かつて2月4日に起こった出来事

1976年2月4日|グアテマラ地震(M7.5)

1976年2月4日未明、グアテマラをM7.5の地震が襲いました。震源はモタグア断層(横ずれ)で、浅い深さで広い区間が破壊され、死者は2万人を超える規模に達しました。

科学的に重いのは、単に「大きかった」からではなく、断層破壊の長さ・浅さ・建物脆弱性(とくにアドベ構造)が重なって、災害が“地震動”の問題から“社会構造”の問題へ拡張して見えてしまった点です。

この地震は、その後の中米地域の活断層評価・地盤と建築の研究・防災計画に、長い参照点として残り続けています。

1978年2月4日|「きょっこう(KYOKKO / EXOS-A)」打ち上げ

1978年2月4日、日本は科学衛星KYOKKO(EXOS-A)を打ち上げました。目的は、宇宙空間のプラズマ密度・温度・組成、そしてオーロラ粒子(電子)のエネルギー分布などの観測で、国際共同研究(IMS)とも接続する設計でした。

ここで起きたのは、「宇宙へ行った」ではなく、地球周辺宇宙(電離圏〜磁気圏)を“測れる環境”として扱う態度が、衛星というかたちで定着したことです。

目に見えるオーロラの背後に、見えにくい電磁気と粒子の世界が広がっている――その“背後”を、観測で押さえにいった出来事でした。

2008年2月4日|イランのロケット打ち上げ(衛星開発へ向かう実証)

2008年2月4日、イランは宇宙開発計画の一環としてロケットの打ち上げを行い、衛星打ち上げへ向けた実証段階を強調しました。国際的にも関心が集まり、「宇宙技術」が純粋な科学技術の話に留まらず、安全保障・外交・情報と絡み合う現実が前面に出ます。

科学史の観点では、ここは「是非」の議論よりも、むしろ——

ロケット技術が観測・通信を可能にする一方で 同じ技術基盤が、社会の緊張も生む という、科学の二重性が日付として刻まれた出来事だと言えるかもしれません。

かつて2月3日に起こった出来事

1966年齢2月3日、ルナ9号は月面に制御着陸(soft landing)し、さらに月面画像を送信しました。ここで起きたのは「到達」ではなく、壊さずに“降り立つ”技術の成立です。

当時は月面が「深い粉塵で沈むのでは」という不安すらあり、軟着陸の成功は、月を“観測対象”から“踏める地面”へと変えていきました。

1994年2月3日|STS-60打ち上げ、宇宙開発が“協力の技術”に向かう

2月3日に打ち上げられたSTS-60は、シャトル・ミール計画の端緒として位置づけられ、ロシア宇宙飛行士セルゲイ・クリカリョフが米シャトル初搭乗となりました。

また、Wake Shield Facilityなどの実験も搭載され、宇宙を「到達競争」だけでなく、材料科学・微小重力研究の実験場として使い切ろうとする方向性も強く表れています。

1893年2月3日|ガストン・ジュリア誕生、見えない“反復”が形を持つ

2月3日生まれのガストン・ジュリアは、複素関数の反復から現れる境界の集合(ジュリア集合)をめぐる研究で、**複素力学(holomorphic dynamics)**の礎を築いた人物です。

のちにマンデルブロがこの系譜を可視化して「フラクタル」の言語へ広げ、数学が“抽象のまま”ではなく、目に見える形として世界に現れる回路を作りました。

かつて2月2日に起こった出来事

以下、2月2日に起こった(またはその日に確定した)科学・技術史の重要出来事を、分野をずらして3件まとめます。

1935年2月2日|ポリグラフが裁判の現場へ

ポリグラフ(心拍・呼吸・皮膚電気反応などの同時記録)を用いた検査が、捜査と法廷の場で「事件の決め手」のように扱われ、社会的注目を集めた最初期の出来事として語られます。共同発明者レオナルド・キーラーの運用が、当時の事件捜査と結びつき、「技術が司法に入り込む」入口になりました。

