
物語:恋と詩と、そしてフォルムの午後
—マルティアリスと恋愛詩人たちのある一日—
第1場:朝の広場、そして嘲笑
フォルム・ロマヌムの舗道には朝の光が差し、円柱の影が長く伸びていた。マルティアリスは、顔なじみの羊皮紙屋の前に立ち、巻物を数本選んでいた。そこへ、絹のトーガを翻しながら、青年詩人ラレンスがやって来る。
「おや、マルクス。今日も皮肉の刃を研いでいるのかい? 僕は今朝、彼女に捧げる十行詩を書き上げたところさ」
「十行も? 一夜の情熱には少々長いな」マルティアリスは笑って、こう呟いた。
“Basia das aliis, aliis das verba, Luperce:
si verum vultis, lector, habere nihil.”
(キスはあの子に、言葉は別の子に――読者よ、真実など何もない。)
ラレンスは肩をすくめた。「愛の詩とはそういうものだよ。夢を与えることが詩人の役割さ。」
「夢か……ならば、私は目覚めさせる役だな。」
第2場:浴場の噂、詩人たちの論争
午後、マルティアリスはティトゥス浴場の脱衣所で、オウィディウス気取りの老詩人ヴァレリウスに出会った。彼は肌を拭きながら、自作の恋歌について熱弁をふるっていた。
「愛とは火だよ。冷やせば消え、熱せれば燃え上がる。それを知らぬ若造たちは、女の目を詩にするだけで満足している!」
「その通りだ」とマルティアリスは言った。「だが、燃えすぎた火は、しばしば詩より先に財布を焦がす。」
“Carmina vis nobis, ignave, legantur eodem
tempore quo soles, Somne, venire mihi?”
(お前の詩を読むには、私に眠気が来るその時がちょうどよい。)
他の詩人たちが笑い声をあげる。ヴァレリウスは苦々しく笑い、肩をすくめた。
第3場:夜の宴、愛と嘘の交差点
夜、詩人たちはトラステヴェレの小さなトリクリニウム(食堂)に集まっていた。酒杯が回り、薄明の中でリュートの音が鳴る。ラレンスは再び詩を読み上げていた。彼の声は甘く、言葉は美しかったが、隣の席の踊り子の腰ばかりを見ていた。
「詩人の眼は心に宿る」とラレンスが言うと、マルティアリスはゆっくり杯を置いてつぶやいた。
“Difficili bile tumet repente
tunica suspendere Chrison aequali…”
(いざ結婚を申し込むとなると、急に不機嫌になるのだ。)
「詩では”永遠の愛”と詠いながら、現実では一夜の恋にすら誠実でない。我々の詩は、美徳の仮面か、それとも真実の鏡か?」
誰も答えなかった。空の杯が静かにテーブルに置かれた。
結び:夜の独白
マルティアリスは夜の階段を上り、自宅のテラスに出た。星のまたたく空を見上げ、巻物に静かに書きつけた。
“Vitam quae faciant beatiorem…
quod sis esse velis nihilque malis.”
(幸せな人生とは――自分が何であるかを望み、他の何者にもなりたがらぬこと。)
愛を詠う者たちの暮らしには虚飾と激情が混ざり合う。だが、マルティアリスはその矛盾の中に、詩という名の真実を掬い上げようとしていた。