ストレスSOSサイン

ある臨床心理士の先生による講演をうかがいました。その中で自分のSOSサインを知るということが大切だというお話がありました。サインは体、心、行動に現れるようですが、行動によるサインは分かりにくいようです。

講師の先生は転倒がサインだそうです。しかも、ダイビングするように転ぶというのです。お聞きしながら笑ってしまったのですが、そういうケースもあるようです。自分の場合は考えてみるのですが思い当たりません。きっとサインはあるのでしょうが、自覚できないでいるのでしょう。

それを友人に話したら、はっきりしているんじゃないか、と言われてしまいました。しかし、ストレスと関係なくよく食べるのですが・・・

合鍵が

小さな鍵の予備が欲しくて奔走しました。古い鍵なので最初の2軒はあっさりと「できません」と断られてしまいました。これは難しそうだなと思いつつ、イオン浜松西にある店に行ってみると、若い店員さんでしたが、執拗に調べてくれて、とうとう、在庫のある問屋を見つけてくれたのでした。有り難いことでした。

靴や鞄も修理しているようなので、必要なときはそこに行くことに決めました。嬉しかったので、ついつい書き込んでしまいました。

白馬岩岳

先週のことです。数年ぶりに白馬に行ってみました。岩岳の花は寂しかったですが、標高1500m、やっぱり涼しいですね。遅咲きで、これから咲こうとしている蕾にトンボがとまっていました。もう、山は秋なのでしょう。

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ちょこっと佐鳴湖に

散髪の帰りに立ち寄ってみました。浜松の郊外にこの小さな湖があります。日本で有数の・・・・で有名ですが、周囲が公園になっていて市民の憩いの場となっているようです。数枚写真を撮りました。後日、こんどは時間をかけて、廻ってみたいと思っています。

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1000円散髪・豊川、豊橋、浜松版

東京にいたときに有楽町駅や羽田空港ターミナルなどで時々、1000円散髪を利用したことがありました。店に入ると自動販売機でチケットを購入します。千円札しか使えません。店は狭く、同時に3,4人しか散髪してもらえないので、たいがい20分ほど待たされます。そして10分間の調髪です。カットだけですが、時間の無いときや、出先で簡単に済ませたいときには便利です。

さて、浜松に来て同様な散髪店があることを知り、今回は、JUNC志戸呂店に入ってみました。JUNCは豊川発祥で、豊橋、浜松に店舗を拡げているようです。

東京とは違っていました。シャンプー&カットなのです。まず、店に入ると受付があります。名前を書くと、シャンプーへと案内してくれます。機械です。初体験。5分ほどでしょうか、快適でした。終わると、カットの椅子へと案内してくれます。若い理容師さんが、二種類の電動バリカンを使って、手際よくカットしてくれます。もちろん、ハサミも使いますが、時間は5分ほどでした。それで完了。できばえは、それなり。受付で1080円を支払って店を出ました。

お店は男性、女性、あわせて20人以上は同時にシャンプー&カットをしてもられるほど広く、ゆったりです。私の頭ですから、充分かなと思ったのでした。

 

ピアノの移動で

かつて幼稚園のホールとして使われていた教会1階集会室に、眠っていたテーブルを利用してパソコン2台を置くことができる執務スペースを作ることができました。これで、教会学校コーナーと常磐幼稚園記念ボードとあわせて、ちょっとした整理・整頓が成りました。今日は、ホームセンターで必要な物を購入して、配置したものを綺麗に整えようかと思っています。

これで、秋からになると思いますが、時々、1階ホールで執務するこことになりそうです。

ほろ酔い祭り「浜松バル」

8月5,6,7日の三日間行われています。地域振興の祭りで、今年で9回目になるようです。2500円のチケットを購入すると、加盟店の中から3店で、それぞれのお店が提供する「ほろ酔いセット」を楽しむことができます。

私は、お仲間に連れられて、鴨料理の「鳥浜」、割烹の「みその」、日本料理の「日の出」に入りました。それぞれ、けっこうなセットでしたが、「日の出」のフグの薄造りが気に入りました。

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またしても、失笑

先週の土曜日はすごい雷でした。あんな雷は何年ぶりでしょうか。

それで、あるところでこんな話をしました。「すごい雷でしたね。お臍が取られたのではないかと心配になり、後でお腹をしらべたのですが、わたしのお臍はお腹の中に深く隠れていました。わたしのお臍はどんな雷がきても大丈夫だったのです。取り越し苦労、心配無用なのでした。」

