今年の私

私の2019年を振り返ってみようと思う。思いつくままに、書き足し書き足しになるが。

◯福音主義教会連合のこと

2018年秋に行われた日本基督教団総会での選挙行動を巡っての混乱が教会連合にも影を落とし、憂と共にスタートした今年であった。

1969年にはじまった教団紛争に対して教団改革を旗印に運動を展開してきた教会連合だが、亀裂が生じて、まっとうな議論ができない状況が続いている。

私は自身の「牧師のブログ」に自分の考えを書いては投稿してきた。そして、そのまとめのような文章「教団改革は教団建設であるー公同教会とローカリティー(固有性)-」が機関紙2020年1月号に載る予定である。

取組みの根本の背景

実は、4年前にはじまる。

◯「BMonTwitter」と「林檎の木会議」を構想し、着手。

インターネットを利用したサークル活動であるが、上記の教団・教会形成と連動している。

つづく

ローマ教皇来日に際して

キリスト教についてほとんどご存知でない方から、立ち話の中で質問を受けた。無理もないことだが、質問が漠然としていて実は分かりにくかった。

どうも牧師である私と教皇とはどんな関係があるのか、そして教皇をどのように見ているか、ということをお知りになりたかったようだ。

私の答え。

「同じキリスト教ですから親しみを感じています。そして教皇は牧師の私よりもはるかに上品で品格がおありです。けれども、私のように素晴らしい妻をお持ちではありません。」

近くに家内が。

BMonTwitterの楽しみ

聖書を囲む会話ををTwitterを介して行なっています。それがBMon Twitterです。聖書を開き、任意の箇所を各自が読みつつその手触り感を紹介し合います。

会話ですから自分も発言しますが、他の人の発言に耳を傾けます。それぞれの発言は聖書箇所との関連でなされるので、それを聞き合いながら聖書そのものに向かい、聖書に聞くことへと導かれます。

それを聖書を囲む会話と呼んでいます。共同の聖書黙想です。

これを聖書を囲む雑談と言っては不謹慎でしょうか。聖書のテキストに触発され、また、聖書の言葉を広く深く味わうための雑談です。何処に向かうか分からないのが雑談ですが、聖書を囲んでいるので、思いもよらぬ豊かなものになります。

さて、この会話で重要なことは聖書テキストに丁寧に触れるということです。

例えば、何かが手渡され、目をつぶってそれが何かを知ろうとするとしましょう。おそらく、それを丁寧に触ってみるのではないでしょうか。それが手触りです。今までに見たことや触ったことのあるものを思い浮かべながら、それらのものとの異同を確かめ、頭の中に手で触っているものの形状を描き出し、それが何かを判別することになります。丁寧に触るということはそのようなことです。

そして、今までに見たことや触ったことのあるものを思い浮かべて異同を確かめる、その作業を一緒にする、それが会話、また雑談、共同の黙想ということになります。

楽しい会話となります。

iPad仲間を増やしたい

インターネットにつなげるデバイスにはスマホ、PC、タブレットなどがある。その他にもいろいろあるようだ。けれどもスマホとタブレットが良く使われている。

若い人はスマホを器用に使いこなしているけれども私には難しい。画面が小さくて老眼には厳しい。加えて文字入力や画面操作が苦労だ。おそらく、私と同世代のほとんどの人は同様だと思う。ましてやもっと高齢な方にとっては言うまでもない。

となるとタブレットということになる。androidやwindowsと言ったOS(オペレーションシシテム)で動くいろいろな優れた端末が発売されているけれども私はiPadが良いと思っている。何故かというと機械として、また機能的にも洗練されているからだ。誰にとっても扱いやすくオシャレで画面は綺麗、音は良い。心地よく快適なのです。また、便利で良いアプリが豊富に提供されている。

それはそれとして、私がiPad仲間を増やしたい理由については、少し休憩してから、以下に書かせてもらいます。

と申しましたが、Facebookの投稿を貼り付けることにしました。

続く

台風19号の今

強く大型で、非常に大きな台風なので心配される。2、3日前から台風の進路予想をはじめ関連情報に釘っ付けだった。しかし、上陸してはいない。沖合にいる。

それにも関わらず、各地の被害情報が伝えられている。河川の氾濫や土砂災害が心配されており、避難勧告も各地で出されている。19号の強さと大きさを示している。

さて浜松の状況だが、何と今日(12日)朝早く6時前にスマホがけたたましく鳴って市内全域に避難勧告が出されたとの通知が。その時、家の周辺はまだ微風、小雨だった。周囲で避難をはじめた人は見当たらない。

