廬州李氏宅

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今秋、台湾に行く機会がありました。空き時間に台北からMRTに乗って廬州というところに行き李氏宅古蹟を見物しました。19世紀末から20世紀初頭に福建省から台湾に移り住んだ一族の家で、再建され公開されています。一階建てに見えますが、内部は二階構造になっています。農業で栄えた家ですね。

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「想い出が、無くなったよ」

13年前のこと、友人のYくんから電話で「思い出が、無くなったよ」と連絡がありました。夜遅く、渋谷にいて何のことか分からなかったのですが、後で、大変なことが起こったことを知りました。世界が変わりました。

「想い出」とは、その2年前にYくんを含む5人でニューヨークに行き、世界貿易センターに上ったからでした。写真はそのときのものです。

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東京で久しぶだったこと

日本、韓国、台湾の教会による協議会が東京でありました。責任の一端を担っているので3泊4日で行ってきました(まだ協議会は続いていますが、日曜日の礼拝がありますから途中で失礼して浜松に帰ってきました)。

協議会のことはさておき、東京で久しぶりに見聞きしたことがあるので、書き留めておきたいと思います。

1, 「地下鉄・中野富士見町駅」に30年ぶりに降りました。その近くに10代後半から20代後半にかけて住んでいたので、懐かしかったです。

2,「すしざんまい」でランチを食べました。Bにぎり980円。まぐろ系でまとめたランチです。懐かしい味でした。

3,たくさんの人を見、たくさんの人とすれ違いました。やっぱり人が多いですね。

4,タクシーに乗りました。(浜松ではまだ乗る機会がありませんし、乗る必要もありません。)

5,銀座で食事をしました。魚料理のコース、値段は内諸です。銀座らしい少しオシャレな店でした。(浜松ではまだオシャレな店で食事をしていません。)

6,I牧師にお会いしました。80歳近くになられるのに、早く辞めすぎたと仰っておられました。私は牧師ができるのはせいぜい70歳代前半までだろうと思っているので、驚きです。

7,台湾のS牧師に会いました。相変わらず、元気で明るい。亡くなったお父さん先生は、台湾で初めてお会いしたときに、私を「お相撲さん」と言って歓迎してくださったのですが、その血筋をひいています。今回は奥さまにもお会いすることができました。

8,台湾のR牧師にお会いしました。先月、新会堂を献堂されたそうです。10階建ての大きな教会です。今回は、土曜日に一旦帰国し、月曜日にご近所の100名のご老人方と一緒に再来日されるとか。いつものように、飛行機をチャーターして、日本観光です。台北の下町でユニークな伝道を続けてこられた先生です。

9,韓国のK長老(女性)にお会いしました。80歳を過ぎてもお元気で、日本の教育に関心がおありで、教会で青年たちの指導をなさっておられます。

10,韓国のS牧師にお会いしました。東京神学大学に留学の経験がおありで、大きな教会の牧師を最後に隠退なさいましたが、老人ホームの理事長として、まだまだ、頑張っておられます。かつてより、ほんの少し、弱っておられます。

おまけに、もう一つ。久しぶりといのではないのですが・・・初めてお会いした韓国のZ姉妹は、なんと東海教区議長の奥さま、金牧師のお母様でした。娘には内緒で来日されたとか。金牧師よりも優しいお人柄とお見受けしました。内諸です。

残念だったこと

このところ、今まで馴染みのなかった業界の方々とお付き合いせねばならなくなり、困っているところです。その話はここには書けないのです。困っているというのは、あまり役に立ちそうもない、ということと、時間配分です。牧師の仕事を知らない方々とのお付き合いだからです。

それはさておき、昨日、残念なことがありました。韓国の永楽教会で、おや、すごい、「えいらく」と入力したら「永楽教会(ヨンラク キョウヘイ)」が変換候補の一番にあらわれました、その永楽教会で行なわれた国際フォーラムで知り合いになったベトナムの牧師先生が成田経由でアメリカに行かれたようです。私のことを思い出してくださって、成田空港からFacebookで「会いたい」と連絡してくれました。ところがそれに気づいたのは、飛行機の離陸2時間前。さすがに間に合いません。こんかいは、そういうことで残念でした。