やってしまいました。失笑です。ははー

 

柳家小三治

が人間国宝に選ばれたというニュースが流れました。

わたしの愛する(故)小さんのお弟子です。30年ほど前、良くその落語をききました。好きな落語家のひとりです。大家となった今も「小三治」なのですね。良いなあと思います。

モーツァルトと写真

良い写真を撮るためには演歌ではなくモーツァルトでないとダメだというお話しを聞きました。奥の深い話です。

そこで思い出したのは、20世紀最大の神学者K.バルトのモーツァルト論です。モーツァルト生誕200年を記念して1956年にチューリッヒのツオリコン社からKarl Barth:Wolfgang Amadeus Mozart 1756-1956を公にしています。モーツァルトがカトリック教会で育ち、その感化のもとにあったのですが、すなわち、バルトの神学とは方向の違う宗教性を身につけていたのですが、バルトはその音楽をこよなく愛する人であったのでした。それで、出版社から請われてモーツァルトのこと、そして、その音楽への愛を綴ったのでした。

邦訳が小塩節さんによってなされ、新教出版社から「バルト著 モーツァルト」(1957年)として出版されています。

バルトはこう記しています。「その音楽は、ことすべて明らかなるかのいと高きところより来たる。人の世の両面、そしてまた歓喜と苦悩、善悪、生死が共にありのままに、しかしその制限をうけたままの姿で、この高みからは洞察されている。」

また、「モーツァルトの大きく自由な、物に即した即物性(ザッハリヒカイト)とでも呼びたい(態度)」について語っています。ザッハリヒカイトという言葉が印象深いのですが、「生活上の大小の経験(=物)とはまったく無縁に(→しかし、即して)、繰り返し、かわることなく彼の生きている音のコスモスの一片をして、形あらしめようと(ザッハリヒカイト)」しているというのです。そして、そこから生まれるものは、「昔も今も変わりなく、自分一人の主観という蝸牛の殻から、さあ何とかして、少しでもいいから出てこい、といつもそういう聴衆への招きの声であって、今日までその招きに変わりはないのである。」

 

サーヴァント・リーダーシップ

この言葉を最初に聞いたのは、元資生堂社長の故池田氏からでした。当時、会社の経営方針として掲げておられたのでした。なんとなく分かった気分になっていましたが、後に、韓国の教会で同じ言葉で教会リーダーシップ論が取り上げられていることを知りました。

アメリカの教会が発祥のようですが、韓国ではセムナン教会(韓国における最初の教会で、社会の近代化をリードしてきた教会)のような歴史と伝統のある教会でも、盛んに取り入れているようです。

このたび、韓国監理教会(メソジスト教会)の協栄大学で神学を講じておられる先生のサーヴァント・リーダーシップ論が日本語に翻訳され、世に出る準備がなされています。本格的な書物のようですから、ぜひ、読んでみたいと思っています。

静岡説教塾

4年前に始まったそうです。静岡県の東海道線沿線の40代の牧師たちが中心のようです。

説教塾は25年ぐらいの歴史がありますが、わたしはその初期の時代のメンバーでした。30代後半から40代半ば頃のことです。昨日、中遠教会で静岡説教塾があるというので、出席しました。熱心な会でした。その情熱にふれて、嬉しく満足しました。

振り返ってみると40代のころが一番頭が働いていたようにおもいます。今は、バーベキューの墨で言うなら、燃え尽きる前の残りかすのようなものです。経験という燃えかすが、残り火をあつく覆ってしまっています。精神的には安定していますが・・・・

 

 

ノア約束の舟

を浜松TOHOシネマで観てきました。平日の午後ということもあるのでしょう。お客は4,5名で、ゆったりと鑑賞できました。

なかなかの映画だと思いました。聖書のノア物語を忠実に描いているわけではありませんが、定番のラブストーリーやスペクタクルがあり、現代的なさまざまなテーマが織り込まれているので、誰が観ても良い映画かと思います。

ただ、聖書を読んだことのない人には、分かりにくいところが多々あるかと思いました。たとえば、ノアに至る系図や、その家族のこと、聖書のストーリーが大胆に脚色されていること、また、ノア物語を超えて聖書のさまざまなシーンを連想させるところや、さりげない神学的な表現などです。

そして、主人公ノアが、義と愛の狭間で葛藤するのですが、現代という時代の苦悩に触れつつ、他方で、ノアの苦悩を通して「後悔し、心を痛められた」神の心境に迫ろうとしているということには、残念ですが、気づく人は少ないと思います。