午後2時30分現在、雨は強くなってきたが風はそれほどでもない。台風の進路と住居周辺の地形のせいかもしれない。おそらく、これから夕方にかけて雨も風もひどくなるのだろう。

早く通り過ぎて欲しい。

今年は夏から秋にかけてワクワクの連続だった

新し物好きでiPadとiPhone使いの私にとって、今年の夏から秋にかけては心踊るものがありました。

というのは、6月に新しいOS、ios13とiPadOS13が秋にリリースされることが発表になったからです。iPadOSはiPad用に用意されたもので、iPadとiPhoneがosレベルで分離し、それぞれが個性的に進化していく道が開かれます。iPadは液晶画面の大きなスマホ寄りのタブレットではもはや無くなり、タブレットでありながら限りなくノートPCに近づいていくことになって、その第一歩を踏み出します。

私は8月からiPadOSベータ版をインストールして、少しづつ完成度を高めていくプロセスを楽しみました。そして9月に正式にios13とiPadOS13がリリースさされたのでした。同時に新iosで動くiPhoneが11シリーズとして新発売になりました。

iPhone11シリーズはカメラと関連機能が贅沢なものとなり、写真好きの私を大いに刺激してくれたので11Pro購入と相成りました。

iPadOS13によりiPadは使い勝手が飛躍的に向上し、使い道が広がりました。そのうち、プレゼンテーション作品などでその効果をご紹介させていただくことになります。

また、Apple Pencilの使い勝手も向上したので、私は絵を描かないのですが、ノートアプリが今までよりも使いやすくなります。種々な情報を取り入れて、思考をまとめていくためのキャンパスとなるでしょう。

脳出血に伴う片麻痺を抱えている私にはまことに有難いこととです。

Keynoteを使えるようになりたい

Apple社が提供しているプレゼンテーション・アプリ(プレゼン用資料作成ソフト)にKeynoteというアプリがあります。愛用のiPadで便利に使えるようなのです。

と思って使い方を探り、触ってみた。画像や音声、動画を組み合わせて比較的簡単にプレゼンテーっションを作ることができる。

ただ残念なことだが、当たり前だと言われればそれまでなのだが、作ったプレゼンのデータは、データを保存しているデバイス、つまり各自のPCやタブレットなどでしか表示できないことだ。HPやブログやSNSにKeyNoteデータをそのまま貼り付けて見てもらうようにしたいのだが、それは出来ない。もちろん、PDFや動画に落とせば可能だがそれでは面白みが削ぎ落とされてしまう。

つまり、KeyNoteのデータには汎用性がなく、KeyNoteアプリがなくてもそのまま表示できるようにしたいのだが、その手立てがないのである。

その点が私にとっては決定的に残念な点で、使用は中断状態となってしまっている。

固有性(ローカリティー)を考察する

伊藤亜紗著「記憶する体」を読み始めました。冒頭に、原稿は喫茶店で書く、と記されていました。書斎や研究室では書くという出来事が起こらないのだとか。

友人に説教は教会と牧師館から離れて喫茶店で準備をするという牧師がおります。喫茶店でなければ説教を準備するという出来事が起こらないようです。

癖になり、習慣となっているということでしょう。その人固有のhabitで、ローカリティーです。それを個々に体に焦点をあてて考察していこうということのようです。その固有性は、個々人の時間の積み重ね(体の記憶)として理解できるというのです。

私は片麻痺となってリハビリを指導していただいていますが、それは麻痺を抱えながらも体の記憶を呼び覚まし、体の生活習慣をできるだけ取り戻す作業です。habitの再生ですね。rehabilitationです。

身近なことで、面白そうです。楽しみながら読み進めたいと思っています。

Twitterを賢く利用しよう

私の「賢い利用術」をご紹介します。参考にしていただければ幸いです。なお、この投稿はTwitterの利用法の続きとなります。

ポイントは2つです。それは、

1、情報を賢く選択する。

2、良い情報提供者になる。

です。1についてはTwitterの利用法で触れていますので、ここでは2についてご説明します。

Twitterを良くもし悪くもするのも、情報提供者が良い投稿をしているかどうかにかかっています。質の悪いツィートをしていると、悪い情報提供者と結びつきが生まれてきます。似通った情報(共通の関心事ですね)をTwitterが探し出して、自分のタイムラインに流してくれるからです。また、荒らしや煽りや釣りにつけ込む隙を与えます。

