この詩はラテン語の格言詩の典型で、勇敢な者は逆境に打ち勝ち、幸運の女神は大胆な男たちに付き従うというテーマをもっています。文体や内容から見て、古代ローマの格言詩人 プブリリウス・シュルス(Publilius Syrus) の精神に近いといえますが、明確な作者が確認できる引用ではありません。ただし、同様の思想はウェルギリウス、セネカ、キケロなど多くのローマ文学に共通しています。
原文:
Fortis in adversis fortunam vincere novit,
Ipsa Dea audaces comitatur saepe viros.
文法的解釈(各語と構造)
第1行:
Fortis in adversis fortunam vincere novit
- Fortis:形容詞「勇敢な(人)」;ここでは主語。男性・単数・主格。
- in adversis:前置詞句「逆境において」
- in + abl.(奪格):「〜の中で」
- adversis:形容詞 adversus(逆の、困難な)の中性複数奪格、複数形名詞的用法(「逆境」)
- fortunam:名詞「運命・運・幸運(fortune)」対格単数
- vincere:動詞 vinco, vincere(打ち勝つ)不定詞
- novit:動詞 nosco, noscere の完了形・三人称単数「知っている、〜することができる」 →「勇者は、逆境において運命に打ち勝つ術を知っている」
第2行:
Ipsa Dea audaces comitatur saepe viros
- Ipsa:強調の指示形容詞「まさにその(女神)」、女性・単数・主格
- Dea:名詞「女神」(ここでは Fortuna, 幸運の女神を指す)
- audaces:形容詞「大胆な者たち」男性・複数・対格(=目的語)
- comitatur:動詞 comitor, comitari(同行する)・現在形・三人称・単数・中動詞(deponent)
- saepe:副詞「しばしば」
- viros:名詞「男たち」対格複数(=audacesを指す)
→「まさに女神(フォルトゥーナ)は、しばしば大胆な男たちに付き従う」
日本語訳(自然な意訳):
「勇者は逆境において運命に打ち勝つ術を知っている。
幸運の女神は、大胆な者たちにしばしば味方する。」
詩の解釈
この詩はローマ的な運命観と行動倫理を端的に示すものです。
主な思想的要点:
- 運命に勝つのは勇気と行動力
- 運命(fortuna)はローマではしばしば不安定・気まぐれな力とされるが、それに屈するか支配するかは個人の勇気(fortitudo)にかかっている。
- 「幸運の女神は大胆な者に味方する」
- これはローマ文化において非常に広く受け入れられた格言(たとえばウェルギリウス『アエネーイス』10巻:audentes Fortuna iuvat「フォルトゥーナは大胆な者を助く」)の変奏。
- ただし、この詩では**「comitatur」(従う)**という表現で、人が先に動き、幸運がそれに続くという能動的な姿勢が強調されています。
文化的背景
1.
ローマの運命観(Fortuna)
- Fortuna は女神として人格化され、「幸運」「成功」を与える存在として崇拝されたが、同時に不安定で「転輪(rota Fortunae)」を象徴として持つ。
- しかしローマ人にとっては、ただ運に身を委ねるのではなく、自らの勇気と行動によって運命を従えることが理想であった。
2.
ローマ的道徳:virtus と audacia
- Virtus(徳、男らしさ、勇気)とaudacia(大胆さ)は共和政期・帝政初期のローマにおける理想的な市民の資質。
- この詩はまさに、**「行動する人間こそが運命を動かす」**というローマ倫理の凝縮された表現です。
類例との比較
- ウェルギリウス(Vergilius)『アエネーイス』10.284 audentis Fortuna iuvat(運命の女神は大胆な者を助く)
- プブリリウス・シュルスの格言 Fortuna caeca est.(運命は盲目である) Virtutem fortuna sequitur.(徳に運命は従う)
これらと併せて読むことで、詩の意味はより深まります。