今春、羽田で撮りました。日航機とスカイマーク機、まるで、曙と舞ノ海の立ち会いのよう。思い出して投稿しました。
小さな鍵の予備が欲しくて奔走しました。古い鍵なので最初の2軒はあっさりと「できません」と断られてしまいました。これは難しそうだなと思いつつ、イオン浜松西にある店に行ってみると、若い店員さんでしたが、執拗に調べてくれて、とうとう、在庫のある問屋を見つけてくれたのでした。有り難いことでした。
靴や鞄も修理しているようなので、必要なときはそこに行くことに決めました。嬉しかったので、ついつい書き込んでしまいました。
東京にいたときに有楽町駅や羽田空港ターミナルなどで時々、1000円散髪を利用したことがありました。店に入ると自動販売機でチケットを購入します。千円札しか使えません。店は狭く、同時に3,4人しか散髪してもらえないので、たいがい20分ほど待たされます。そして10分間の調髪です。カットだけですが、時間の無いときや、出先で簡単に済ませたいときには便利です。
さて、浜松に来て同様な散髪店があることを知り、今回は、JUNC志戸呂店に入ってみました。JUNCは豊川発祥で、豊橋、浜松に店舗を拡げているようです。
東京とは違っていました。シャンプー&カットなのです。まず、店に入ると受付があります。名前を書くと、シャンプーへと案内してくれます。機械です。初体験。5分ほどでしょうか、快適でした。終わると、カットの椅子へと案内してくれます。若い理容師さんが、二種類の電動バリカンを使って、手際よくカットしてくれます。もちろん、ハサミも使いますが、時間は5分ほどでした。それで完了。できばえは、それなり。受付で1080円を支払って店を出ました。
お店は男性、女性、あわせて20人以上は同時にシャンプー&カットをしてもられるほど広く、ゆったりです。私の頭ですから、充分かなと思ったのでした。
かつて幼稚園のホールとして使われていた教会1階集会室に、眠っていたテーブルを利用してパソコン2台を置くことができる執務スペースを作ることができました。これで、教会学校コーナーと常磐幼稚園記念ボードとあわせて、ちょっとした整理・整頓が成りました。今日は、ホームセンターで必要な物を購入して、配置したものを綺麗に整えようかと思っています。
これで、秋からになると思いますが、時々、1階ホールで執務するこことになりそうです。
今年も、もうすぐ終戦’敗戦)記念日を迎えようとしています。悲惨のはての終戦でした。
先週の土曜日はすごい雷でした。あんな雷は何年ぶりでしょうか。
それで、あるところでこんな話をしました。「すごい雷でしたね。お臍が取られたのではないかと心配になり、後でお腹をしらべたのですが、わたしのお臍はお腹の中に深く隠れていました。わたしのお臍はどんな雷がきても大丈夫だったのです。取り越し苦労、心配無用なのでした。」
やってしまいました。失笑です。ははー
が人間国宝に選ばれたというニュースが流れました。
わたしの愛する(故)小さんのお弟子です。30年ほど前、良くその落語をききました。好きな落語家のひとりです。大家となった今も「小三治」なのですね。良いなあと思います。
を浜松TOHOシネマで観てきました。平日の午後ということもあるのでしょう。お客は4,5名で、ゆったりと鑑賞できました。
なかなかの映画だと思いました。聖書のノア物語を忠実に描いているわけではありませんが、定番のラブストーリーやスペクタクルがあり、現代的なさまざまなテーマが織り込まれているので、誰が観ても良い映画かと思います。
ただ、聖書を読んだことのない人には、分かりにくいところが多々あるかと思いました。たとえば、ノアに至る系図や、その家族のこと、聖書のストーリーが大胆に脚色されていること、また、ノア物語を超えて聖書のさまざまなシーンを連想させるところや、さりげない神学的な表現などです。
そして、主人公ノアが、義と愛の狭間で葛藤するのですが、現代という時代の苦悩に触れつつ、他方で、ノアの苦悩を通して「後悔し、心を痛められた」神の心境に迫ろうとしているということには、残念ですが、気づく人は少ないと思います。
札幌にきています。昨夜はジンギスカンを食べに「だるま」にいって来ました。Y牧師Aさんと三人。相変わらず混んでいて、待つために並びました。9皿でした、定番のお茶漬けも。
ちょっと食べ過ぎたかな。
という、時代を感じさせる名前のカメラ・写真店が伝馬町交差点の近くにあります。
1ヶ月ほど前の土曜日に前を通ったら、店が閉まっており、「撮影会」のためお休みしますとの貼り紙がはられていたので気になっていたのです。今日の夕方、その撮影会の話を訊こうと中に入ると、私とほんの少し体型が似ておられるご婦人が対応してくださいました。
どうも、その撮影会は世紀堂さんが下支えしている写真塾の行事だったようです。浜松の名士(お医者さんが多いようです)が塾という名のサークルを作っており、切磋琢磨しながら作品作りに励んでおられるようです。広く参加を呼びかけているというのではなく、気の合う方々のクローズド・ソサエティーのようです。