それでは良いツィートとはどのようなものなのでしょうか。

万人にとって良いというツィートはあり得ません。ここで良いと言うのは、自分にとって良い情報提供者とつながることができるようなツィートということです。

箇条書きします。

1、他の人を害するような言葉を発しないで、思いやりのある言葉を心がける。

2、自分の関心事を明確にし、自分が真摯にそれと向かい合っていることがわかるようにする。

3、注目されたいと思わないで、自分が納得していることをツィートする。

以上でしょうか。

私は政治的なことは避けています。ことに権力争いとしての政治にはふれないようにしています。また、マスコミの受け売りのような知識は発信しませんし、政治家の悪口も書きません。つまり何の意味もないというか、建徳的ではないことには関わらないということです。

政治的イシューに触れるとしても、その事柄の背景にあると思われる社会の深層に横たわる問題について、自分の考えを書くようにしています。

そして、重要なことですが、偉そうな言い方にならないように心がけています。事柄が共有されることが大事だからです。

こんなことかな、と思います。

つづく

Twitterの利用法

Twitterを毛嫌いする人がいる。つまらないツィートが氾濫していると感じているのだと思う。

確かにうんざりするようなツィートに出会う。政治的デマゴグ、悪口やつまらない言い争い、フェイク等々。

不快と感じる情報には3つのパターンがあるように思われます

1 荒らし

執拗に人の感情を害したり、攻撃したりして、場を荒らします。チャットや掲示板やTwitterで見かけます。

2 煽り

根拠のない風評を流して扇動しようとする投稿です。政治に絡むことが多いです。Twitterに多く見られます。

3 釣り

巧みな言い回しや人目を引くタイトルなどを駆使して関心を惹き、誘導します。商品の宣伝や販売勧誘に使われます。Facebookにも散見されます。

そんなツィートばかりだと感じているとしたら、その人は利用法を知らないだけなのだと思います。

荒らしや煽りや釣りを見極めて、自分に必要な良い情報を選択できるようになることが大事です。Twitterには良質な情報も溢れるほど流れています。

良い情報源を見つけるには検索機能を上手に活用します。自分の関心事を検索すると、関連するツィートに出会います。流れているたくさんのツィートの中からこれは良いと思うツィートをしている人をフォローします。自分も良い情報を流します。そのようにして、次々とフォローしていくと、良い情報発信者の輪が広がり、良いツィートが自然と集まってきます。つまらないツィートを繰り返す人に対しては遠慮無くブロックして関係を遮断します。

Twitterの良いところはツィートを介して広く緩やかなさまざまな関係を築くことができるということです。その良さを知って、Twitterの中で良い関係を多くの人と結びましょう。

最近私は自分のリハビリ状況をツィートし始めましたが、同じような障害を抱えながら努力している方々を知るようになり、その方々のツィートを楽しんでいます。

また、サッカーの久保健英選手の動向を知りたいと思って検索すると、所属クラブから発信される動画やニュースに接することができます。外国語による発信ですが、google翻訳機能が付いているので大筋は分かります。

もちろん自分の仕事に関連して世界中の教会の情報も入ってきます。

Twitterは使い方次第です。

そうすると

live配信動画で

元気なころカメラを持ってよく出かけて行った場所の一つに黒部立山アルペンルートがある。もう行けないという無念な思いはあるが、live配信動画をネットで見つけて楽しんでいる。

見ていると記憶がよみがえってくる。記憶を辿る旅もなかなか良いものだ。

息子夫婦がイタリア旅行をする。かつて私も行った場所を訪ねるようなのだが、動画を送ってくれないかな。

一念発起

自分の病気のことやリハビリ状況などTwitterでツィートすることはなかったが、リハビリの機微をツィートすることにしました。

自分の不自由なく体とリハビリについて自分で考えながらいろいろと取り組んでいると同病の方々の話を聞きたいという思いになります。そしてTwitterでツィートに出会って読ませていただいています。

もちろん、同じ片麻痺といっても人それぞれにコンディションが違いますから、理解できないことばかりなのですが、それでも何かヒントをいただきます。

そんなことで、読ませていただくだけではなく、自分も発信すべきだ、という思いに至りました。ささやかな2年ほどのリハビリ経験ですし、自分のことが自分で分かっているわけでもないのですが、それでもリハビリの機微を自分なりに発信するのも意味があるのではないかと思うのです。