ベトナムには一度行ったことがありますが、いつか、この先生の教会を訪ねてみたいと思っています。

特定秘密保護法

本日の朝日新聞に4党が合意して衆議院を通過した「特定秘密保護法」の全文が掲載されていた。

国家と国民の安全のために秘密を必須とする(特定な)情報が漏えいされないように、特定秘密の指定と取扱者の制限、また、関連して必要な事項を定める法律である。素人には分かりにくいところがあるということと、当然、法律の解釈とその範囲、また実際の適用という問題が取扱者に委ねられることになるので、拡大解釈への不安が広く懸念されている。

グローバリゼーションという観点から考えると、国境の壁が低くなり、人と物の自由な行き来がさらに増大する状況のもとで、社会が民主的でありつつ安全と安定が確保されるという課題に直面していると言えよう。そのために市民社会のはたすべき役割が増大し、国家が担うことは相対的に小さくなるのである。しかし、国家が果たさなければならない役割は決して粗末なものではない。ある種、高度なものと言えよう。そのために、適切な情報管理が必要であるということは理解できる。

問題は、法運用の有り様である。わたしは運用の仕方如何によって、日本という国の存亡が決まっていくと思う。培われてきたこの国の民主主義の真価が問われると言ってもよいであろう。国会の議論はこの点から十分な評価を得ることができるようなものであるか、まず、真価が問われている。

飛行機の到着時間

ターミナルに着いた時ではなくて、空港に着陸した時が、到着時間だと聞いたことがある。たぶん空港の掲示板に表示される到着予定時間というのは、それだと思う。

しかし、〇〇便がただいま到着いたしました、とアナウンスされる到着とは、どうもターミナルに着いたという知らせのように思った。

たいした問題ではないが、そんな感じがしたので書いてみた。

高齢者には冬の到来か

T大学病院で医師をしている甥が、都会に住む高齢者には厳しい時代が来ると言っていた。病床が不足するという(病床だけのことではなさそう。医療や介護の態勢全般のことのようだ)。団塊の世代のことが考えられているのだろう。その世代のために病床を増やすわけにはいかないからだとか。

それは、介護保険を用いて自宅で最後をむかえたT姉妹(生涯独身だった)のことを紹介して、自分の思いが、ささやかだが実現し、最後をむかえるということが命の質を考えるとき大事だと話したときのこと。今後はそうはいかないだろうと言って甥が話してくれた。

老後をどうすごすか、また、どのような社会的な施策が必要なのか、考えなければならない時代が迫っているようだ。地方に移り住む高齢者が増えるかもしれない・・・・

書こうか書くまいか、迷っていること

オリンピック誘致に関連してNYTインタビュー発言が問題になりました。いろいろなことを考えさせられます。わたしは牧師ですから、あの発言の背景となっている日本文化寛容論に着目します。日本の知識人と呼ばれる方々でも平気で口にする独りよがりです。

ところで、キリスト教には神学という批判的学が存在します。批判とは事柄の本質に迫るための一つの機能ですが、その神学を不可欠としているということが肝要です。そして、それは聖書の中に最初から見られます。たとえば、福音書に取り上げられているヘトロをはじめとする弟子たちへの批判記事です。あれを辺境のガラテヤという視点でエルサレム教会が批判されているのだということを言って話題になった聖書学者がいましたが、そんな浅薄なものではありません。神学的機能が働いているのです。いずれにせよ、その批判的学にもっと注目して良いと思います。

最初の問題にもどりますが、日本の知識人と呼ばれる方々にも神学に触れてもらいたいと思うのです。イスラムに対しても同様です。無批判に日本文化寛容論を誇る方々は国際的には通用しないでしょう。

それで、書こうか書くまいか迷っていることですが、アベノミクスについてなのです。なんだか飛躍した話だと感じられるかもしれませんが、もしそれが独りよがりの思想を背景としているとしたら厄介なことだなと思うのです。

「ハリポタ」スタジオならぬ「ハリボテ」ホテル

BINGニュースに、英国王子夫妻がロンドン郊外にある「ハリポタ」スタジオを訪問したという記事が、笑顔の夫妻の写真と一緒に、載っていた。

同じBINGニュースに平壌の「ハリボテ」ホテルのことを紹介していた。ピラミッド型のあの有名なビルディングのこと。ホテル運営に参入予定であった外資が撤退したという話。経済は救いようのない状況だという。

