Quod te nomine dicat oppidorum,
libertus puto, Matho, vocari.
この詩句はマルティアリス(Martialis, 40-104年頃)のエピグラム第1巻第100番からの引用です。
文法的解釈と翻訳:
Quod te nomine dicat oppidorum,libertus puto, Matho, vocari.
- Quod = 接続詞「~ということを」(対象節を導く)
- te = 対格、主語「君を」
- nomine oppidorum = 奪格「諸都市の名前で」(oppidorum = oppidum「町、都市」の属格複数)
- dicat = dico の接続法現在3人称単数「呼ぶと言う」
- libertus = 主格「解放奴隷が」
- puto = 「私は思う」(主節の動詞)
- Matho = 呼格「マトよ」
- vocari = vocare の受動不定詞「呼ばれること」
翻訳: 「マトよ、君が諸都市の名前で呼ばれるということを、解放奴隷が言うのだと私は思う。」
詩の解釈と文化的背景:
この詩は古代ローマの社会階層と命名慣習を巧妙に風刺したものです。ローマ時代、解放奴隷(libertus)は自由を得た際に主人の名前を受け継ぎ、通常は主人と同じ家族名(nomen)を名乗りました。しかし、彼らの出自は依然として社会的な烙印として残りました。
マルティアリスがここで揶揄しているのは、マトという人物が自分の出自を隠そうとして、あたかも様々な都市名に由来する高貴な家系であるかのように装っていることです。古代ローマでは、地名に由来する名前(例:Corinthius, Atheniensis等)は時として名門の証とされることがありました。
しかし、マルティアリスは鋭い観察眼で、この人物の真の身分が解放奴隷であることを見抜いており、その社会的上昇への努力を皮肉っています。これは当時のローマ社会における階級意識と、新興富裕層への伝統的貴族層の複雑な感情を反映した典型的なマルティアリス風の社会批評といえるでしょう。
エピグラムというジャンル自体が、簡潔な表現の中に鋭い社会観察と機知を込める文学形式であり、この作品もその特徴を見事に体現しています。
古代ローマにおいて奴隷(servus)が解放奴隷(libertus / liberta)になる手順は、厳格な法的手続きと慣習に基づいていました。以下に、その主要な手段と流れを整理して解説します。
奴隷が解放奴隷になる手順
✅ 1. 解放(manumissio)の意味
「manumissio」はラテン語で「手から放つこと」を意味し、奴隷を自由人として法的に認める行為です。
🔑 解放の主要な方法(3つの公的手続)
① 儀式による解放(manumissio vindicta)
奴隷所有者と「仮の原告」が法廷に行き、「この者は自由である」と主張。 裁判官がそれを認めることで解放される。 最も正式な方法で、**市民権(civitas Romana)**が与えられる。
② 人名簿による解放(manumissio censu)
奴隷が**国勢調査(census)**の際、自らを自由人として登録。 主人がそれを黙認すれば解放が成立。 これも市民権が付与される。
③ 遺言による解放(manumissio testamento)
主人が遺言で「私の奴隷〇〇を解放する」と明記。 主人の死後、自動的に解放される。 遺言に書かれた場合、通常は自由市民となる。
⚖️ 非公式な解放(準解放)
④ 会食の場や公開の場での解放(manumissio inter amicos / per epistolam)
主人が友人たちの前で「この者はもう自由だ」と宣言。 書簡で通知することもある。
ただし、この場合は完全な市民権は得られないか、制限がある(Latini Junianiなどに分類)。
🎓 解放奴隷の法的地位
項目
内容
呼称
男性:libertus / 女性:liberta
元主人との関係
パトロヌス(patronus)=保護者としての地位が続く
義務
恩義の返礼(obsequium)、労働提供(operae)、ときに金銭
市民権の有無
公的手段での解放なら市民権あり(=ローマ市民に)
子どもの地位
解放奴隷の子は自由人として生まれる(ingenui)
🏛️ 社会的評価と制限
解放奴隷は社会的には一段低く見られる。 元奴隷という烙印が残るが、商売や財産取得の自由はあり。 政治参加(高位官職)は制限されるが、子孫には制限なし。
📜 参考になる文学作品の例
マルティアリス、ホラティウス、プルタルコスなどに多く描写あり。 ペトロニウス『サテュリコン』のトリマルキオは解放奴隷の典型例。