよいであろう。国会の議論はこの点から十分な評価を得ることができるようなものであるか、まず、真価が問われている。

飛行機の到着時間

ターミナルに着いた時ではなくて、空港に着陸した時が、到着時間だと聞いたことがある。たぶん空港の掲示板に表示される到着予定時間というのは、それだと思う。

しかし、〇〇便がただいま到着いたしました、とアナウンスされる到着とは、どうもターミナルに着いたという知らせのように思った。

たいした問題ではないが、そんな感じがしたので書いてみた。

高齢者には冬の到来か

T大学病院で医師をしている甥が、都会に住む高齢者には厳しい時代が来ると言っていた。病床が不足するという(病床だけのことではなさそう。医療や介護の態勢全般のことのようだ)。団塊の世代のことが考えられているのだろう。その世代のために病床を増やすわけにはいかないからだとか。

それは、介護保険を用いて自宅で最後をむかえたT姉妹(生涯独身だった)のことを紹介して、自分の思いが、ささやかだが実現し、最後をむかえるということが命の質を考えるとき大事だと話したときのこと。今後はそうはいかないだろうと言って甥が話してくれた。

老後をどうすごすか、また、どのような社会的な施策が必要なのか、考えなければならない時代が迫っているようだ。地方に移り住む高齢者が増えるかもしれない・・・・

飲み比べセット

と言ってもお酒ではない。みかんジュースだ。

責任を持っているある委員会が四国の南伊予を訪ねた。松山空港に降りて、少しだけ時間があったので伊丹十三記念館に立ち寄った。彼は私の住む、すぐそばの、しかも知人所有のビルディングで自死しているので、なんとなく足が向いた。オシャレな記念館だった。

喫茶室があり、そこで提供していたのが飲み比べセットだ。従来の地元のミカンと、そこから派生した2種類のミカン、計3種類のジュースを綺麗なグラスに入れて出してくれる。これは、いける。うん、良いアイデア。

ほんの少しの時間だったが愛媛を味わった。

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発足まもない小グループで講演を

一昨日のことだ。若い人たち6名ほどが集って行われた。その会の発足後、第2回目の会合だとか。アジアの諸問題について語り合う会で、この15年のわたしの経験をとおして主旨に添うようにお話しをさせていただき、少し、ディスカッションをした。

この問題で若い人にお話しをするのは始めてだったが良く聞いてくださった。爺さんは嬉しかった。

 

ハードディスクが壊れた

写真データを保存していたHDが壊れてしまった。落胆です。と言っても、この春までのデータは別のHDにも保存していたので全滅ではなかったことと、Picasawebアルバムにもアップロードしたものもあり、悲嘆に暮れるということにはならなかった。

昨年は仕事用データを納めていたHDが壊れたので、2度目の経験となるが、充分にその経験を生かしていたとはいえない。と反省。

同じ日、娘のノートパソコンが壊れた。HDの異常のようだ。偶然だと思うが、我が家で2台も同時に壊れるとなると、HDへの信頼性が崩れていく。

しかし、形あるものはいずれかは壊れるのだから、覚悟はしないといけない。

ハロウィン疲れ?

金曜日なのに、六本木は静かだ。

先週の金、土は大騒ぎ、普通の服装で歩いていると、いや、まともには歩けなかったが、なにこの人、と言われるのではないかと思われるほどであった。今日は、ハロウィン疲れの一休みなのかな。

気になる新機種

別に新しい機能が付加されたわけでもなく、動画は撮れず、いま流行のWi-FI機能もない。なのに気になるのがNikonDfというデジタル一眼レフカメラだ。11月下旬に発売されるらしい。

もちろんスペックが劣っているわけではない。知る人ぞ知る?D4と同じセンサーなので高感度にすぐれている。サイズは現在のフルサイズ・デジタル一眼レフカメラの中では最も小さくて軽い。ただし、新機能を競って次々に新しいカメラが発売される昨今なのに、技術的にはなんの新しさもないのである。

それなのに、なぜ気になるのかというと、フィルム時代の古い一眼レフカメラを彷彿させるそのデザインと操作感の故だ。F何々にデザインが似ているとか、アナログ的なダイヤル操作が懐かしい、と所謂ニコ爺たちから、かく言う私もそのニコ爺だが、声があがるのである。

若い人たちはどう評価するか分からないが、そろそろ想い出に生きるようになる私たち世代には、写真(カメラ)趣味人生のまとめを自覚させてくれる。つまり、デジタル一眼レフカメラの進歩に翻弄され、お付き合いをさせられてきた多くのニコ爺に、もう、これで良い、これで行こうと納得させるカメラなのである。

Nikon-Df-camera-with-Nikkor-58mm-f1.4G-lens

※この写真はNikon Rumors に掲載されていたDf。ネットで見ることができるDf写真の中で、一番気に入っているもの。

 

70になる姉が

iPadminiを使い始めた.。いや、正確に言うと、格闘が始まった。

娘が親切に手ほどきしていた。感心。よくあんなに優しく教え続けられるものだ、と。
同じことを、時間をおいて何度も質問されるのに。

観察していて気がついたことが・・・・
教えてもらって、その通りにやってみても、覚えは悪い。
自分でこれは何だ、これでいいのかと、手探りで触っていかないと、あかんなあ。

それから、姉の人指し指だが、ディスプレイの上空2センチくらいのところで、右往左往していたなあ。
どこに触ったら良いのか、触っても大丈夫なのか迷い戸惑っている。

頑張れ!!