そういえば、中国が朝鮮半島の統一を容認せざるをえないところまできている、という観測を誰かから聞いたがそうなのかもしれないなあと思わされた。

生産戦略

という言葉を聞いた。NHKBS放送のアベノミクスをめぐるグローバル・リベートでのこと。どこの国の人だったか、日本が取り組むべきことは経済成長戦略ではなく生産政略ではないか、と。経済成長には生産戦略が不可欠で、生産の質を高めることが必要だと言っておられた。

わたしは経済のことは良く分からないが、生産戦略がという指摘に共感した。新しい質の高い旺盛な物づくりへと向かう精神と環境が求められる。と、偉そうなことを書いているが、わが業界はどうなのか・・・・・

地下鉄の光化門駅近くのモーテル

4階の部屋は悪くなかった。前回は3階の部屋に泊まったが内装のせいだろうか落ち着かなかった。今回の部屋はテレビ画面も大きく、ゆったり過ごせた。このモーテルの良いところは、融通がきくということである。チェックアウトも決まりがあるようで無い。交渉次第だ。

なぜか、どの部屋にもPCが置いてあり、ネットも自由に使える。タブレットを持参していたので不要であったが、有るというのは良いことだ。そうそう、ソウルのwifi環境が変化している。わたしの行動範囲内のことだがiptimeというwifiを自由に使うことができた。今後は、ローミングサービスやレンタル機器の必要がなくなるかもしれない。

なんら変わらないように見えた

着いたその日、最後通告なるものが北朝鮮から発せらえたようだ。韓国の超保守派の人たちの行動に対する牽制ではばいかと。

さて、ソウルにはなんら変化がないように見えた。ファイナンスセンターで食事をしようと行ってみたが、週末でもないのに、いつものように混んでいたし、戦争がおきると思っていないのだおう。ただ、海外からの投資が止まりぎみのようで、円安とともに経済への影響が案じられている。

今回は、魚料理を食べる機会が多かった。庶民的な店だったが、サバの専門店で、なぜがマグロを食べた。マグロは赤身よりも脂身が好まれているのだろか、少しきつかった。隣のおば様方が食べていたサバのほうがあっさりしているように見えた。ロッテホテル近くの刺身店では白身の魚と貝の蒸し鍋を腹いっぱい食べた。マッコリと焼酎を飲んで良い気分になった。

いつもと変わらないソウルだった。

 

何か起こすだろうなあ

駄々っ子のように威嚇を繰り返す北朝鮮だが、何か事を起こさないと、振り上げた手を下せないなだろうなあ。何をするだろう。

大小複数のミサイル発射などが予想されるが、その程度で収まるのだろうか。原子爆弾保有国として認知され、その上で国際社会、ことに米国と交渉したいのであろうが、そのようになるかどうかは別として、自国の交渉価値(値段)を一生懸命に高めようとしているのだろう。その筋でしか前に進めないとしたら、いつになるか分からないが、武力衝突は避けらえないだろう。不幸なことだ。

ドイツから帰ってくる人もれば、いく人も

留学から帰ってくるU氏、Nさん、お帰りなさい。これから行くAさん、元気で頑張ってください。若い人はいいなあ。いろいろトライできて。私の若い頃とはずいぶん違う。経済も許されなかったし。1ドル365円だったし。それだけではないが・・・・・

若い人はどしどし海外に行って欲しい。グローバル化の時代によく対応してもらいたい。そうしたら日本人も変わるかもしれない。

ダブルブッキング

17日の日曜日はダブルブッキンング・デーだった。
日曜婦人会の予定が決まっていたのに、聖徒教会の講演を引き受けてしまっていたのだ。
主日礼拝が終わると日曜婦人会でお話をして、尻切れトンボの話で申し訳なかったが、慌てて聖徒教会へ。玄関で松井牧師が心配そうに待っていてくださった。そこでは予定より長い話になってしまった。

ちなみに日曜婦人会は預言者マラキがテーマで、聖徒教会では韓国教会についてであった。

韓国教会の歴史を少し調べて、自分の見聞したこととあわせてお話した。意外と指摘されることがないのだが、韓国教会の歴史において重要な働きをしてきたのは教育だと思う。その話はいつか書きたいと思っている。

