マルティアリス(Marcus Valerius Martialis)『エピグラム集』第12巻第18歌の冒頭にあたります。
馬車旅の不快さと、読書に集中できない状況をユーモアを込めて描いた、彼らしい一編です。
🧩 原文と文法的解釈
In raeda
Scribis, ut oblectem. Quis me legat inter iniquas
raedae ferocis ruinas, et assiduo quem sollicitat fragore
lector, et a libris animum rapit undique clamor?
第1行
Scribis, ut oblectem.
- Scribis:2人称単数・直説法現在・能動「君は書いている」
- ut oblectem:接続法現在・目的文「私が楽しませるために」 👉「君は、私に楽しませろと書いてきた。」
第2行
Quis me legat inter iniquas raedae ferocis ruinas?
- Quis:疑問代名詞「誰が」
- me:1人称単数・対格「私を」
- legat:接続法現在・能動「読む」→ 反語的疑問「誰が読むというのか?」
- inter:前置詞「〜の間で」+対格
- iniquas ruinas:形容詞 iniquus「不均衡な・でこぼこした」+名詞 ruinae「崩壊・衝撃」→「不快な揺れ・がたつき」
- raedae ferocis:属格句「荒々しい馬車の」 👉「荒々しい馬車の激しい揺れの中で、誰が私を読むというのか?」
第3行
et assiduo quem sollicitat fragore lector,
- et:接続詞「そして」
- quem sollicitat fragore:「騒音によって誰を悩ませるのか」
- quem:関係代名詞(対格)= me(私を)
- sollicitat:3単・現在・能動「かき乱す、悩ます」
- fragore:奪格「轟音によって」
- assiduo:形容詞(副詞的に)「絶え間ない」
- lector:主格「読者」= me 👉「絶え間ない轟音で心をかき乱される読者(つまり私)を?」
第4行
et a libris animum rapit undique clamor?
- et:接続詞「そして」
- rapit:3単・現在・能動「引き離す」
- animum a libris:「心を本から」
- undique:副詞「四方八方から」
- clamor:主語「叫び声・騒音」 👉「そして四方八方からの騒ぎが心を本から引き離してしまうのに?」
📚 全体の翻訳(意訳)
馬車の中で
君は私に「読者を楽しませろ」と手紙をよこしたが、
あの荒々しい馬車のひどい揺れの中で、一体誰が私を読むというのか?
絶え間ない轟音が読者の集中をかき乱し、
四方八方の叫びが本から心を引き離していくというのに。
🏛️ 文化的背景解説
◆ 馬車(
raeda
)と古代ローマの旅
- raeda は四輪の馬車で、乗客を複数人運べる中~大型の移動手段。主に都市間の旅行や物資の運搬に使われました。
- 街道(たとえばVia Appia)は舗装されていたものの、でこぼこで、石畳のつなぎ目などで激しく揺れました。
- 馬車に乗りながら読書を試みるのは、教養ある都市市民の自己演出でもありましたが、現実は「本どころではない」ほどの不快さだったようです。
◆ 古代の「読者」と「作者」の関係
- マルティアリスはよく「友人」や「読者」から、面白くて気の利いた詩を書けと依頼されていました。
- この詩もそのような状況への皮肉で、「こんな状況じゃ無理だよ」とユーモアを込めて返答しているのです。
✍️ 補足:形式と技巧
- 4行からなる緻密な構成で、日常の不快と読書の対比を巧みに描出。
- 接続法を多用した反語的疑問表現(“Quis me legat…?”) によって、滑稽さと知性を両立。