作品のレベルは高いようです。塾のメンバーはコンテストに応募して賞を得て、写真展も開催し、写真集も出しておられます。お仲間に入れていただくのは難しそうですが、まったく繋がりがないわけでもなさそうなので、気長に期待して待つことにします。
イオンを中心としたモールがいくつかあり。そのうちの2つは大きなモールです。入野と市野です。ことに市野はその周囲に大きな遊技場、温泉、ゴルフ練習場などもあり、広大なショッピングエリアとなっています。便利だなと思います。
浜松ではイオンが目立ちますし、充実していますが、他にも小規模モールがいくつかあるようです。昨日はアピタを中心としたモールに行ってきました。初めて行きました。浜北というところにあり、車で30分ほどかかりますが、近くの教会の牧師さんが、イオン以外のモールがそばにあって充実していると教えてくれたので、それではと出かけてみたのでした。
ショッピング・モールはどこも似たような感じがしますが、そこは全国的によく知られたブランド店は少なく、身近な感じがして私には馴染みやすいことでした。遠いので、めったに行くことはないと思いますが、好印象を持ちました。
それにしても、郊外にいくつもショッピング・モールが建っているのですから浜松駅周辺の昔からのショッピンブ街が寂しくなり、かつて栄えたデパートが姿を消すというのはしかたがないのでしょう。私としては、駅近くに住んでいるので、賑やかさを取り戻して欲しいなあと思うのです。
引っ越してから1ヶ月後の5月初めに、やっと、引っ越しのお知らせハガキを知人にお送りすることができました。カットは娘が描きました。
娘はそのつもりで描いたのではありませんが、これを見て、猫は妻で、子豚が私のことだと思った方々が多くおられたようです。それは勘違いです。でも、的を射ています。
「重荷をしょってご夫妻で駆けている転居通知ありがとうございました。」と仰ってくださった方がおられました。重荷をしょって、と言われると、どこか、穴があったら入りたくなります。でも、人は誰も重荷を負っていますから、そうだ、とも言えましょう。娘の絵の良いところは、しょっていたり、背負っているものの重さを感じさせないということでしょうか。軽快にスキップしています。
東京から浜松へ。わたしたちには寂寥感も、気負いもありません。もちろん、東京で親しくしてくださった皆さんと別れるのですから寂しさはあります。そして、新しい任地に赴任するのですから新たな召命と受け止めています。でも、今までも愉快で楽しかったように、これからも、喜んで感謝しつつ歩んで行きたいと思っています。そんなことを感じ取っていただければ幸いです。
子豚は私ではありません。くれぐれも勘違いしないでください。たとえ的を射ていても。
婦人研修会の一日目が終わり、帰宅すると、庭に猫さんがきているではありませんか。
このところ野良さんを見かけるようになりました。4月5月と猫を見かけなかったので、浜松には猫がいないのでは、と思ってしまっていたのですが、分かりました。野良さんたは、得たいの知れないよそ者を警戒して、遠巻きに見ていたのです。たぶん。
そうすると、やっと私たちは野良さんに受け入れてもらえたということでしょうか。
浜名湖ロイヤルホテルで行われました。360名近くの参加でした。講師は金城学院の深井智明教授。わかりやすく、興味深い講演でした。
深井氏は20世紀初頭のヨーロッパ神学を専門とする神学者で、哲学の分野でも注目されています。20世紀神学といえばK.バルトですが、氏の専門はバルト以前のヨーロッパ神学、正確には19世紀から20世紀にかけてということです。その時代の神学はK.バルトによっておおいに批判され、その影響を受けた私たちの世代は関心の薄い分野でしたが、最近、見直されてきているようです。キリスト教の弁証という観点から、私も学んでみようかと思い始めています。
深井氏の講演は、その専門分野の難しい話は一言も出ませんでした。キリスト教の救いの教えを新約聖書のコロサイの信徒への手紙を手がかりに、「和解」と「新しい人」という表現で、わかりやすく、興味深く話されたのですが、その中に溶け込んでいたのでしょう。好感を持ちました。
婦人研修会は私のような男性牧師にとっては、気楽に参加できて有り難い会です。懐かしい方々にもお会いしました。大阪時代に牧師有志による勉強会を盛んにしましたが、家族ぐるみでの交流もありました。北信のK牧師夫妻はそのお仲間でした。互いに年齢を重ねましたが、若い頃の交わりと学びが、今日にいたるまでの肥やしになっているなあ、と改めて思いました。
その他、18年ぶりにお会いできた方々が多くおられました。お元気な姿に、嬉しくなったことでした。
