エピグラムと古代ローマ C

ホラティウス(Horatius)による風刺詩『サティラエ(Sermones)』第1巻第5歌「ブリンディシへの旅」(Iter Brundisinum)からの一節です。以下に、該当句の文法的解釈、翻訳、作者・詩の解釈、文化的背景を順にご説明します。

🔤 原文と文法的解釈

At Sinuessae libenter hospitio accepti multum sermone benigno…

  • At:接続詞「ところで、しかし」
  • Sinuessae:固有名詞 Sinuessa(カンパニア地方の都市)の地名属格/位置表現(「シヌエッサで」)
  • libenter:副詞「喜んで、快く」
  • hospitio:名詞 hospitium(歓待、宿泊)の奪格(手段・様態)
  • accepti:動詞 accipio, accipere, accepi, acceptum(受け入れる)の過去分詞・男性複数・主格(“私たちは受け入れられた” の意味で使われる)
  • multum:副詞的に「たくさん、十分に」
  • sermone:名詞 sermo(会話)の奪格(手段)
  • benigno:形容詞 benignus(親切な)の奪格・男性・単数(sermone にかかる)

🔁 全体で:

「シヌエッサでは、私たちは快く歓迎され、親切な会話をたっぷりと楽しんだ。」

🧑‍🎨 作者と詩の解釈

◆ 作者:ホラティウス(Quintus Horatius Flaccus, 紀元前65年 – 紀元前8年)

  • ローマの黄金時代を代表する詩人。オウィディウスやウェルギリウスと並ぶ。
  • 本作『風刺詩集』(Sermones)は、韻文形式で書かれた日常の観察・風刺・旅行記的な作品。

◆ 詩の内容と文脈

この詩は、ホラティウスが友人マエケナスとともにブリンディシへ旅した際の旅行記であり、ユーモアと観察眼に富んだ古代ローマ版「街道歩き」です。

該当箇所では、カンパニア地方のSinuessaという町で、旅の一行が快く迎えられ、談笑とともに宿泊した様子を述べています。

ただし、その後の行にて「ノミに悩まされ、カエルの声で眠れなかった」と続くため、単なる美化ではなく、ローマ詩人特有の皮肉とユーモアを含んだ描写と解釈できます。

🏛️ 文化的背景:mutatio・mansio と旅行文化

◆ 古代ローマの旅行文化

  • ローマ帝国では舗装された「ローマ街道(viae)」が張り巡らされており、官吏や商人、詩人も旅をしました。
  • 宿泊は mansio(宿舎)、mutatio(馬替えの小駅)などで可能。
  • 詩に出てくるシヌエッサ(Sinuessa)は実在の宿駅で、Via Appia(アッピア街道)沿いに存在し、温泉でも有名。

◆ 宿場での歓待と現実

  • hospitium は「旅人の歓待」を意味し、ローマ文化では非常に重視された徳目。
  • ただし実際の宿場は衛生的に不十分であり、ノミ・騒音・湿気などがあったことも、ホラティウスの詩がよく伝えています。