Nuper erat medicus, nunc est vispillo Diaulus:
quod vispillo facit, fecerat et medicus.
これは古代ローマの詩人マルティアリス(Marcus Valerius Martialis, 40-104年頃)の『エピグラム集』(Epigrammata)第1巻第47番の作品です。
翻訳と文法解釈:
第1行: “Nuper erat medicus, nunc est vispillo Diaulus:”
- 「つい最近まで医者だったディアウルスは、今や死体運び人だ」
- nuper = 副詞「最近、つい先頃」
- erat = 3人称単数過去「であった」
- medicus = 「医者」
- nunc = 副詞「今」
- est = 3人称単数現在「である」
- vispillo = 「死体運び人、葬儀屋」(当時の下級職業)
- Diaulus = 人名「ディアウルス」(ギリシア系の名前)
第2行: “quod vispillo facit, fecerat et medicus.”
- 「死体運び人がすることを、医者の時もしていた」
- quod = 関係代名詞「~すること」
- vispillo = 奪格「死体運び人として」
- facit = 3人称単数現在「する」
- fecerat = 3人称単数過去完了「していた」
- et = 副詞「~もまた」
- medicus = 「医者として」
作者と作品解説:
この作品はマルティアリスの代表的なエピグラムで、彼の鋭い社会風刺の典型例です。マルティアリスは1世紀後半のローマで活動したスペイン出身の詩人で、日常生活の人物や出来事を機知に富んだ短詩で描写することで知られています。
文学的技法と効果:
この詩の妙味は、表面的には職業の転換を述べているように見えながら、実際には「どちらの職業でも人を死なせている」という辛辣な皮肉を込めている点にあります。医者と死体運び人という一見対照的な職業が、実は同じ結果をもたらしているという逆説的な構造になっています。
社会的背景:
当時のローマでは医療技術が未発達で、医者の治療が効果的でない場合が多く、むしろ有害な場合もありました。特にギリシア系の医者に対する不信感も社会にありました。マルティアリスはこうした社会の実情を鋭く観察し、ブラックユーモアで表現しています。
この種の職業風刺は、マルティアリスの得意とする分野で、ローマ社会の様々な職業や階層の人々を対象とした類似の作品が多数存在します。
文化的背景
マルティアリスのこの詩の文化的背景について詳しく説明します。
ローマ社会における医療の実情
古代ローマでは医学は主にギリシア人の専門領域でした。多くの医者は奴隷や解放奴隷出身のギリシア人で、ローマ市民からは「外国人の職業」として見下される傾向がありました。医療技術は限られており、外科手術は危険で、薬草療法も効果が不確実でした。特に富裕層の間では、医者の無能さや強欲さへの不満が強く、「医者は病人を殺す」という偏見が広く存在していました。
死体運び人(vispillo)の社会的地位
Vispilloは死体を墓地まで運ぶ職業で、社会の最底辺に位置していました。ローマでは死体に触れることは宗教的に「穢れ」とされ、この職業は軽蔑の対象でした。しかし同時に、都市の衛生管理には不可欠な職業でもありました。通常は貧困層や奴隷が従事し、社会的地位は極めて低いものでした。
ギリシア系住民への偏見
「ディアウルス」というギリシア系の名前の使用は偶然ではありません。ローマ人はギリシア文化を尊敬する一方で、ギリシア人個人に対しては複雑な感情を抱いていました。特に医者、教師、哲学者などの知識職に就くギリシア人に対して、「理論ばかりで実用性に欠ける」「信頼できない」という固定観念がありました。
エピグラムの社会的機能
マルティアリスの時代(1世紀後半)、エピグラムは社会批評の重要な手段でした。直接的な政治批判は危険でしたが、日常生活の人物や職業を風刺することで、社会の矛盾や問題点を間接的に指摘できました。この詩も、医療制度の問題を個人攻撃の形で表現したものです。
都市ローマの日常生活
1世紀のローマは人口100万人を超える大都市で、様々な職業が混在していました。医者から死体運び人まで、多様な職業が存在し、それぞれに社会的ヒエラルキーがありました。マルティアリスはこうした都市生活の現実を鋭く観察し、詩作の素材としました。
死生観と宗教的背景
ローマ人にとって死は日常的な現実でした。高い乳児死亡率、疫病、戦争などにより、死は身近な存在でした。同時に、死体への接触は宗教的タブーでもありました。この詩は、こうした死に対する複雑な感情を背景としています。
文学的パトロネージュ制度
マルティアリスは皇帝ドミティアヌスの治世下で活動し、貴族のパトロンに依存していました。この種の風刺詩は、パトロンや読者の娯楽として機能し、社会の共通認識を確認する役割も果たしていました。
修辞学の伝統
この詩の構造(対比、逆説、簡潔な結論)は、ローマの修辞学教育の成果でもあります。効果的な論証技法が詩作にも応用され、読者に強い印象を与える作品が生まれました。