若いころから夜型だったのですが、浜松に来て朝型になりました。夜は目がしょぼしょぼ、頭も働かなくなったので、朝早く起きるようにしたからです。歳をとったということでしょうか。
やはり、いました。家内が猫を見かけたようです。2ヶ月ぶりの野良さんです。夜、二匹の立派な野良さんが牧師館前の道を、肩で風を切って歩いておられたようです。
その話を聞いた翌日、わたしはその近くでネズミを見ました。浜松で初めてのご対面でした。ネズミのいるところに猫ありです。
詩編を学ぶ機会をあたえられています。学ぶと言っても、テキストを読み、代表的な注解書をいくつか読んで、一編ごとに短く緒論的なこと、語彙、黙想を書き留めてみるという程度のことです。
今週は詩編121編。多くの人に愛されている詩編です。そして、別所梅之助先生の讃美歌「山辺にむかいて我、目をあぐ」もまた親しまれています。
「都に上る歌」歌集の2番目の詩編なので、エルサレムへと向かう巡礼がこの歌の背景になっていると読むのが素直だと思われます。新共同訳聖書の翻訳はこの立場を採用しているようです。もちろん、違う読み方もあります。エルサレムから帰郷する時の歌であろうとか、必ずしも巡礼に限定しなくてもよくて、人が長い旅に出る時の歌なのではないか、といった解釈です。どの考察も興味深く、味わい深いものがあります。
別所先生の「山辺」は、いかにも日本的な読みですが、自然の豊かさと、その自然を創造された神さまが、わたしたちのいかなる歩みにも伴っていてくださる、その幸いが歌われています。その感性、大切にしたいと思います。
牧師館に光が導入されてネット環境が整いました。有り難いことです。
それまでタブレットからのテザリングでインターネットに繋げていたのですが、いろいろと不便があり、画像などの取り扱いを最小限に控えていましたが、余計な心配をしないですむようになりました。
教会のネット環境が課題ですが、こちらは、毎日のことではないのでテザリングで対応することになります。
simフリーのタブレットは進歩しました。わたしの持っているタブレットでは、ipadmini と Nexus7 がLTEをつかみます。simはiijmioの格安なものを使っています。LTEでは月1G、低速の200kb通信も意外と役に立ちます。たぶん、この会社の通信システムが優秀なのだと思います。
さて、ネット環境が整ったのですが、困ったことが・・・東京で愛用していたHDが動かないのです。大切なデータが使えないのです。頭を悩ませています。3年ほど前から、HDの故障で何度か苦い経験をしましたが、今回は事情が少し違うようです。専門家にみてもらうことになるでしょう。
牧師館のエアコン設置工事が終わりました。これで夏を迎えても、暑がりの太っちょ牧師もやっていけます。
それにしても、今日は蒸し暑い一日でした。書棚を移動したら汗びっしょり、夜、部屋の中でじっとしていてもじわった汗ばんできます。熱が逃げにくいようです。部屋だけではなくて、私の体もです。
扇風機でもまわすことにしよう。
教会のホームページができます。その中に、仮称ですが「新・浜松紀行」(牧師のぶらり街歩き)というコーナーを組み入れたいなと思っています。浜松の事物を紹介します。
浜松の人に見てもらうのが目当てです。牧師が街のことに関心を持っているということを知ってもらい、紹介する事物と関係のある人と結びつきが生まれたらいいな、と思っておりまする。
適切で楽しいということがポイントでしょうか。
政治問題や社会問題にはなるべく触れないつもりです。それよりも、ごく日常の風景の中に何かを感じられるようなものにしたいと考えています。教会員の方々に、身近にある「浜松」を教えていただいて、記事のソースを得たいです。もちろん、わたしも歩きます。
うん?痩せるかな。
写真は花博2014の会場で撮ったものです。色あざやかで、日の光に照らされて輝いていました。
浜松に越してきて一ヶ月半が過ぎました。不思議だなと思うことがいくつかありますが、その一つです。浜松には猫(野良さん)はいないのでしょうか。
浜松交響楽団の定期演奏会がアクトシティー大ホールで行われ、フォーレのレクイエムをご厚意で聴くことができました。恵まれた日曜日の午後でした。
指揮は若い方。バリトンのソリストは地元と関係の深い方のようでした。女性のソリストの方も良い声でした。そして、浜松合唱団を中心とした合唱も良かったです。合唱でテナーの初老の方が、ほとんど楽譜を見ないで歌っておられました。驚きでした。
私は浜松祭りのラッパしか知らなかったので、この町の音楽文化について見方を変えさせていただきました。幼い時から金管楽器に親しんできたので、気になっていたのです。そういえば、浜松交響楽団はほんの少し金管楽器、ことにホルンが苦労しておられたかと思います。難しい楽器です。ピアノ、あるいはピアニッシモで音を響かせるのは至難の業です。
レクイエムの他に2曲の演奏があり、最後は東日本大震災の復興を願って、花が咲くが演奏されました。