藻岩山山頂レストラン

札幌に行ったついでに、札幌在住の友人夫妻と夜、藻岩山山頂レストランでディナーを食べました。

夕陽をながめ、夜景を楽しむ、というのがそのレストランの売りですが、私たちの訪れた時間は7時30分だったので夜景だけでした。料理はそこそこ美味しく、夜景は素晴らしかったです。

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自主規制

という言葉が適切かどうか分かりませんが、信教の自由をめぐる講演を聞きました。

ちょうどオウム真理教による松本サリン事件から20年。今になっては周知のことですが、事件当時、警察はオウム真理教に対しては疑いをもつことなく、捜査・取り締まりにいたらないで、その後の地下鉄サリン事件を許してしまうことになりました。このように宗教団体による反社会的行為を許してしまった背景には、憲法で保障されている信教の自由に基づいてなされる宗教法人に対する行政の対応に難しさがあるようです。それで、悪用されたり、オウム真理教の場合のように隠れ蓑となりかねないのです。

講師は講演の中で、宗教法人に対して行政が上から監督したり、信教の自由についてなんらかの規制が伴うような解釈を示すということは不適切で、不可能であるとした上で、宗教団体が下から社会的に規範となり、信仰の自由の適用をより適切なものとするための解釈作業をすべきではないかということを話されたのでした。

すなわち、信教の自由のもと、公益性を認められて宗教法人として優遇処置を受けている宗教団体が、それに相応しい宗教性とはどのようなものなのかを、それぞれが良く認識し、互いに確認し、社会に規範をしめしていく、そのような努力をしていかなければならないのではないかという問いかけをなさったのでした。

これはもっともなことだと思った次第です。宗教には良き宗教と悪しき宗教とがあります。良き宗教とは何か、その指標は何か、宗教者自身でその議論を深めていく必要がありましょう。

 

だるま

札幌にきています。昨夜はジンギスカンを食べに「だるま」にいって来ました。Y牧師Aさんと三人。相変わらず混んでいて、待つために並びました。9皿でした、定番のお茶漬けも。

ちょっと食べ過ぎたかな。

 

奥山線路跡/亀山トンネルから広沢まで

かつて(1914年~1964年まで)、浜松―奥山間を軽便鉄道が走っていたそうです。奥山(浜名湖の奥)から薪や木材を運び、人々の足となっていました。単線でレール幅は76センチと狭く、小さな機関車に引かれて走っていました。機関車にはらっきょうのような形をした煙突がついており「らっきょう軽便」とも呼ばれて親しまれたようです。

ホテル・コンコルドが建っているあたり、元城からは登り坂で軽便にとって一番の難所でした。「乗客みんなで押したり、下まで戻って勢いをつけたりと、愛らしいエピソードも」(『中区魅力の100さんぽ』より)。その難所は、今、煉瓦つくりの亀山トンネルを起点に線路跡が整備されて。広沢トンネルの先まで遊歩道となっています。今日は、そこを歩こうと出かけてみました。

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世紀堂

という、時代を感じさせる名前のカメラ・写真店が伝馬町交差点の近くにあります。

1ヶ月ほど前の土曜日に前を通ったら、店が閉まっており、「撮影会」のためお休みしますとの貼り紙がはられていたので気になっていたのです。今日の夕方、その撮影会の話を訊こうと中に入ると、私とほんの少し体型が似ておられるご婦人が対応してくださいました。

どうも、その撮影会は世紀堂さんが下支えしている写真塾の行事だったようです。浜松の名士(お医者さんが多いようです)が塾という名のサークルを作っており、切磋琢磨しながら作品作りに励んでおられるようです。広く参加を呼びかけているというのではなく、気の合う方々のクローズド・ソサエティーのようです。

作品のレベルは高いようです。塾のメンバーはコンテストに応募して賞を得て、写真展も開催し、写真集も出しておられます。お仲間に入れていただくのは難しそうですが、まったく繋がりがないわけでもなさそうなので、気長に期待して待つことにします。

オルガン坂

という名の坂が浜松にある。浜松駅から少し西に行ったところです。

その名は、明治20年、日本で最初に「山葉風琴製造所」(現在のヤマハ)によってオルガンの製造が始められたことに由来するらしい。小高い山で、かつては稲葉山(いなんばやま)と呼ばれ、東海道の松並木や遠州灘をながめることができたといいます。

