隠退のとき

いますぐ隠退するという話ではないが、最近、いつ隠退したら良いのかということを時々考えるようになった。

68歳説というのがある。その説を唱える人は、その歳になると多くの人はダブルブッキングするようになるので。そうなったら隠退したほうが良いというのである。統計学的な根拠がある話ではないが、なんとなく、そんな感じもする。

私の判断基準。それは・・・

60を過ぎて歳をとるということがこういうことかと分かったことが一つある。自分の心と脳の視界が狭くなり自分の考えていることが最善と思い込むようになるということである。自戒しなければならないと思っているので、まだ軽症だと勝手に判断している。だが、これに関しては客観的に自分で自分を観ることが出来ない。

誰かに頼んで、その時には「重傷だよ」と言ってもらうようにしよう。その時は隠退。

気が小さいと

わたしは気が小さい。

20代に初めて歯医者に行った。ジーという音が近づき、口のなかに器具が入ろうとするそととき、「先生、わたし初めてなんです」と口走ったのを思い出す。

気が小さいということは、思いがけない言葉を発することになる。

段ボール

普段、なにげなくお世話になっている段ボールだが、ある会合で段ボールでできた棺があるということを聞いた。安価なものだがしっかりとしているという。へえ、すごい。段ボールは侮れないものだと思った。

だが・・・・・わたしにはちょっと不安がある。それが何キログラムまで耐えられるのものなのか、ちゃんと調べなければならない。

ついでにもうひとつ

やはり30前後のこと。
お金を無心するために、2、3ヶ月ごとに教会にやってくる長身の男がいた。乱暴な物言いで、珍しいタイプだった。
2回に一度くらい、少額をあげたと思う。
ある時、いつもに増して脅すような口調でお金を無心するので、「帰れ」とこちらも怒鳴って断った。ところがこの男、帰り際に教会のドアを強く蹴とばして去って行ったのである。ドアは壊れてしまった。

ところが、4年後のこと、私が転任して大阪の教会に赴任したのだが、この男、そこに現れたのである。しかし、私のことを覚えてはいない。
後から、分かったことだが、この男、四国の高知から大阪まで、教会を渡り歩いていたのである。いちいち牧師の顔を覚えておれないほど、たくさんの教会を訪ねていたのだ。

思い出した

まだ30になるかならないころのこと、お金を貸してくれとたびたび訪れる初老の人がいた。
決まって求めるのは500円。当時、仕えていた教会には少額であればそのために用いてもよいファンドがあり、何度か差し上げた。

ところが、ある時、頻繁に来るようになったので、今日はダメだと言って断った。翌日のこと、テレビの地方局のニュースで隣町で起こった事件が報じられた。
「タバコ屋さんに強盗に入った初老の男性が、お店のお祖母さんを脅してお金を奪って逃走、逮捕された。犯人が奪ったのは500円。」

凄惨な事件とMさんのこと

二人の方が亡くなった。まことにお気の毒なことであった。

犯人だが、刑務所から出所後、行き場がなく、死のうと思ったが死にきれず、死刑になれば死ぬことができるというので犯行に及んだ、と報じられている。

いろいろなことを考えさせられる事件である。

もう亡くなった方だが、長年、出所後の方々の社会復帰のために尽力されたMさんのことを思い出した。
小さな会社を経営し、出所後の方々が社会復帰できるまで仕事を与えて面倒をみられた。その数が三桁にもなった。80歳を過ぎて最後に引き受けたのは、少年院を出た青年だった。Mさんに連れられてその青年を引き受けに行ったことを思い出す。
Mさんの働きに、あらためて頭がさがる。

金環日食

わたしは見なかった。天気予報が曇りだったので「寝よう」と心に決めて、そのとおりに。午前1時に起きて一仕事をして、日食を待とうとも思ったが、雲に覆われた日食のために無理をすることもないと思ったのである。薄曇りで、東京でも金環日食を見ることができた、と後から聞いた。

日食は小学生のころに見た。その時は皆、下敷きを遣った。なるほど、こんなものなんだ、と思っただけで、ことに感激したという記憶はない。しかし、考えてみると、太陽と月が地球から絶妙な大きさに見えなければ陽と陰という感性は生まれなかっただろう。ドラキュラの物語も。そう考えてみると、聖書では月の印象が薄いのはなぜだろう。

粗大ゴミ

わたしのことではない。15年前に購入したマッサージ・チェアーだ。

以前はよく使っていたが、最近はすっかり粗大ゴミとなってリビングで邪魔者となってしまっていた。今日、掃除に来て下さる業者さんが処分してくれるた。有り難い。

そういえば、最近、肩がこってマッサージが必要になるということがない。どうしたことだろう。

聖書を読む会をお休みに

今週は休会。
朝早くIさんが召されたので、祈るためにご自宅にお訪ねした。
奥さまをはじめご家族の皆様のうえに御慰めを祈ります。

聖書を読む会ではロマ書を取り上げている。FEBCのCDを用いて、それを聴いて話し合い、祈る。
話し合うと言っても、聖書をより深く理解し、思いめぐらすためである。黙想をひろげることによって、聖書が近くなるようにということである。
大人数ではできないが、幸い?それができる人数なのである。

ダブルパンチ

年初から腰痛と風邪のダブルパンチを受けました。

腰痛は初めての経験で、痛いものですね。一週間ほど寝込んでしまいましたが、徐々に回復してきています。

風邪も長引きました。咳は腰痛に響きます。ダブルはいけません。

発題準備

クリスマスを祝福のうちにすごすことができたが、

直前の22,23日は20日に召されたF兄の葬儀だった。病床で讃美歌「やすかれ、わが心よ」を聞くのを楽しみとし、平安のうちに召された。羨ましい最後だと思う。

 

今日は(26日)、明日行われる教会連合常任委員会での発題の準備。「教会連合の課題」。「沈まない、朽ちない、漂わない」を指標として教団改革を展望し、教会連合の進むべき道について発題する。教会のことであれこれ思いを巡らすのは楽しいことだ。

立川談志

わたしは落語が好きだ。

20年近く前に、ある牧師にそのことを話したら、下世話と思われてしまった。あたっている。

同じ頃、芸の道につうじたある牧師に「談志より小三が好きだ」と言ったら、単純な人ですねという反応だった。あたっている。

 

実は、若いときに一番理解しにくい落語家が立川談志だった。耳が受け付けなかった。理解不可能だったのだろう。「ちゃんと落語らしい落語をしてほしい」というのがその時の思いだった。

談志さんほど落語に徹底して取り組んでいる噺家はいない、それほどの人なのに。

 

ちなみに理解しにくい二番目は三平さんだった。理由は書かない。

 

今は、もちろん、違う印象を持つようになった。談志さんも歳をとり円熟し、わたしも人生経験を積んだからだろうか。

しかし、違和感は少し残っている。うまい言葉が出てこないが、プライドの置き場所が、ということだと思う。

 

談志さん、お疲れさまでした。

中途半端になってしまった

5日(土)の午後、東洋英和女学院の同窓会(東光会)のある会合で、日本基督教団の東日本大震災の復興・支援活動についてお話をさせていただいた。

プロジェクターを使ってお話を始めたが、時間配分を誤り、予定の半分しかお話をすることができなかった。中途半端になってしまい、申し訳けないことをした。

 

お話できなかった残りの半分は、

日本基督教団の復興・支援計画、現在の状況。そして、障がいをかかえた方々の現状と教会の役割。その2点である。

前者については教団のホームページで知ることができる。後者についての要点は、障がいをかかえた方々の身の置き所について配慮が必要であるということと、教会の日常を取り戻すことが大事だと思っているということである。