はたして、どうなることでしょうか。

カール・レーフナー

を名乗るツィートがTwitter上で話題になっています。深井智昭氏が著書「ヴァイマールの聖なる政治精神」(岩波書店、絶版廃版)において捏造されたとされた神学者の名前です。

引用されているレーフラーなる神学者の著書は存在しないのでしょう。それを捏造と言えば捏造ですが、創作とも言えます。

深井氏は存在しない、つまり何の権威も持っていない人物と著書を創作して自書の中に織り込み、その創作物が妙に説得力があったというわけです。近代神学を代表するリッチェルやバルトをニーチェの言説から批判し論じています。それは深井氏の分析であると言えましょう。

事はヴァイマール時代の政治精神と神学との関わりを論じるもので、近代を解く鍵が神学にあるという主張であり、その論述です。その点を見逃してはなりません。

架空のレーフラーとその著作を創作しなくても、堂々と論じれば良かったのに、と思いますが、なぜそうしなかったのか、その答えを深井氏から聞きたいと思いますが、彼のヴァイマールについての評価を必ずしも下げるものではないと思います。

Twitterにカール・レーフラーだけでなくリッチェルやバルトやトレルチも現れてもらって(物足りないないのですがニーチェはすでに存在しています)、思う存分語り合ってもらいたいものだと思います。

頑張れ!神学者。

明日から浜松祭り

恒例の浜松祭り(3ー5日)です。宗教色の薄い「おまつり」です。町内ごとに屋台が繰り出して市の中心部を練り歩きます。ピストンのないラッパを吹きながら練り歩くのが特徴です。おおぜいの人々が見に集まってきます。賑やかな三日間です。

この時期、浜松を脱出する市民もいます。地の中心地に住む人たちは大変なことでしょう。

酒好きの人は町内の集会所で楽しく酒を交わすようです。それぞれの町のハッピを着た男女が行き来しますが、女性の髪はキリッとした祭り仕様でイキでなかなかのものです。

平成の通信簿

東京にいた時、著者にはいろいろお世話になりました。

たくさんのデータを通して、この30年の日本社会の変化を描き出してくれています。今、現在の日本社会をより正確に認識するために役立つ一冊です。

iPad雑感

2019年3月にapple社からiPadminiとiPadAirという新しい位置付けの2機種が発売になりました。これでiPadはこの2機種と昨年発売されたiPad9.8インチ,iPadPro11インチ、iPadPro12.9インチの3機種を合わせて製品ラインナップが5となっています。低価格帯に1機種が、中間価格帯に2機種、高価格帯に2機種がと分類して良いかと思います。液晶の大きさでいうと、7. 9インチから12.9インチまでです。

いずれも専用のapple pencilが使えます。もちろん使い勝手は多少落ちますが、いずれもスタイラスペンも利用できます。また、osも最新のios12.2がのります。ですから機能的には同じといえましょう。

各機種を触ってみましたが、高価格帯の2機種は他の3機種に比べて流石にスピードが早く、液晶が綺麗なのと作りが良く、またスピーカーが4つ備えられて音も優れています。

難点は価格が高いのと、クラウドに結ばれている一部アプリで、処理スピードが早すぎるからなのでしょう、クラッシュを起こすことがあるということです。アプリの改善が求められます。それから、私のような老人で障害を抱えている人間には、それほどのスピードは必要ないのと、かえって早すぎて目がまわるということでしょうか。

わたしにはiPadAirとiPadminiが使いやすいと感じました。

それにしても、iPadのここ数年の進化は目を見張るものがあります。有り難いです。一枚の板であること、軽量で起動が早く、本体に備わる諸機能が気が利いていて簡単で使い勝手の良いアプリが豊富にあることと相まって、人それぞれに対応可能で有用なタブレットだと感じます。

