大いに同感したこと

友人が誕生日なので、「おめでとう」と伝えたら、「お互いこれいいじょう痩せないようにしよう」と返信が。うん、そうだそうだと大いに同感しました。

思い出した

何年前だっただろうか。10数年は経ったと思います。クリスマス主日礼拝、イブ讃美礼拝、降誕後第一主日礼拝を縫うように挟んで葬儀が4つ続いたことがありました。

クリスマスの諸集会と3つめの葬儀もすみ、葬場でこれで最後だと火葬の終わるのを待っていたとき、O姉が召されたとの知らせを受けたその時のことを思い出しました。忘れることができません。力尽きる寸前、これでやっと一息つける、その矢先のこと。正直、もう勘弁してくださいと心の中で呟きました。

よくやったものだと思います。私もそうだけれども、委員長のK姉をはじめ教会の慶弔委員の方々、そして、家内もです。

なぜ思い出したかと言うと、今年は24日の燭火讃美礼拝に引き続き、25日に葬儀を行うこととなったからです。いま、その準備中です。息抜きに、この投稿を書いています。

ケーキとシュトーレン

今日は子どもたちとのクリスマス会でした。予定より参加者が多くなり、嬉しいことでしたが、用意していたケーキが足りず、大人は、シュトーレンをいただきました。

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嘆いてはいるが

寒い寒いと嘆いてはいるが、あと何回冬を越せるのだろうかと考えると、愛おしくなります。そうだ、温かい、美味しいものを食べて太ることにしよう。

土に一体化するイエス

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有名な?ヨース・ファン・クレーフェ(1485ー1540年)の『降誕』、ウィーン美術史美術館所蔵です。土の上に産み落とされたイエスがその周囲に光を放っている。

天につける者でありながら、大地という低いところに自らを落とし、土(アダマー)から造られた人間(アダム)と同じ姿になられたと告げています。

小羊学園マルカートでのクリスマス

知的障害者の通所施設です。クリスマス会がありました。わたしは礼拝で三人の博士のお話をしました。小羊学園本体とはちがって障害が比較的小さい方々が多くおられます。お話しが分かったかどうか分かりませんが、静かに聞いてくださいました。

礼拝が終わると、楽しいプログラムが用意されていて、施設利用者の方々はリラックスして楽しそうでした。三人の女性サンタさんは魅惑倶楽部(エキゾチッククラブ)の皆さんです。楽しいアクションソングを歌ってくれました。

場所は南区役所の横です。周囲は津波の心配からでしょうか、閑散としています。施設はその津波の避難場所として作られたビルの中にあります。

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浜響第77回定期演奏会

今日、午後2時からアクトシティー大ホールで行われました。

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ピアノのケマル・ゲキチさんという方はクロアチアご出身で、リストの第一人者として不動の地位を築いた方のようです。ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番二短調作品30を演奏されました。なかなかの演奏でした。これぞピアノフォルテと呼ばれる楽器だと思わされました。圧巻でした。

浜響はいずれも難しい曲に挑戦されました。最初にグリンカの歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲、次に上記のラフマニノフ、最後がチャイコフスキーの交響曲第4番ヘ短調作品36です。よく演奏されたと思います。

指揮者の柴田真郁(マイク)さんは、わたしは初めてでした。まだ30歳代の新進気鋭の方です。美男子で、どうも、東京から追っかけの方々がたくさん来ておられたようです。

日曜日の午後に、このような演奏を聴くことができて、有り難かったです。感謝、感謝。

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まったく音の出ないサイレントモードで、かつ、液晶に何も表示されない設定で、私の胸のあたりでファインダーも覗かずに撮りました。ちなみに、カメラはNikon1 V2です。

多弁になれるとき、寡黙になるとき

趣味が下手な写真なので、いくつかカメラを持っています。みな愛機です。それぞれのカメラについて良いところ、改善してほしいところ、特徴や使い勝手の感想など、頭の中にいっぱい溜まっています。話せといえば、いくらでも話すことが出来るはずですが・・・・・・そうはいかないというお話しです。

他人様の前で、多弁になれるのは、安価でごく一般的なカメラについてです。ちょっと偉そうに、なんの躊躇もなく言葉数多く語ってしまうかもしれません。しかし、語ることができないケースがあります。寡黙にならざるを得ない場合です。それは、セミプロ用で、もしかしたらプロも使うかもしれない、ちょっと高価なカメラの場合です。