東北ヘルプの二人

先月、東北ヘルプのお二人が訪ねてこられた。東北ヘルプとは福音派の方々がおもに奉仕しておられ、大震災後の救援・復興活動にあたっておられる。

お二人は教団の牧師で、放射能被害対策に力を注いでおられ、希望者に対して農作物などを測定し、適切に対処してもらうようにと働いている。測定結果は対象者のみに知らせ公表はしない。それが東北ヘルプの姿勢のようである。

なんでも、今月、ソウルで福音派のグループで両国教会の交流があるらしく、その話をしにきてくれたのであった。

ナーバスな問題もあり、簡単ではないが、渡韓の目的が達成されるように祈っている。

キムパップのモダンなチェーン店School Food

ソウルに行くと必ず会ってくれるセムナン教会の青年たちに連れて行ってもらった。オシャレな喫茶店といった感じの店で、新しい感覚のキムパップ(韓国のり巻き)とサイドメニューが。
School Foodという店名は、もともとは女子校の近くで営業を始めて人気を得たことに由来するそうだ。キムパップといえば、かつては屋台や大衆的な軽食屋さんのようなところで食べたいものだが、今は、オシャレが必要条件になっているということなのだろう。

ナ・イルソン延世大学名誉教授と

昨年末のソウル訪問中にナ名誉教授と会食する機会を得た。同名誉教授は韓国において天文学を牽引して来られた方で、セムナン教会の元老長老。1960年頃にアメリカに留学して博士号を取得され、かの地の長老教会で長老も務められた。
一昨年の秋だったと思うが鳥居坂教会の礼拝に一度出席しておられる。その時、天文学者で学士院院長も務められた藤田良雄東大名誉教授教授が当教会員であることを知り、それ以来、親しみを持ってくださっている。藤田兄が学士院院長時に訪韓した際、ナ・イルソン兄の家を訪ねておられる。

さて、今年(2013年)3月2日にテレビ神奈川と韓国KSBの共同制作による作品「希望の翼〜あの時、ぼくらは13歳だった」が放送される。これは、ナ名誉教授と元テレビ神奈川プロデューサーの寒河江(さかえ)正氏との実録友情ドラマで、大山勝美プロデューサー監督を務めている。寒河 江さん役を国広富之が演じる。
戦時中の朝鮮で育まれた友情と41年後のドラマチックな再会がその内容で、同ドラマは8月15日に韓国でも放映予定と言う。未来思考による企画となると言う。

http://www.tvk-yokohama.com/tsubasa/index.html

セムナン教会は21世紀に入って日本の教会との関係を変更してパートナーシップを発揮してくださるようになった。east21asiaなどの日韓青年交流もその結果として生まれたとも言えよう。ナ長老はこれを決定した同教会の長老会の一員であられた。

ソウルの地下鉄の中

ソウルに来ています。31日までの4泊5日です。今日は暖かな日だったようです。もちろん、東京よりは寒いです。思い切って防寒してきたので、汗だくです。
さて、ソウルの地下鉄に乗って、気がついたことを。スマートフォンでなにやら楽しんでいる人が多くなったような気がします。東京も同じですが、年配のオバさまたちも頑張っているというところが、ちょっと違うところです。
また、iPadやiPadmini、ゲーム機はまったく見ませんでした。私はiPadを地下鉄の中でも使いましたが、違和感を周りに与えたようです。思い過ごしか・・・
Gallaxy Noteが目立ちましたね。

変化していたこと

バイクが少なくなっている。MRTの路線が増えている(はず)。士林夜市がリニューアルしている。淡水では川沿いの整備が進んでいる。電気街が低調気味に。ある業界への取り締まりが緩和している。松山空港の国際線がにぎやかになっている(羽田と同様)。中華電信sim購入に際して身分証明はパスポートだけとなっている。
友人の台湾人牧師は物価が上がり、賃金が抑えられ、教会の献金が少なくなっている、と教えてくれた。
変化の深層はいかに?

あらためて分かったこと

台北駅近くのコーヒーショップに入った。昼の12時過ぎ、お年寄りでいっぱい。しかも、70,80歳前後の男性。グループで来ている。
メガネをかけている人が殆どいない。 目が良いのだろう、小さな文字で書かれているペーパーを回し読みしながら、盛んに議論をしているグループも。議論というより、会話を楽しんでいるという感じだ。実に良くしゃべりなさる。しかも大きな声で、休む間なく。
あらためてわかったこと。台湾のお年寄りは目が良い。男性はおしゃべりだ、ということ。
それにしても、おばあさんたちは何をなさっているのだろう?

