『テルマエでのひととき――マルティアリスと共に』

午前の陽が高く昇るころ、私はマルティアリスに誘われてカラカラ浴場へと足を運んだ。青銅の扉をくぐると、すでに湯気が立ちのぼり、石の床には濡れた足跡が複雑に交差していた。

「この国では、政治より汗を流すことのほうがよっぽど誠実さを引き出すものだよ」と、マルティアリスが言った。

私たちはまず**アポディテリウム(脱衣室)**へ。そこでは筋骨隆々の男が、鏡の前でひたすら自分の胸筋を撫でていた。

“Speculo placet ipse lavari,

nec se, sed vultus tergit et ora suas.”

―「鏡にうっとり浸かってる。体じゃなくて顔ばかり拭いてるよ。」

と、マルティアリスが呟く。私は吹き出しそうになる。

次に向かったのはカルダリウム(熱湯室)。蒸気の中、裕福そうな男が奴隷を使って自分の背中を叩かせていた。だが、その男は、昨日フォルムで見たばかりの元老院議員だ。

「ここでは階級も裸になる。だが、ふるまいだけは変えられぬらしい」とマルティアリス。

“Nil pudet hic nudos: hic sum, qui fueram.”

―「裸で恥じることはない。私はいつもと同じ私なのだ。」

冷水のフリギダリウムに入りながら、マルティアリスは周囲をじっと見渡していた。入り口近くで痩せた詩人らしき男が、巻物を濡らしながら何やら書きつけている。

「おお、同業者だ。風邪をひく前に韻を踏むつもりか?」

最後に、マルティアリスが目を止めたのはマッサージ室。香油を体に塗り、得意げに笑う男がいる。彼は実のところ、彼の詩にたびたび登場する「ルスティクス」だった。

“Unguenta lavat, non corpus: fictus amicus.”

―「油で誤魔化すだけ。中身はからっぽ、にせの友だちさ。」

ひととおりの観察を終え、私たちは日陰の石段に座って汗を拭った。

「テルマエはローマの縮図だ。すべてがここにある。裸の身体、虚飾の会話、そして真実の一欠片だけ。」

私は、濡れた床に映る空を見上げながら、マルティアリスの言葉を反芻した。

“Thermae loquuntur: audimus veritatem sine toga.”

―「テルマエは語る。トガのない真実を、我らは聞くのだ。」

ご希望があれば、このストーリーに挿絵や詩画、あるいは場面ごとのラテン語講座なども加えることができます。続けてみましょうか?