エピグラムと古代ローマ CⅩⅩⅣ

“Quid quod latrones nemo timet nisi pauper?

Toga rara, tunica est vilior alba toga.”

この詩句はユウェナリス(Juvenalis)の『諷刺詩集』第3巻(3.183-184行目)からの引用です。

文法的解釈と翻訳

“Quid quod latrones nemo timet nisi pauper?”

  • Quid quod: 「さらに言えば」「その上」(疑問詞quidの感嘆用法)
  • latrones: 「盗賊たち」(主格複数)
  • nemo: 「誰も〜ない」(主語)
  • timet: 「恐れる」(3人称単数現在)
  • nisi: 「〜以外は」「〜でなければ」
  • pauper: 「貧しい者」(主格単数)

“Toga rara, tunica est vilior alba toga.”

  • Toga rara: 「トーガは稀である」(主語+述語形容詞)
  • tunica est vilior: 「トゥニカの方がより安い」(比較級)
  • alba toga: 「白いトーガより」(比較の対象、奪格)

翻訳: 「さらに言えば、盗賊を恐れるのは貧者だけではないか? トーガは稀で、トゥニカは白いトーガより安価である。」

詩の解釈

この詩句は、ローマ社会における皮肉な現実を鋭く指摘しています。盗賊が狙うのは貧しい人々であり、富裕層は安全な場所にいるか、十分な護衛を持っているため襲われる心配がないという社会の不平等を描いています。

第二行は服装による階級差を表現しています。正式なローマ市民権の象徴である白いトーガは高価で、庶民は日常的に安価なトゥニカを着用していました。トーガが「稀」というのは、経済的理由で着用できない人が多いことを示唆しています。

文化的背景

ユウェナリスの諷刺詩

ユウェナリス(60頃-140年頃)は帝政ローマ期の諷刺詩人で、都市ローマの社会問題を痛烈に批判しました。第3巻は特に都市生活の困難さを描いており、この箇所は友人ウンブリキウスがローマを離れる理由を語る文脈で現れます。

社会的格差の表現

  • 治安問題: 帝政期のローマでは夜間の治安が悪化しており、特に貧困層が犯罪の被害者となりやすかった
  • 服装による階級表示: トーガは正式な公的場面での必須アイテムでしたが、高価で手入れが大変なため、日常的には富裕層しか着用できませんでした
  • 経済格差: この対比は、表面的な服装の違いが実際の経済力と社会的地位の差を反映していることを示しています

文学的技法

ユウェナリスは修辞疑問文と具体的な物質的対比を用いて、読者に社会の矛盾を強く印象づけています。この技法は後の諷刺文学にも大きな影響を与えました。

この詩句は、古代ローマの社会問題が現代にも通じる普遍的な不平等の問題であることを示す、優れた社会批評として読むことができます。