“Quod si vexantur leges ac iura, citari ante omnes debet Scantinia. Respice primum et scrutare viros; faciunt hi plura, sed illos defendit numerus iunctaeque umbone phalanges.”
「しかし、もし法律や掟が軽視されるならば、スカンティニア法が何よりも先に引用されるべきである。まず最初に男たちを見て調べよ。彼らはより多くの悪事を働くが、彼らを守っているのは数の多さと盾で結束した集団である。」
文法的解釈:
- “Quod si vexantur leges ac iura” = 「しかし、もし法律や掟が軽視されるならば」
- “citari ante omnes debet Scantinia” = 「スカンティニア法が何よりも先に引用されるべきである」
- “Respice primum et scrutare viros” = 「まず最初に男たちを見て調べよ」
- “faciunt hi plura” = 「彼らはより多くの(悪事を)働く」
- “sed illos defendit numerus iunctaeque umbone phalanges” = 「しかし彼らを守っているのは数の多さと盾で結束した集団である」
※この詩文はユウェナリスの『風刺詩』第2巻からの引用で、同性愛行為を規制するスカンティニア法と社会の偽善について批判している。
詩の解説
この詩はローマの詩人ユウェナリス(Juvenalis)の『風刺詩』(Saturae)第2巻からの引用で、当時のローマ社会における性的道徳と法律の適用に関する偽善を鋭く批判しています。
歴史的背景
スカンティニア法(Lex Scantinia)は紀元前149年頃に制定された法律で、ローマ市民の男性間の同性愛行為、特に上流階級の男性が受動的役割を担うことを禁止・処罰するものでした。この法律は特に若い自由民の少年を性的対象とすることを規制していました。
詩の主題と批判
この詩の中でユウェナリスは、法律が不平等に適用されている状況を批判しています。彼は特に以下の点を指摘しています:
- 男性の同性愛行為者たちは女性よりも多くの「悪事」を働いているにもかかわらず、彼らの数が多いことと集団で団結していることによって処罰を免れている
- スカンティニア法のような法律が存在するにもかかわらず、実際には適切に執行されていない
- 社会の道徳的堕落に対する懸念と、表面的な道徳の裏に隠された偽善の存在
レトリックと表現
詩の中では軍事的な表現(「盾で結束した集団」「方陣」など)を用いて、彼らが互いを守り合う様子を描写しています。これはローマの軍事用語を巧みに用いた比喩であり、同性愛者たちが社会的批判から身を守るために団結している様子を表現しています。
現代的解釈
この詩は古代ローマ社会における性的規範と法の執行における二重基準を批判したものですが、現代においても法律の平等適用や社会的偽善に関する議論に通じる要素を含んでいます。ユウェナリスの風刺は、社会の表層の下に潜む矛盾を暴き出す鋭い観察眼を示しています。
詩の社会的・文化的背景
この詩が書かれた紀元1世紀末から2世紀初頭のローマ帝国は、外見上の道徳的厳格さと実際の性的慣行の間に大きな乖離があった時代でした。
ローマの性的規範と階級構造
古代ローマ社会では、性的関係は支配と被支配の関係として理解されていました。男性市民が能動的役割(penetrator)を担うことは受け入れられていましたが、受動的役割を担うことは「女性化」とみなされ、市民男性の尊厳を損なうものとされていました。
このため、奴隷や非市民に対する性的行為は比較的寛容に扱われる一方で、自由民の少年や他の市民男性を対象とする行為は法的・社会的な非難の対象となりました。スカンティニア法はこうした背景から制定されたものです。
帝政期の道徳改革と現実
アウグストゥス帝の時代(紀元前27年-紀元14年)以降、ローマでは一連の道徳改革法が制定され、伝統的なローマの家族的価値観の復興が試みられました。しかし、ユウェナリスの風刺が示すように、これらの法律は実際にはしばしば形骸化し、エリート層は自らの行動に対して寛容である一方、他者、特に社会的弱者や女性に対しては厳格な道徳基準を適用するという二重基準が存在していました。
男性売春の存在
ローマ社会では男性売春婦(exoleti)も存在しており、特に若い男性が富裕層の顧客のために性的サービスを提供していました。この詩の中でユウェナリスが批判しているのは、こうした行為に対する法的規制が実効性を持たず、男性間の同性愛行為が事実上黙認されている状況です。
風刺文学の伝統
ユウェナリスの風刺は、ローマの風刺文学の伝統に連なるものです。風刺詩人は社会の矛盾や偽善を暴き出し、時に過激な表現を用いて読者に衝撃を与えることで、道徳的・社会的改革を促そうとしました。この詩もそうした意図で書かれており、表面的な道徳性と実際の行動の乖離を鋭く指摘しています。
ユウェナリスの風刺は、単なる同性愛批判ではなく、むしろ社会的エリートの偽善と、法の下の不平等を批判する政治的・社会的コメンタリーとして理解すべきものです。