ことに高齢者におススメしたいです。

私に資金があるならば、仕事の同僚や交流のある親しい人たちに配って差し上げたいと思うほどです。

以上雑感でした。

受難節の小さな黙想

牧師のブログに、受難節の小さな黙想と言えば言えなくない小文を載せました。題は「聖書黙想の楽しさ」です。以下にご紹介します。

先週の分区教会交流会の前半は共同聖書黙想でした。聖書箇所はルカによる福音書23章39ー43節が取り上げられ、①進行役の石井牧師によるガイダンス、②個人黙想、③分団での分かち合い、という流れで行われました。
あらためて思わされたのは、一緒にバイブルリーディングに取り組む、聖書を囲む会話の楽しさでした。そこに何が書かれているのか、分かって解らない(解って分からない、かな?)のが聖書ですが、読んで感じたことを紹介しあいながら聖書テキストの不思議さ、あるいは、味わい深さに気づかされていきました。
私の心に最終的に残ったのは「あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる。」というイエス様のお言葉です。語りかけられているのはイエス様の隣で十字架に磔になっている犯罪人です。その現実を離れてこの人の今日はないのに、イエス様は「わたしと一緒に楽園にいる。」と仰って、磔刑場と楽園を結んでおられるわけです。この明確な結びつきに気づかされ、イエス様の不思議なお言葉にわたしの心は、謂わば磔られて、離れなくなったのでした。

雑談好きの理由がはっきりした

脳科学者の茂木さんが雑談のことについて書いた短文がtwitterで紹介されていました。

それによると、雑談は知的な営みで、偶有性とネットワーク性があるとのこと。どんなに急ぐ時でも雑談をする余裕が大切であるとのことです。

脳科学者の言っていることなので、正面から向き合って、雑談のことを考え始めました。こういうのを雑考と言うのでしょうか。

確かに雑談は楽しいし、雑談中に何かが閃いたという経験があります。また、直面している課題とは違うことだけれども何らかの関連がありそうな事柄が連想されるということもあります。

逆に雑談が乏しい交わりでは、創造性も乏しいという感じがしています。

雑談をする余裕と知的活動力を保ちたいと思った次第です。雑談が好きな理由もはっきりしました。

ご無沙汰気味です

このところ、教会HPの牧師のブログやFacebook、そして、Twitterへの書き込みが頻繁で、このブログへの書き込みが疎かになっています。

新年なので何か書きたいと思い、書き始めていますがネット、、関連での私の近況を書こうかと思います。

ドコモ光に変更

NTT西日本フレッツからドコモ光に切り替えることにしました。スマホとのセットで代金が少しですが安くなのが理由です。ただそれだけのことですが、その手続きの過程で

自分がどこのプロバイダーと契約していたのかを忘れていたことに気がつきました。so-netだと思い込んでいたのですが、OCNでした。何の不満もないのですが、浮気心が顔を出してきて、この際、Plalaに変更することにしました。

タブレット普及活動

今年の抱負なのですが、高齢者にタブレットに馴染んでもらうようにと考え、教会で皆さんにお勧めしようと考えています。ネットの利用ですね。

PCとなると大げさですが、軽快なタブレットが使いやすいと思うからです。

手始めにtwitter に慣れていただこうと準備を進めています。

twitter、Facebook、教会HPと牧師のブログのコンビネーションで、楽しんでいただけるように素材を揃えていく予定です。

すでに牧師のブログではその取り組みに突入しています。宜しかったら下記をくりっくしてください。


昨日のツイート

下記のようなツイートをしました。珍しく反応があり、💌を押してくださった方々おられました。

看護や介護に携わっていたり、その分野の成長に腐心しておられる方々をtwitter上でよくお見かけします。真面目なツイートを読ませていただいています。

こんなところです。今年も宜しくお願いいたします。

2019はtwitter元年

個人的にはすでにtwitterをはじめて何年目かになります。それなのに、今さら元年とはどういうことかと言うと、教会の交わりのために、また、聖書の言葉を囲む会話(共同聖書黙想)の広がりを目指して本格的にtwitterを用いるという意味です。

私自身は二つのアカウントを持っています。一つは教会の牧師/張田眞用、もう一つは裃を脱いだ/私用です。どちらもそれほどの違いはありませんが、前者はなるべく個人的な趣味や楽しみには触れずにいささか建徳的なツィートを心がけています。また、政治問題には触れないようにしています。後者はざっくばらんに日常的なあれやこれやをつぶやくようにしています。