今は、堂々とした坂道で、立派なホテルや高級マンション、高そうなステーキハウス、そして、昔ながらの呉服店などが、ゆったりと建っています。その周辺とは趣が異なっています。

今日は、そのオルガン坂を歩いてきました。

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浜松のショッピング・モール

イオンを中心としたモールがいくつかあり。そのうちの2つは大きなモールです。入野と市野です。ことに市野はその周囲に大きな遊技場、温泉、ゴルフ練習場などもあり、広大なショッピングエリアとなっています。便利だなと思います。

浜松ではイオンが目立ちますし、充実していますが、他にも小規模モールがいくつかあるようです。昨日はアピタを中心としたモールに行ってきました。初めて行きました。浜北というところにあり、車で30分ほどかかりますが、近くの教会の牧師さんが、イオン以外のモールがそばにあって充実していると教えてくれたので、それではと出かけてみたのでした。

ショッピング・モールはどこも似たような感じがしますが、そこは全国的によく知られたブランド店は少なく、身近な感じがして私には馴染みやすいことでした。遠いので、めったに行くことはないと思いますが、好印象を持ちました。

それにしても、郊外にいくつもショッピング・モールが建っているのですから浜松駅周辺の昔からのショッピンブ街が寂しくなり、かつて栄えたデパートが姿を消すというのはしかたがないのでしょう。私としては、駅近くに住んでいるので、賑やかさを取り戻して欲しいなあと思うのです。

東京で久しぶだったこと

日本、韓国、台湾の教会による協議会が東京でありました。責任の一端を担っているので3泊4日で行ってきました(まだ協議会は続いていますが、日曜日の礼拝がありますから途中で失礼して浜松に帰ってきました)。

協議会のことはさておき、東京で久しぶりに見聞きしたことがあるので、書き留めておきたいと思います。

1, 「地下鉄・中野富士見町駅」に30年ぶりに降りました。その近くに10代後半から20代後半にかけて住んでいたので、懐かしかったです。

2,「すしざんまい」でランチを食べました。Bにぎり980円。まぐろ系でまとめたランチです。懐かしい味でした。

3,たくさんの人を見、たくさんの人とすれ違いました。やっぱり人が多いですね。

4,タクシーに乗りました。(浜松ではまだ乗る機会がありませんし、乗る必要もありません。)

5,銀座で食事をしました。魚料理のコース、値段は内諸です。銀座らしい少しオシャレな店でした。(浜松ではまだオシャレな店で食事をしていません。)

6,I牧師にお会いしました。80歳近くになられるのに、早く辞めすぎたと仰っておられました。私は牧師ができるのはせいぜい70歳代前半までだろうと思っているので、驚きです。

7,台湾のS牧師に会いました。相変わらず、元気で明るい。亡くなったお父さん先生は、台湾で初めてお会いしたときに、私を「お相撲さん」と言って歓迎してくださったのですが、その血筋をひいています。今回は奥さまにもお会いすることができました。

8,台湾のR牧師にお会いしました。先月、新会堂を献堂されたそうです。10階建ての大きな教会です。今回は、土曜日に一旦帰国し、月曜日にご近所の100名のご老人方と一緒に再来日されるとか。いつものように、飛行機をチャーターして、日本観光です。台北の下町でユニークな伝道を続けてこられた先生です。

9,韓国のK長老(女性)にお会いしました。80歳を過ぎてもお元気で、日本の教育に関心がおありで、教会で青年たちの指導をなさっておられます。

10,韓国のS牧師にお会いしました。東京神学大学に留学の経験がおありで、大きな教会の牧師を最後に隠退なさいましたが、老人ホームの理事長として、まだまだ、頑張っておられます。かつてより、ほんの少し、弱っておられます。

おまけに、もう一つ。久しぶりといのではないのですが・・・初めてお会いした韓国のZ姉妹は、なんと東海教区議長の奥さま、金牧師のお母様でした。娘には内緒で来日されたとか。金牧師よりも優しいお人柄とお見受けしました。内諸です。

勘違い、でも、的を射てる

引っ越してから1ヶ月後の5月初めに、やっと、引っ越しのお知らせハガキを知人にお送りすることができました。カットは娘が描きました。

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娘はそのつもりで描いたのではありませんが、これを見て、猫は妻で、子豚が私のことだと思った方々が多くおられたようです。それは勘違いです。でも、的を射ています。

