ラテン語の「Deliberando saepe perit occasio.」
1. 文法的な解釈
Deliberando saepe perit occasio.
- Deliberando
- 動詞 delibero, deliberare「熟考する、熟慮する」の動名詞(動詞の現在能動分詞中性単数奪格)または動名詞・動名詞的用法で「熟慮することで」「思い悩んでいて」
- saepe
- 副詞「しばしば、たびたび」
- perit
- 動詞 pereo, perire「滅びる、失われる」の三人称単数現在能動直説法
- occasio
- 名詞「機会、チャンス」(女性名詞・単数・主格)
構造
- 主語: occasio(機会が)
- 述語: perit(失われる/滅びる)
- 構文: deliberando(熟慮することで)saepe(しばしば)
2. 日本語訳
「熟慮しているうちに、しばしば機会は失われる。」
または、
「思い悩むことで、しばしば機会は失われる。」
3. 作者・出典
この言葉は古代ローマの歴史家 Publilius Syrus(プブリリウス・シュルス) の格言集(Sententiae)に由来します。実際、彼の著作中に類似表現が数多くあります。
- Publilius Syrus, Sententiae 676, あるいは、しばしば格言集の中で引用される形です。
4. 詩/言葉の解釈・意味
この格言は、「機会(occasio)」——人生や物事におけるチャンス——が、「熟慮しすぎること」(deliberando)によって「よく失われてしまう」(saepe perit)と警告しています。
熟考することは時に必要である一方で、あまりにも逡巡して決断を下さずにいると、絶好の機会が過ぎてしまう、という人生訓を詠んだものです。「時は待たない」「好機逸すべからず」といった日本語の諺にも対応します。
まとめ:
- 熟慮しすぎるとしばしば機会を逃す、迅速な行動や決断の重要性を説く格言です。
参考文献
- Publilius Syrus: Sententiae (Loeb Classical Library)
- Lewis & Short Latin Dictionary: deliberando, occasio, perit
要約
Deliberando saepe perit occasio.
- 【文法】「熟慮することで/しばしば/失われる/機会(は)」
- 【訳】「熟慮しているうちに、しばしば機会は失われる。」
- 【作者・出典】プブリリウス・シュルス(Publilius Syrus)『格言集』
- 【意味】慎重すぎて決断が遅れると、チャンスを逃してしまう、という人生訓を表す言葉です。
「Deliberando saepe perit occasio.(熟慮しているうちに、しばしば機会は失われる)」という格言の文化的背景について詳しく解説します。
ローマ社会と「機会」観
古代ローマ社会では、**運命(fatum)や機会(occasio, fortuna)**は、人間の努力と密接に結びついて考えられていました。ローマ人は実務的・現実的な民族とされ、政治、軍事、法律、ビジネス、あらゆる場面で「時機を見る」能力が重視されていたのです。
ローマでは「機会(occasio)」はしばしば女神として擬人化され、前髪しかなく後頭部は禿げている姿(チャンスは前からはつかめるが、過ぎてしまうともうつかめない)の彫像で表現されることもありました。つまり「機会」をつかむには、ためらってはいけない、「今」行動しなければならない、という考え方です。
プブリリウス・シュルスと格言集
この言葉の作者であるプブリリウス・シュルスは、紀元前1世紀に活躍したシリア出身のローマの格言作家であり、古代ローマ演劇(特にミムス)や格言文学の伝統の中に位置づけられます。彼の「Sententiae(格言集)」は、機知に富み、日常や人生の知恵を簡潔な表現で提供し、ローマ社会の現実的な精神、倫理観、人生観をよく反映しています。
慎重と迅速のバランス
古代ローマでは、**思慮(prudentia = 慎重さ、知恵)も美徳とされましたが、一方で時宜を得た行動(tempestivitas)**もまた高い価値が置かれていました。「慎重であること」と「機を逸しない決断」――この両者のバランスが、良きローマ市民像(理想的人間像)とされたのです。
ローマの多くの政治家や軍人(たとえばカエサルやキケロ)は、慎重に考えることと、勇気を持って行動することの両面を誉め称えられています。場合によっては、チャンスを逃さず決断することが美徳とされました。
近現代の継承
この「思い悩むうちに機会を逸する」という教訓は、ローマだけでなくヨーロッパ全体に広まり、ルネサンス人文主義を通じて近代社会にも大きな影響を与えました。「好機逸すべからず(carpe diem = 今を摘め)」といった別の名言とも結びつき、「迷ったら行動(Fortune favors the bold)」といった価値観にまで続いています。
日本文化との比較
日本にも「鉄は熱いうちに打て」「好機逸すべからず」「後悔先に立たず」など、同様の教訓があり、国や時代を超えて人間社会に普遍的な知恵であることが分かります。
まとめ
この格言は、古代ローマ人が現実的な行動力・決断力を重視し、「機会を逃さないこと」が人生や社会でいかに大事かを教えています。「慎重さ」と「機を捉える即断力」の間で生きたローマ人の知恵の結晶であり、その価値観は現代社会にも強い影響を与え続けています。