ソウルでの宣教委員会

10月1~3日、日本基督教団宣教委員会は「グローバル化と宣教」をテーマに、韓国ソウルで委員会を開催しました。

韓国の教会は世界各地に2万人の宣教師を派遣しており、昨年アメリカ合衆国を越えて世界第一の宣教師派遣国となったようです。

宣教委員会はセムナン教会でイ・スヨン牧師より、宣教師を派遣している7ヶ国での働きにすいてお話しをうかがい、長老会神学大学院では宣教学の韓国一教授より「グローバル化の時代における宣教」というテーマでお話しを伺い、協議をすることができました。

ナグネ(大山和至)宣教師が今年から長老会神学大学院に奉職しておられ、韓国の中心的な教会や神学大学との交流が生まれていることは感謝です。

なお、ナグネ宣教師を支えるために後援会ができています。

http://dendonet.info/nagunekai/

開会式と閉会式

開会式の演出は、興味深かったです。イギリスの歴史、それは近代化の歴史そのものと言っても良いでしょうが、その歴史を辿りながら、オリンピック精神を表現していました。

オリンピックを手放しで賞賛するわけではありませんが、確かに、スポーツを通して互いに理解を深め、尊像しあうということが養われると思います。

エンターテイメントを楽しんだ人も多いと思います。イギリスらしいと言えば、そうでしょうが、これを見せられてしまうと、今後の開催国は大変でしょうね。

久しぶりの総武線

総武線に乗ることはめったにない。おそらく、市川方面に用事がないからだろう。
千葉には車で行くし、船橋には東西線を使う。
今日は市川に行く。正確には本八幡。
行き方はいろいろあるが乗り換えの少ない総武線に決めた。

静かな東京も明日で終わり

GWはどこにも出かけない。東京が静かになるからだ。とくに六本木は閑散とする。
都内、ことに山手線内は交通量も少なくなり、自動車での移動がきもちがよい。渋滞がなくて、快適に運転すると、都区内ってこんなに狭かったのかと知らされる。
この静けさも明日で終わりなので、夕方から少しだけドライブでもしよう。

スイスを思い出す

昨夜、渋谷ののんべい横丁で同席した外国人はスイスの人たちだった。ベルンから来たようで、スイス訛りのドイツ語で話していた。
いつの間にか、私はスイスの思い出にふけったのであった。スイスにまた行きたいなあ。

新ワールド・トレードセンタービル

建設中の新ビルがエンパイヤーを抜いたというニュースが。
9/11のあの夜、Y君から「思い出の場所がなくなったぞ」という電話をもらって、「冗談言うなよ」と言ったのを思い出す。渋谷で飲んでいたので、何が起こったのかわからなかったからだ。
あの日以来、世界が変わった。新ビルはアメリカの自信回復の象徴と言われる。そうなのだろう。完成したらY君と行ってみようと思う。

高速バス事故

ゴールデンウィークの悲しい出来事でした。辛い経験をなさったおられる方々に慰めを祈ります。

ところで、「ねむってしまった」というのは他人事ではない。今は、そんなことはないが、10年前まではうとうと運転をよくしていた。自己診断だが、わたしの場合は、無呼吸症気味だったのが原因だと思う。睡眠の仕方を工夫して改善されているのでご安心ください。

今回の事故は運転スケジュールの過酷さが背景にあるのではないかと言われている。バス会社の経営の厳しさ、価格競争の激しさが推測される。無理して働いている運転者さんも多々あることだろう。

これにはグローバル化も関係しているだろう。思い出すのは数年前のハンギリム讃美隊(ソウル・セムナン教会)来日のときのことだ。先方はソウルの観光会社と契約して日本でのバス移動を手配した。費用を聞いてびっくりするほど安かったということを思い出す。

ソウルの観光会社が契約した日本のバス会社(旅行業者ではなく、たぶんバス会社だと思う)だが、スケジュール確認のために連絡を入れても連絡がしにくかった。昼間はほとんどつながらず(電話に出ない)、やっと連絡がとれたのは夜だった。運転手さんたちがバスを動かしながら運営しているのかもしれない、と想像したのを思い出す。