エピグラムと古代ローマ LⅩⅧ

このラテン詩句は、豊穣の平和を祈願する短い詩です。以下に、文法解釈とともに翻訳・作者・内容の解説を行います。

原文:

At nobis, Pax alma, veni spicamque teneto,

Profluat et pleno dives ut unda sinu.

1. 文法的解釈と逐語訳:

At

接続詞「しかし」「ところが」などの意味。詩では「さあ」「いざ」と感嘆的な強調に使われることもある。

nobis

人称代名詞 nos(私たち)の与格「私たちに」。恩恵の帰着点を示す。

Pax alma

Pax:女性名詞・主格単数「平和」 alma:形容詞・女性・単数・主格、「恵み深い」「養う者としての」 ⇒「恵み深き平和よ」(擬人化された呼びかけ)

veni

動詞 venire(来る)の命令法・二人称単数。「来たれ!」

spicamque teneto

spicam:名詞 spica(穂)の対格単数。「麦の穂」=豊穣の象徴 -que:接続辞「〜と」 teneto:tenere の未来命令法・二人称単数。「持て」「保て」(詩語的) ⇒「麦の穂を携えて来たれ」

Profluat et pleno dives ut unda sinu

Profluat

動詞 profluere(流れ出る)の接続法・現在・三人称単数。

「(水などが)豊かにあふれ流れ出るように」

et

接続詞「そして」

pleno sinu

pleno:形容詞 plenus(満ちた)の奪格単数。「満ちた〜から」 sinu:名詞 sinus(胸・襟・懐・湾・容器などの「曲がった所」)、ここでは「懐」や「胸元」の意味。「豊かな懐」 ⇒「満ちた懐から(流れ出るように)」

dives ut unda

dives:形容詞「豊かな」「富んだ」 ut:接続詞「〜のように」 unda:名詞「波」や「水流」 ⇒「波のように豊かに」

2. 全体の翻訳:

「さあ、恵み深き平和よ、我らのもとへ来たれ。そして麦の穂を携えて、

波のように豊かに、満ちた懐からあふれ出でよ。」

3. 作者と背景:

この詩句の作者は明確に知られていませんが、文体・主題からして古代ローマ末期〜中世ラテン詩、もしくはルネサンス期の模倣詩の一節である可能性が高いです。擬人化された「平和(Pax)」に呼びかける表現や、豊穣(spica)と波(unda)による富の象徴は、ウェルギリウス(例:『農耕詩』)やルカヌス、クリスティアン詩人たちに見られる伝統的トポスです。

4. 詩の解釈:

この詩は、単なる平和の到来を祈るだけでなく、「平和がもたらす実りと富」を象徴的に描いています。

**spica(麦の穂)**は収穫と農業の象徴であり、平和によって可能になる生活の基盤を示します。 **unda(波)**は豊かな流れや富の循環を象徴。 **sinu(懐)**は母なる大地や女神の象徴的空間とも読め、命を育む存在の懐から富が湧き出すという自然の賛歌になっています。

この詩句──「At nobis, Pax alma, veni spicamque teneto, / Profluat et pleno dives ut unda sinu」──は、ラテン語詩における「擬人化された平和の女神」と「豊穣の象徴」という二重の象徴的主題を組み合わせた、非常に古典的な構造を持っています。その文化的背景を掘り下げるには、以下の3つの文脈から考察するのが適切です。

1. 古代ローマにおける「平和(Pax)」の神格化と政治的利用

● Pax の神格化

「Pax(平和)」は、ローマ神話においてしばしば女神として擬人化されました。特にアウグストゥス帝時代には、「Pax Augusta(アウグストゥスの平和)」という政治スローガンのもと、平和は帝国の繁栄と支配の正統性を象徴する中心的価値となりました。

アウグストゥスが建てた「アラ・パキス(平和の祭壇)」は、平和がもたらす豊穣や家族、統治の秩序を描いた記念碑で、この詩句と同様の象徴体系を持ちます。 Paxはしばしば 麦の穂(spica)や角杯(cornucopia)を持つ姿 で表され、まさにこの詩で語られるように、実りと結びついた神格でした。

● 政治詩と道徳詩におけるPax

ホラティウスやウェルギリウスの詩においても、平和は「戦争に勝利した後の理想的な状態」として描かれます。しかしそれは単なる「戦争の終結」ではなく、神のような平和女神がもたらす秩序と豊穣の世界であり、農耕と詩の繁栄に直結するものでした。

2. 豊穣の象徴としての「spica(麦の穂)」と「unda(波・水流)」

● Spica(穂)

農耕文化における麦の穂は、特に収穫の時期の祝祭において重要な象徴で、ケレース(Ceres)女神に捧げられる供物でもありました。 「spicamque teneto(麦の穂を携えて)」という句は、平和がただの静けさではなく、実際的な実りをもたらす力であることを象徴的に語っています。

● Unda(波)と sinus(懐)

「波(unda)」は、ラテン詩において豊かさ・生命力の象徴。特に水流があふれ出る様子は、神々や自然の慈愛と豊穣を表す常套句です。 「満ちた懐からあふれ出る」という比喩は、母なる自然(または女神)の養いの力を想起させます。これはケレースやオプス(豊穣の女神)といった母性神格と深く結びつきます。

3. キリスト教詩や中世ラテン詩における継承と変容

● Paxとspicaのキリスト教的転用

キリスト教詩においても「Pax(平和)」は重要な主題であり、しばしばキリストの象徴とされました(「Et in terra pax hominibus…」など)。 一方「spica(麦の穂)」は、**聖餐(エウカリスティア)**におけるパン=キリストの体の象徴ともなるため、この詩句はキリスト教的な霊的意味にも読み替えられる可能性があります。

● 中世の農業讃歌や祈願詩

中世修道院文学では、平和と収穫を祈願する詩が数多く作られました。修道士たちは自然と神の調和、秩序の中に神の平和を見るという思想を持っていたため、この詩句のような表現は、祈祷書や祭文詩にも通じます。

総合的解釈

この詩句は、「擬人化された恵み深い平和」が「実際に麦の穂を携え、豊かな波のように富をあふれさせる」という神話的・道徳的・政治的・宗教的象徴が融合した作品です。

ローマの古典詩の伝統を土台にしつつ、中世やキリスト教的世界観にも容易に接続可能な、文化的に多層的なテキストと言えるでしょう。