それに加えて、教会のアカウントを作りました。公開と非公開です。公開のほうは教会の日常に関することや聖書に関することをささやき、誰に読んでいただいても支障のないものとし、非公開は聖書の言葉を囲む教会員の方々の交わりに供されます。後者は、軌道にのるのはまだまだ先のことですが、Twitter利用の目当てはそこにあります。

twitter の良いところ

それは140文字以内でツィートしなければならないことです。短い文章でやり取りすることに尽きます。コンパクトに一事を伝える、余計なことは省かれます。

余計なことを書きたければ、ツィートを重ねるということになります。それが良いです。

そして、それぞれのツィートに、いいねやリツィートで反応することができ、応答が的を射たものとなります。

つづく


画像

2018年は我が家に嬉しい出来事がありました。息子が結婚して新しい家庭をつくりました。二人で幸せな人生をおくってもらいたいと願っています。

イラストは恒例のクリスマスと新年の挨拶ハガキ2018ー2019年版です。娘が描きました。何年目になるでしょうか。すでに15枚にはなっているはずです。

私は退院して1年2ヶ月が過ぎました。おかげさまで退院時よりもずいぶん改善し、身体の動きが良くなっていますが、頭はダメですね。

それでも頭のリハビリにと読書を心がけています。今年読んだ本で印象に残っているのは國分功一郎著「中動態の世界」、久世濃子著「オランウータン」、伊藤亜紗著「目の見えない人は世界をどのように見ているか」、ヨシタケシンノスケ作「みえるとかみえないとか」、ボージャス著「移民の経済政治学」、シュレーマン「ルターのりんごの木」です。

来年はタクシーを利用して、一人であちらこちらに出かけて行けるようになりたいと思っています。はたしてどうなるでしょうか。

メリークリスマス。皆さまに上よりの祝福がありますようにと祈ります。

タブレット教室

タブレットの使い方に慣れていただきたいと願って、教会の方々に手ほどきをさせていただこうかと思っています。

私自身がそうなのですが、病気をしたり高齢になると自由に外出することが困難になり、教会を含めて社会的な交わりが狭く小さくなりがちです。

また、教会から遠く離れて居住しておられる方もいらっします。

将来、そのような環境に身を置くようになる可能性は誰にでもあります。そこで、今までは、牧師や信徒が訪問したり、電話をかけたり、手紙をお出しして結びつきを維持してきました。そのような手立てに加えて、すでにインターネットが普及していますから礼拝の様子を動画で配信したり、ネット会議のように集会に参加していただいたり、その他の方法でさまざまな仕方で交わりを持つことが可能になっています。

問題は、そのためのツールを使いこなせることが必要になります。かつてはパソコンということでしたがいささか仰々しく、使い方も難しく厄介な面も持ち合わせていましたし、使用する場所が限定されてしまいました。リビングで台所でベットでというわけにはいきませんでしたが、たった一枚の板で構成されているタブレットが普及してきて持ち運ぶことができるし、どこにいてもインターネットに繋がるようになりました。

例えば私は身体が不自由でなるべく負担の少ない姿勢を維持することが肝要です。パソコンも持っていますが、その前に座って作業するにはタイミングや時間の長さに制限があります。しかし、タブレットを利用して机やソファーに座っていても、ベッドに寝ていてもいつでもインターネットに繋がることだできています。一番楽な姿勢でできるので、負担が軽減されています。

何をするかと言うと、たいしたことはしませんが、メールの読み書き、ブログに書き込みこと(今まさにそれをしています)、SNSで多くの人との繋がりを得たり(音声ですることもあります)、原稿書きやkindleなどで本を読んだりしています。調べものもします。ということで、パソコンでする作業の90パーセント以上はタブレットでそれほど疲れることなく行うことができています。

タブレットとインターネットで教会に集いにくい方々に教会生活に出来る限り繋がっていて欲しいと願っています。そのためにタブレット教室を始めたいと考えています。

Gutenberg エディターにようこそ

Gutenberg を試してみよう

この新しいエディターのゴールは、WordPress へのリッチコンテンツの追加をシンプルで楽しくすることです。この投稿全体がコンテンツのパーツ—LEGO ブロックのようなもの—により構成されており、動かしたり操作できるようになっています。カーソルを動かすと、様々なブロックが枠線と矢印とともにフォーカスされます。矢印を押すとブロックをすばやく並び替えることができ、コピー & ペーストしているうちに内容が消えてしまう恐れがありません。

現在ご覧いただいているのがテキストブロックで、すべてのブロックのうち一番基本のブロックです。テキストブロックは、投稿内を自由に移動できる独自のコントロールがついています。

