登場人物
- マルスス:自由な詩人。民の声とともに歩む者。
- リカニウス:かつての成金。今は空虚な豪邸の主。
- クラウディア:パン屋の娘。正直さと温かさを持つ若者。
- ユウヌス:労働者。マルススの言葉に救われた一人。

Ⅰ. 沈黙の広間
リカニウスの屋敷は、今や静まり返っていた。
かつて群がっていた客人たちは、マルススの言葉に魅かれて去り、宴の席は空となった。
ある朝、彼は長年仕えた奴隷キトゥスに問いかけた。
「……なぜだ、キトゥス。私はすべてを持っていたのに。」
キトゥスは黙って、机の上に一枚の紙を置いた。
それは誰かが模写したマルススの詩であった。
Pauper amicus erat: nunc est tibi dives amicus.
A facie cognoscis, Calliodore, Deum.
「かつての友は貧しかった。今の友は金で選ぶ。
神でさえ、そんなことはしないのに。」
リカニウスはしばらく紙を見つめ、そして呟いた。
「では、わたしは……友を失ったということか。」
Ⅱ. フォルムへの旅
その日、リカニウスは変装してフォルムへ出た。
ぼろをまとい、馬車を捨て、ただの一市民として歩いた。
広場には、果物とパンを囲む小さな輪があり、マルススが人々と笑っていた。
クラウディアが小麦の香る袋を運び、ユウヌスが荷を背負っていた。
リカニウスは人知れず、輪の端に立った。
マルススがふと目をやり、彼に気づいた。
二人の目が合ったとき、マルススは何も言わず、詩を語り始めた。
Non sunt longa quibus nihil est quod demere possis.
「削るもののない詩こそ、真に短く、美しい。」
リカニウスの目に、わずかに涙が滲んだ。
Ⅲ. 銀貨ではなく、麦の粒を
数日後、リカニウスの屋敷の門が開かれ、かつての使用人たちが戻ってきた。
彼は金をばらまくのではなく、パンを焼くための麦を分け与えた。
「これで詩人の館に届けてくれ。食べる者がいるのだ。」
クラウディアの店には、銀貨ではなく「麦」が届いた。
「貧しき者からの礼」と書かれた木札が添えられていた。
マルススは麦の粒を指で弾き、ぽつりと言った。
「言葉が、石を割ることもある。」
Ⅳ. 最後の詩
数ヶ月後、マルススは短い詩を刻んだ粘土板を、フォルムの一角に掲げた。
署名はなかったが、誰もがそれを彼のものと知っていた。
Divitis irrisor, dives factus es ipse:
sed risu, non auro, ditatus es.
「富める者を嘲ったお前が、富める者となった。
だが、それは金でなく、笑いと友で富んだのだ。」
リカニウスはその前に立ち、しばし目を閉じた。
彼の表情は、初めて「貧者の詩人」と同じ色をしていた。
終わりに
この第3話では、虚栄に満ちた金持ちリカニウスが、言葉と人のつながりによって変化していく様を描きました。
マルティアリスの皮肉と誇りは、「笑い」「詩」「友情」こそが真の財産であるという哲学に昇華されます。