ミュンヘンのビール祭り

たまたまオクトバーフェストにぶつかってしまいました。しかたなく会場に行ってみました。K牧師の妹さんがミュンヘン大学に短期留学中で、わたしたち一行の道案内をしてくださいました。

会場といっても広い公園のようなところに、ビール会社ごとの大きな建物ができていて、遊園地もあり、屋台も多数あるといった壮大なものでした。最初は、夜、9時過ぎに行ったのですがお祭り騒ぎ。お祭りだから当たり前でしょうか。みな酔っぱらっていました。これも当たり前。どの建物も入る隙間がないほどいっぱいで、一杯のビールを飲むのも大変でした。

祭り用の民族衣装を着て、皆、楽しんでいました。旅行者も多く、酔った勢いで話しかけてきます。案内人はオランダから来たという巨人たちと親しくなって何やら話し込んでいました。

日をおいて昼に行ってみました。小さな子どもたちも楽しんでいました。家族ずれが目立ちましたね。もちろん、大人は朝からビールです。人の多い、明るい賑やかな祭りです。これがオクトバーフェストかと分かって良かったですが、次回ミュンヘンを訪れるときは、避けたいと思った次第です。

ミュンヘン

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ベルンの時計

はじめてスイスのベルンに足を踏み入れました。宗教改革直後のスイスはカトリック陣営とプロテスタント陣営との間で争いがありましたが、中立を守ったのがベルンだったと聞きます。それだからでしょうか、スイスの首都となっています。

美しい街と聞いていたので一度行ってみたかったのですが、これまでは機会にめぐまれず、取り残していました。氷河期の氷河によって生まれた地形、アーレ川の流れに沿って形造られた街は、なるほど美しかったです。旧市街が世界遺産となっているようですが、なるほどと思わされました。

大きな時計が有名ですが、旧市街のメインロードにあり、趣のあるものでした。塔の東側の時計は太陽を、西側の時計は月がイメージされています。西側のほうが障害物がなく、その美しさをそのままに鑑賞できました。アルプス・ホルンを奏でる音楽家?が商売をしていました。

近くにアインシュタインが2年間住んだという小さな家が記念館として人を招き入れていました。相対性理論の基礎となる諸理論がそこで生まれたそうです。その当時、役人をしていたのでしょうか。ただそれだけの建物ですが、入場料は15ユーロだったと思います。スイスは物価の高い国ですが、さすがにアインシュタインです。

ベルンの代表的な料理と紹介されていたソーセージと肉の取り合わせを食べました。たくさんの人が入る店でしたが、それほど美味しいとは思いませんでした。わたしの味覚がおかしいのかもしれません。あしからず。

ベルン時計

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ヴィッテンベルク再訪

ルターシュタット・ヴィッテンベルクを訪ねる機会があたえられました。東西ドイツの統一記念日である10月3日の数日前のことです。

13年ぶりのことでした。前回は、まだ統一直後といった雰囲気を残しており、空き家も目立ち、街の様子はどことなく沈滞していましたが、久しぶりのヴィッテンベルクは明るく、古い建物は建て直されていたり、きれいに化粧直しがなされていました。

ルターを描いた祭壇画のあるシュタット教会はちょうど祭壇の工事中で残念でした。この教会はルターがヴィッテンベルク大学で神学を教えていたとき、すなわち福音の再発見にいたる時代に、説教をしていた教会です。ヴィッテンベルクというと95箇条の提題が掲げられた城教会が有名ですが、このシュッタト教会も重要な教会です。福音主義の信仰に基づく礼拝が最初に行われたのはこの教会においてであったと聞きます。工事というのは、おそらく宗教改革500年を記念する2017年にむけての準備だと思われます。城教会も工事中でした。

市庁舎まえの広場では、陶器祭?でしょうか。陶器市が開かれており賑わっていました。また、その近くでは秋の実りを喜ぶ催しもなされていて、地元の物産が売られていました。リンゴと大きなソーセージをはさんだホットドックを食べ、手作りのリンゴ・ワインやハニー・ワインを飲みました。活気が感じられて、嬉しいことでした。

もう一つ、旧ヴィッテンベルク大学跡の内庭の芝生の上で横になり、ほんのちょっと昼寝をしました。気持ちが良かった。

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