
『眠れぬローマの夜』
ルキウスはまさにローマの典型的な市民だった。彼はまじめな男であり、毎晩の夕食後、規則正しく床につくことを好んだ。だが問題があった。彼が住んでいるのはローマ中心部の小さな賃貸集合住宅、いわゆる「インスラ」であり、ここは絶え間ない騒音の嵐にさらされていた。
その夜も、ルキウスは夕食を終えると、柔らかい毛布にくるまれて心地よく横になった。
「quotiens ego dormitum coenatus, ut ordo est, dux reliquus faciam, comitumque ex more sacerdos」
(いつものように夕食を終えて眠りにつこうとすると、指揮官としても司祭としても、仲間を導く役目を果たそうとするのだが)
しかし、まさに目を閉じた瞬間、彼は不穏な響きを耳にした。ガタガタと窓が震え、外からは怒鳴り声、笑い声、そして商人たちの叫びが聞こえてきた。
「新鮮な魚だよ、新鮮な魚!」「安いワイン、飲めば一晩中陽気になれる!」
ルキウスは苛立って耳を塞ぎ、寝返りを打った。
「non mediis transitus et nos comminus urbis vapida per portam subito conpulsa fenestra」
(突然、窓が開け放たれ、街の真ん中で私たちは無防備に放り出されたようだ)
騒音はますます激しくなり、まるで市場が彼の寝室に侵入してきたかのようだった。
すると突然、強い突風が吹いて窓が勢いよく開いた。あまりの音に驚き飛び起きたルキウスは、窓辺に駆け寄り外を覗いた。そこでは市場の商人や客たちが、真夜中にも関わらず、まるで昼間のように活発に取引をしていた。
「おい、何時だと思っているんだ!」ルキウスが叫ぶと、商人の一人が愉快そうに見上げた。「ああ、真夜中だが、夜の市場は特別さ。眠っている暇なんてないよ!」
すると、別の男が突然歌い出した。「さあ、眠れないローマの市民たちよ、眠れぬ夜に魚はいかが?」周囲から笑い声が上がり、ルキウスは怒りを抑えるのに苦労した。
彼は次に近所の友人、マルクスの扉を叩いた。「マルクス、お前も眠れないだろ?なんとかこの騒音を止めないと!」しかし、扉を開けたマルクスはなぜか手にワインの杯を持ち、すでにすっかり市場の喧騒を楽しんでいた。「何を言ってるんだ、ルキウス!眠れぬ夜ほど愉快なものはないぞ!」
諦めたルキウスは部屋に戻り、頭を枕に押し付けた。しかしその瞬間、部屋の床がミシミシと音を立て始めた。彼の真下の階で誰かが宴会を始めたのだ。大声で笑い、歌い、踊り、床板を踏み鳴らす音。
ついにルキウスは自分の不運を受け入れ、渋々と衣服をまとい、階下へ降りて行った。そこでは大家の老人カエキリウスが大きなテーブルの前で笑い転げている。
「おお、ルキウス!ようやく来たか!さあ、これを飲め!夜の喧騒は嘆くものではなく、楽しむものだ!」
抵抗する気力も尽きたルキウスはワインを手に取り、しぶしぶ一口飲んだ。すると不思議なことに、あれほど耳障りだった市場の叫びや窓を叩く風の音が、まるで音楽のように楽しく響きだした。
いつの間にかルキウス自身も歌い始めていた。「新鮮な魚だよ、新鮮な魚!」その晩、ローマの騒音は彼にとって単なる邪魔者ではなく、生き生きとした街の一部であることを教えてくれた。
翌朝、やや頭痛を抱えたルキウスは笑いながらつぶやいた。「眠れぬ夜に感謝だな。ローマは静かな田舎じゃないんだ。」そして次の晩、再び窓が勢いよく揺れたとき、彼はもう不満を抱かなかった。むしろその騒音を楽しみに待っていたのである。