ただ、ここが肝心で、ポリグラフは最初から「真理の機械」ではありませんでした。

測っているのは“嘘”そのものではなく、緊張・恐怖・ためらいなどの生理反応です。つまり、科学技術としては早い段階から、

測定可能なもの(生理反応) 解釈が必要なもの(虚偽・意図) の間に、埋まらない隙間があることも同時に露出しました。

1950年2月2日|核スパイ事件:クラウス・フックス逮捕

マンハッタン計画にも関わった理論物理学者クラウス・フックスが逮捕され、ソ連への核関連情報提供が捜査・外交の中心課題として表面化します。ここで起きたのは、単なる「一人の逮捕」ではなく、科学が国家の安全保障と直結する時代の、冷たい確定でした。

科学史的に大きいのは、核技術が

研究成果(知の共有) 国家機密(知の囲い込み) の狭間で引き裂かれ、「科学の倫理」が抽象論ではなく制度と運用の問題になった点です。フックス事件は、その後の防諜体制や機密管理、そして核拡散をめぐる政治判断にも長い影を落としました。

1964年2月2日|レンジャー6号、月面に到達(ただし映像は届かず)

NASA/JPLの月探査機レンジャー6号は、1964年2月2日に**予定どおり月面へ到達(衝突)**しました。ところが肝心のTVカメラ系が作動せず、期待された近接画像は得られませんでした。

この出来事が「失敗」として終わらないのは、むしろここからです。

月へ正確に到達する誘導・航法・通信 機器故障の原因究明(電源系の短絡などの解析) 次機(レンジャー7以降)での設計・手順の改善

こうした積み重ねが、のちの月面撮像成功、さらにアポロ計画を支える「当たり前の精度」へ接続していきます。月は、神話の対象から、工学で“到達して検証する”対象へと、確実に変わっていきました。

かつて2月1日に起こった出来事

2月1日は、科学が「前へ進む」だけでなく、進み方そのものを問い直す出来事も重なっている日です。ここでは分野の異なる3件を選び、背景と意味を添えてまとめます。

1958年2月1日|人工衛星「エクスプローラー1号」打ち上げ成功

アメリカ初の人工衛星「Explorer 1」は、2月1日(GMT)に軌道投入に成功します(米東部時間では1月31日夜)。

ここで重要なのは「初成功」という記録だけではなく、衛星が“測定の道具”として宇宙に持ち込まれた点でした。搭載機器のデータから、地球周辺の強い放射線帯(ヴァン・アレン帯)が見いだされ、宇宙は「空っぽの外側」ではなく、環境を持つ空間として理解され始めます。

以後の有人飛行・通信衛星・観測衛星の設計に、「宇宙天気」「放射線」「軌道上環境」という視点が必須になっていきました。

1946年2月1日|ENIACの報道向け発表(“計算機”が社会に姿を現す)

ENIACはしばしば「2月14日の公開」で語られますが、2月1日に**記者会見(press conference)**が行われた、と記録されています。

この出来事の重みは、「計算」が研究室や手計算の延長ではなく、電子回路によって機械化されるという転換が、社会へ向けて言語化されたところにあります。

ただし、一般に大きく報じられたのは2月14日前後の“公開”で、政府の発表やデモが「計算の時代が変わる」空気を広げました。

つまり2月1日は、完成した機械の性能以上に、「計算を公共の技術として扱う」入口になった日、とも言えます。

2003年2月1日|スペースシャトル・コロンビア号空中分解事故

コロンビア号は帰還(再突入)中に空中分解し、7名の乗員が犠牲となりました。

原因として指摘されたのは、打ち上げ時に外部燃料タンク由来の破片が左翼前縁を損傷し、その損傷が再突入時に致命傷となったことです。

この事故が残した科学技術史的な影響は、技術的対策(熱防護材や点検方法)だけでなく、

兆候の解釈 組織内の意思決定 不確実性の扱い といった、安全工学・ヒューマンファクターの側面が「宇宙開発の中核」になった点にあります。宇宙は、性能競争だけでは渡れない、という現実が改めて刻まれました。

必要なら、今日の3件もこれまでと同じ流れで

各1枚の横長水彩イラスト にして揃えられます。どれから描きましょうか。