私の腕が寡黙にさせます。

ネットで落語が聴ける

すごいですねインターネットは。落語を聴くことができます。動画でアップされている最近の方から、白黒写真しか残っていない昔の大御所までです。

30歳前後の頃ですが、寄席などに落語を聴きにいくだけではなくて、テープに録音された噺をよく聴きました。つい、最近までテープコレクションを保持していたのですが、ずいぶん古くなってしまったこともあり、引っ越しをきっかけに処分しました。

しかし、有り難いことにネットで聴くことができます。その数は、かつての私のテープコレクションを上回ります。近くに寄席がありませんから、有り難いことです。

代表的なサイトです。

ちょっと苦痛なクリスマス

クリスマスが苦痛なのではありません。いや、ちょっと待ってください、食べ過ぎてしまうので苦痛を感じることがありますね・・・でも、クリスマスが嫌なのではなく、嬉しい季節ですが、

私にとって苦痛を感じることが、実は、あるのです。それは、毎年毎年、クリスマスの説教を準備しなければならないということです。少なくとも毎年4,5回、多いときには10回ぐらいするときもあります。それを何年続けてきたでしょう。28歳のときからですから、36年になります。

説教の準備が辛いと感じるのは、事柄が大きすぎてその大きさに圧倒されるだけで、わたしのどんな言葉も貧しいからです。

いつの日か、説教の準備をしなくても良くなる時がくるのでしょうが、それまでクリスマスを苦痛を感じながら大いに喜んで過ごすことになります。

正直に書きすぎたでしょうか・・・・・

寒さに耐えています

17℃より低い温度に身を置いて過ごすと、体温を維持しようと体内の脂肪が燃やされて自然に痩せる、という話を家内が聞いてきて、私に勧めるのです。

それで部屋の暖房はスイッチ・オフです。今日は寒い日ですが耐えています。この調子で冬を過ごせば、軽やかな春を迎えることができるでしょう。・・・・か?

永遠と時、という深遠なテーマをオシャレに物語るファンタジー

ケンブリッジの哲学する猫

「ケンブリッジの哲学する猫」 Thomas Gray-Philosopher Cat はファンタジーで、いっとき大学の猫となったトーマス・グレイ(男性名ですが雌猫)とルーカス・ファイストというペンブルック・カレッジの教員の物語です。象徴的に取り上げられる「謎・数17の素数」をめぐって展開されています。数学的には無限、哲学的には永遠というテーマです。ユーモアがちりばめられた、でも、人生について考えさせられる作品です。「アンネの日記」の深町眞理子さんという方が翻訳されています。

猫好きな人は必読、研究者・大学関係者も笑える、競争社会に疲れている人には潤い、キャッシュ・カードのセキュリティー問題に奔走しておられる方には暇つぶし、英国好きの人には旅への夢想、牧師には脳のやわらか体操、そんな書物です。と、思います。

31歳で逝った神学徒が残した書物

福島春太郎

この小書は明治39年生まれで、31歳で召された日本基督教会の牧師・福島春太郞「贖罪論」です。父の書斎から失敬して手元においた一冊ですが、当時、関心をもたれていた英米の神学者たちの贖罪論を批判的に整理してご自分のお考えを記しています。20歳代ですよ、お書きになったのは。すごい。

贖罪論で取り上げられている英米の神学者は James Denney, J.K.Mozley, P.T.Forsyth, W.R.Dale, J.Mc.Leod Campbell, R.C.Moberlyです。著者の立っている基盤はカルヴァンです。しかし、和解論の中では聖潔(聖化)の問題に関して、英米の神学者に感化を受けておられるからでしょうか、深い敬虔に根ざした漸進的聖化論を展開しておられます。

16世紀に印刷されたドイツ語聖書

15年前にドイツのアイゼナハ郊外のヴァルトブルク城を見物に行ったおりに、土産物店で売っていた16世紀に印刷された聖書の1頁です。

そのころは、東西ドイツが統一しまだ数年、アイゼナハの町も閑散としており、お金がなかったのでしょう、もったいないことですが古い聖書を解体して一枚いくら、で売っていました。