「重荷をしょってご夫妻で駆けている転居通知ありがとうございました。」と仰ってくださった方がおられました。重荷をしょって、と言われると、どこか、穴があったら入りたくなります。でも、人は誰も重荷を負っていますから、そうだ、とも言えましょう。娘の絵の良いところは、しょっていたり、背負っているものの重さを感じさせないということでしょうか。軽快にスキップしています。

東京から浜松へ。わたしたちには寂寥感も、気負いもありません。もちろん、東京で親しくしてくださった皆さんと別れるのですから寂しさはあります。そして、新しい任地に赴任するのですから新たな召命と受け止めています。でも、今までも愉快で楽しかったように、これからも、喜んで感謝しつつ歩んで行きたいと思っています。そんなことを感じ取っていただければ幸いです。

子豚は私ではありません。くれぐれも勘違いしないでください。たとえ的を射ていても。

 

 

庭に猫(野良さん)が

婦人研修会の一日目が終わり、帰宅すると、庭に猫さんがきているではありませんか。

このところ野良さんを見かけるようになりました。4月5月と猫を見かけなかったので、浜松には猫がいないのでは、と思ってしまっていたのですが、分かりました。野良さんたは、得たいの知れないよそ者を警戒して、遠巻きに見ていたのです。たぶん。

そうすると、やっと私たちは野良さんに受け入れてもらえたということでしょうか。

教区婦人研修会

浜名湖ロイヤルホテルで行われました。360名近くの参加でした。講師は金城学院の深井智明教授。わかりやすく、興味深い講演でした。

深井氏は20世紀初頭のヨーロッパ神学を専門とする神学者で、哲学の分野でも注目されています。20世紀神学といえばK.バルトですが、氏の専門はバルト以前のヨーロッパ神学、正確には19世紀から20世紀にかけてということです。その時代の神学はK.バルトによっておおいに批判され、その影響を受けた私たちの世代は関心の薄い分野でしたが、最近、見直されてきているようです。キリスト教の弁証という観点から、私も学んでみようかと思い始めています。

深井氏の講演は、その専門分野の難しい話は一言も出ませんでした。キリスト教の救いの教えを新約聖書のコロサイの信徒への手紙を手がかりに、「和解」と「新しい人」という表現で、わかりやすく、興味深く話されたのですが、その中に溶け込んでいたのでしょう。好感を持ちました。

婦人研修会は私のような男性牧師にとっては、気楽に参加できて有り難い会です。懐かしい方々にもお会いしました。大阪時代に牧師有志による勉強会を盛んにしましたが、家族ぐるみでの交流もありました。北信のK牧師夫妻はそのお仲間でした。互いに年齢を重ねましたが、若い頃の交わりと学びが、今日にいたるまでの肥やしになっているなあ、と改めて思いました。

その他、18年ぶりにお会いできた方々が多くおられました。お元気な姿に、嬉しくなったことでした。

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夜型から朝方へ

若いころから夜型だったのですが、浜松に来て朝型になりました。夜は目がしょぼしょぼ、頭も働かなくなったので、朝早く起きるようにしたからです。歳をとったということでしょうか。

 

猫(野良さん)が・・・・

やはり、いました。家内が猫を見かけたようです。2ヶ月ぶりの野良さんです。夜、二匹の立派な野良さんが牧師館前の道を、肩で風を切って歩いておられたようです。

その話を聞いた翌日、わたしはその近くでネズミを見ました。浜松で初めてのご対面でした。ネズミのいるところに猫ありです。

 

 

詩編の学び

詩編を学ぶ機会をあたえられています。学ぶと言っても、テキストを読み、代表的な注解書をいくつか読んで、一編ごとに短く緒論的なこと、語彙、黙想を書き留めてみるという程度のことです。

今週は詩編121編。多くの人に愛されている詩編です。そして、別所梅之助先生の讃美歌「山辺にむかいて我、目をあぐ」もまた親しまれています。

「都に上る歌」歌集の2番目の詩編なので、エルサレムへと向かう巡礼がこの歌の背景になっていると読むのが素直だと思われます。新共同訳聖書の翻訳はこの立場を採用しているようです。もちろん、違う読み方もあります。エルサレムから帰郷する時の歌であろうとか、必ずしも巡礼に限定しなくてもよくて、人が長い旅に出る時の歌なのではないか、といった解釈です。どの考察も興味深く、味わい深いものがあります。

別所先生の「山辺」は、いかにも日本的な読みですが、自然の豊かさと、その自然を創造された神さまが、わたしたちのいかなる歩みにも伴っていてくださる、その幸いが歌われています。その感性、大切にしたいと思います。