エピグラムと古代ローマ LⅣ

“Tantum religio potuit suadere malorum.” は古代ローマの詩人ルクレーティウスの『物の本質について(De Rerum Natura)』の、非常に有名な句です。以下、文法解釈、翻訳、詩的解説を順に述べます。


1. 文法的解釈

Tantum religio potuit suadere malorum.

  1. Tantum
    • 副詞。「それほどまでに」「かくも」「これほど多く」(程度・分量を強調)
  2. religio
    • 主語。女性名詞・単数・主格。「宗教」「信仰心」「宗教的畏怖」
  3. potuit
    • 動詞、「posse」(〜できる)の直説法・完了・三人称単数。 ⇒「〜することができた」
  4. suadere
    • 不定詞。「勧める、誘う、説得して〜させる」
  5. malorum
    • 中性名詞「malum, i(悪、災い)」の複数・属格。 ⇒「悪(いこと)の」「災厄の」

文全体の構造

  • Tantum(これほどまでの)+ malorum(悪いこと)を
  • religio(宗教が)+ suadere(勧める/引き起こす)ことを
  • potuit(できた)

→「宗教は、これほどの悪事を引き起こす(よう人々をそそのかす)ことができた。」


2. 日本語訳

直訳

「かくも多くの悪事を、宗教はそそのかすことができた。」

意訳

「これほどの悪事をなさしめたのは、宗教の力だった。」 「宗教はこれほどまでの悪を人々に行わせることができたのだ。」


3. 詩の解説・文化的背景

出典

  • 作者:ルクレーティウス(Titus Lucretius Carus)
    • 紀元前1世紀のローマの詩人・哲学者
    • エピクロス哲学をラテン語で広めた
  • 作品:『物の本質について(De Rerum Natura)』第1巻101行

背景と主題

ルクレーティウスは、「宗教」(religio)を迷信・盲信・非合理な畏怖心として批判します。

この句は、宗教的信念が残虐な行為や非道な事件を引き起こすことがある、と述べる文脈で使われています。

作中、象徴的な例として「アウリュス王による娘イピゲネイアの犠牲」があげられます。ギリシャ神話で、女神の怒りをなだめるために娘を犠牲にした、という話です。これは「宗教的信念の名のもとに罪なき者が殺される」という事件で、ルクレーティウスはこれを「宗教(religio)」がもたらす「悪(mala)」の一例として非難しました。

詩的解説

この言葉は、

  • 「本来善なるはずの宗教が、人々の心田を侵し、時に最悪の非道を産みうる」
  • 迷信や狂信、宗教的理由による迫害や残酷な儀式
  • 理性の大切さと無知や盲目的な信仰の危険性

を、警世的に詠み上げています。

エピクロス主義では神や自然は必ずしも人間の善悪と関係がない、とされており、ルクレーティウスも「理性にもとづき自然の理(logos)を学べ」と繰り返し説きます。

この一句は歴史を通じ「宗教が人間社会にもたらす負の側面」を鋭く指摘する格言として、しばしば引用されてきました。


まとめ

  • 文法解釈:「tantum」は程度、「malorum」は「悪事の」、主語は「religio」、不定詞「suadere」が完了動詞「potuit」に従属
  • 翻訳例:「かくも多くの悪を、宗教は(人に)させることができた」
  • 詩的解説:宗教的狂信が非道な行為を引き起こし得ることへのルクレーティウスの批判。理性の重要性と、宗教的盲信の危険を警告する句として有名。

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