16世紀ドイツ語聖書断片昨年、訪れたときにはもう売っていませんでした。これは教会の私の執務スペースに飾ろうかなと思っています。

Nikon 1 シリーズ

カメラの話です。1シリーズとは1インチセンサーを使用しているので名付けられたようです。コンデジよりも少し大きいという感じです。レンズ交換式ですがカメラのサイズはコンデジと余り変わらないのです。

このシリーズが発売されてから3年以上たち、カメラも進化をとげています。わたしの愛用はV2とV3です。一眼レフカメラのようにファインダー(正確にはEVFです)を覗いて撮ることもできます。V3はメカニカルな部分が充実していて、別売のグリップを取り付けると、どこか、かつてのF3を思いおこさせます。小さくても本格的と言えましょう。V2は一眼レフカメラのミニチュアというようなデザインで軽量、操作は簡易です。写りには変わりがないように、わたしの目には映ります。

で、最近、よく持ち歩いているのはV2です。一般に評判が悪いのですが、わたしにはそのデザインが可愛く感じます。

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やっと落ち着いた生活が戻ってきました

10月から11月中旬までは、忙しい日々が続きました。忙しいというのは浜松を離れて為すべきことが多かったということです。10月などは月の半分以上、外で過ごしました。そして、有り難いことにやっと通常の生活に戻りました。

忙しい日々を過ごしながらあらためて感じたことは体力が無くなってきたなあ、ということです。そして、通常にもどって感じることは牧師らしいことに取り組む喜びです。ことに、説教や聖書研究の準備に必要な時間を割くことができるのは牧師の特権かも知れません。その特権を享受することができます。

20年数年ぶりに次年度の教会学校教案のテキスト研究を依頼されて執筆することになり、取り組みはじめています。若いころ苦労しながらやっとの思いでお役を果たしました。ある意味、苦痛でもありましたが、今は喜びつつ取り組むことができています。落ち着いて取り組む環境を与えられているからだとも思います。

秋野不矩美術館

浜松市天竜区二股というところにある、この町の出身で日本画の革新をなしとげた画家・秋野不矩(ふく)を記念する美術館です。

車でちょこっと行ってみました。美術館の中は後日、ゆっくり観るとして、今回は建物だけです。ついでに、美術館の手前にあるお寺で紅葉を写真に納めました。

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金地院

浜松の北、東海道の関所があったところですが気賀という古い町があります。そこから山に少し上がったところに臨済宗の金地院という寺があります。

古い寺ですが、現在の住職のお祖父さまが再興しされました。そのお祖父さまは四国・宇和島のご出身で、宇和島のみかんの樹を移植して周囲に広めたそうです。

現在の住職は柔和で、軽快、かつお坊さんらしい風格があります。奥さまは三歩さがってご主人の後を歩くお方で、わたしの妻とは違いました。こちらは三歩先を歩きます。(これは内諸です)。

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300年前に建てられた古い金堂が残っています。修復を待っていますが莫大な費用がかかるようです。その天上です。

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ちなみに、このお寺の檀家代表は常磐幼稚園(今は閉園してありませんが教会付属です)の卒園生でした。

廬州李氏宅

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今秋、台湾に行く機会がありました。空き時間に台北からMRTに乗って廬州というところに行き李氏宅古蹟を見物しました。19世紀末から20世紀初頭に福建省から台湾に移り住んだ一族の家で、再建され公開されています。一階建てに見えますが、内部は二階構造になっています。農業で栄えた家ですね。

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収穫感謝

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もうすぐ感謝祭を迎えます。11月の第4木曜日です。17世紀のピリグリム・ファーザーズのプリマスでの出来事が起源とされています。プロテスタントの多くの教会では、これにならって11月第4日曜日を収穫感謝主日として守っているかと思います。

このカードは娘が描いてくれました。けっこう力が入っていますね。サンクス。

宿命?運命?摂理?/「旧約預言者は運命を引き受けた」

似た言葉が3つ。大辞林によると、

宿命・・・前世から定まっており,人間の力では避けることも変えることもできない運命。宿運。 「これも-と思ってあきらめよう」

運命・・・①超自然的な力に支配されて,人の上に訪れるめぐりあわせ。天命によって定められた人の運。「すべて-のしからしめるところ」「これも-とあきらめる」②今後の成り行き。将来。「主人公の-やいかに」