…例えば、右揃えのこれのようなものです。

見出しは別ブロックとなっており、コンテンツのアウトラインと構成に役立ちます。

百聞は一画像にしかず

画像とメディア取り扱いへの高い気遣いは、新しいエディターのメインフォーカスです。キャプションを追加したり、全幅にするのがより簡単で協力になっているのにお気づきいただけるでしょう。

美しい風景
テーマでサポートされていれば、画像ツールバーに「幅広」ボタンが表示されます。お試しください。

キャプションを選択、削除、編集してみてください。画像や他のテキストを間違って選択して、表示を台無しにしないよう気を使わずに済むようになりました。

「挿入」ツール

WordPress ができるすべてのことが、すばやく、同じ場所・インターフェイスで可能であると想像してみてください。HTML タグやクラスを理解したり、複雑なショートコード構文を覚える必要はありません。これこそが「挿入」ツール—エディター中にある (+) ボタン—の真髄で、すべての利用可能なコンテンツブロックを閲覧し、投稿に追加することができます。プラグインとテーマは独自のブロックを登録することができ、リッチな編集や公開の可能性を広げます。

お試しいただくと、WordPress が投稿に追加可能でありながら、ご存知ではなかったものを見つけていただけるでしょう、以下はこの投稿が使用しているブロックの簡単なリストです。

  • テキストと見出し
  • 画像と動画
  • ギャラリー
  • YouTube、ツイート、他の WordPress 投稿などの埋め込み。
  • ボタンやヒーロー画像、区切りなどのレイアウトブロック。
  • もちろん、このようなリストも ^^

ビジュアル編集

ブロックの大きな利点は、それぞれの場所で編集し、コンテンツを直接操作できることです。引用ソースやボタン内テキストなどを編集するためのフィールドを持つのではなく、コンテンツを直接変更できます。以下の引用を編集してみてください:

このエディターは、リッチな投稿や固定ページの作成を簡単にする、新しい執筆体験を生み出そうとしています。また「ブロック」によって、現在はショートコード、カスタム HTML、外部埋め込みコード自動ディスカバリー機能が実現していることをより簡単にします。

マット・マレンウェッグ、2017

引用の​​ソースに対応する情報は、画像下のキャプションに似た別のテキストフィールドです。このため、ソースを選択、変更、または削除しても、引用自体の​​構造は保護されます。いつでも簡単に戻すことができます。

ブロックは、必要なもの何でもかまいません。たとえば、テキスト構成の一部として目立たない引用符を追加してもよいでしょう。または、巨大で装飾的なものを表示させることもできます。これらのオプションはすべて挿入ツール内で利用できます。

サイドバーのブロックインスペクターでスライダーをドラッグすると、ギャラリーのカラム数を変更できます。

メディア重視

新しい幅広全幅配置をギャラリーと組み合わせると、非常にメディアリッチなレイアウトをすばやく作成できます。

アクセシビリティは重要です — 画像の Alt 属性をお忘れなく。

全幅画像はかなり大きくなる場合もありますが、画像によってはそうする価値があることもあります。

上は2つの画像のみのギャラリーです。フロート調整を行うことなく、魅力的な見た目のレイアウトを簡単に作成することができます。またブロックを切り替えて、ギャラリーを個別の画像へ簡単に戻すこともできます。

あらゆるブロックでこれらの配置を選択できます。埋め込みブロックでも利用でき、ボックス外でもレスポンシブ対応しています:

静的または動的、装飾的またはプレーンなものなど、お好みのブロックを構築できます。こちらがプルクオートブロックです。

Code is poetry

WordPress コミュニティ

追加ブロックを作成する方法を学んだり、プロジェクトに協力したりすることに興味がある場合は、GitHubリポジトリへ移動してください。


Gutenberg をテストしていただき、ありがとうございます !

👋

Twitter の勧めを、お年寄りに

お年寄りの方々へ、私も年寄りですが、Twitterでのツィートの勧め。をしたいな、と思っています。理由は、楽しく愉快に日々を過ごすためにです。

Twitterでは日々の思いや記憶を記録し(日記のように)、それを表現して、関心を同じくする人たちとの緩やかなつながりを得ることができます。これは若い人たちの専売(購買)特許ではありません。お年寄りにとってこそ、有用なものだと思います。
(以下に、twitterしている人にとっては当たり前のことですが、参考にtwitterの楽しみの一例を書きます。)

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