摂理・・・①万象を支配している理法。「自然の-」②〔providence〕キリスト教で,この世の出来事がすべて神の予見と配慮に従って起こるとされること。

となる。が、・・・・・「旧約聖書の預言者はその運命を引き受けた」という言い方があり、その場合は、自由をもって選び取った結果を意味しているという。神の召命を受けて(宿命ではなく、摂理がそこに働いていることであろうが人には分からない)、預言者にとって思いがけないその召命に対して、結果として自由な意志をもって応答するに至る、その自由の結果を運命と呼び、上記の言葉となっているようです。

今日のお勉強はここまでです。

思い出せない危ない話

今週のはじめ、車で伊豆長岡に行きました。東名沼津から伊豆縦貫道路へという予定で走っていたのですが、「もうすぐ沼津だ」という記憶はあるのですが、いつの間にか裾野インターに近づいておりハッとしました。その間の記憶がないのです。

考えごとをしていたのか・・・確かに考えごとをしていました。翌々日に控えたある大学での礼拝説教の構想を練っていたのです。もしそうなら、集中力は「天才」並かな、と。

しかし、寝てしまっていたのかも・・・確かに寝不足ではありました。もしそうなら、寝たまま少なくとも10kmぐらいは運転したのですから、これも天才かも。

これを友人に話したら、寝てたんじゃないの、他人迷惑だな、と。そういうことですね。

いつの間にか冬ですね

先月までは半袖で過ごしていたのですが、さすがに上着を着るようになりました。冬と言うのはまだ早いでしょうか。晩秋が適切なのでしょうか。それでも、あと半月後には待降節(アドヴェント)です。

我が家ではリースを作成中です。ホームセンターの園芸館やイオンなどで材料を探しましたが、東京四谷にある東京堂のネット販売も充実しているので利用しています。なんだか宣伝になってしまった。ま、いいか。

三河湾に浮かぶ小島・佐久島

先々週のことです。写真塾のお仲間と佐久島に行ってきました。古墳時代後期の古墳が残る漁業の島です。潮風から建物を守るためにコールタールで塗られた家並みは黒壁集落と呼ばれており観光の目玉の一つになっています。春は潮干狩りを、夏は海水浴を楽しめる大浦海水浴場は遠浅の綺麗な浜辺です。9月半ば、若い人たちが泳いでいました。

レンタル・サイクルで島を廻ると楽しそうですが、私たちはひたすら歩きました。写真を撮るのが目的だからです。良い写真が撮れたか、と訊かないでください。

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「想い出が、無くなったよ」

13年前のこと、友人のYくんから電話で「思い出が、無くなったよ」と連絡がありました。夜遅く、渋谷にいて何のことか分からなかったのですが、後で、大変なことが起こったことを知りました。世界が変わりました。

「想い出」とは、その2年前にYくんを含む5人でニューヨークに行き、世界貿易センターに上ったからでした。写真はそのときのものです。

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品川プリンス水族館

いちど行ってみたいと思っていたのですが、先週、出張の合間に足を運ぶことができました。思っていたよりかわいい水族館でした。イルカショーを見ました。イルカのジャンプ力はすごい。私の若い頃のよう・・・・・・

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ショーも楽しいのですが、実は、私が好きなのは水槽の魚の鑑賞と撮影です。最近のカメラの進歩はすごいですね。水槽の魚をなんなくキャッチしてしまいます。

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夏に聖ニコラウス

富士五湖にサンタクロースの館があります。夏に行ってみました。たくさんとサンタに会いましたが、なんと言ってもおおもとはこの方です。

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ストレスSOSサイン

ある臨床心理士の先生による講演をうかがいました。その中で自分のSOSサインを知るということが大切だというお話がありました。サインは体、心、行動に現れるようですが、行動によるサインは分かりにくいようです。

講師の先生は転倒がサインだそうです。しかも、ダイビングするように転ぶというのです。お聞きしながら笑ってしまったのですが、そういうケースもあるようです。自分の場合は考えてみるのですが思い当たりません。きっとサインはあるのでしょうが、自覚できないでいるのでしょう。

それを友人に話したら、はっきりしているんじゃないか、と言われてしまいました。しかし、ストレスと関係なくよく食べるのですが・・・