親愛なる読者よ、私、マルクス・ウァレリウス・マルティアリスと共に、この栄華を極めたローマの街を歩こうではないか。ヴィア・サクラをゆっくりと進み、フォルム・ロマヌムを眺めれば、雄弁家キケロの言葉が今にも耳元で響いてきそうだ。
まずはパラティヌスの丘だ。この丘は我々ローマ人の揺籃の地にして、皇帝たちの華やかな宮殿が並ぶ場所だ。アウグストゥス帝の荘厳な邸宅を見上げ、その威容に思いを馳せるがよい。
“Hic ubi sidereus propius videt atria Phoebus,\n Palatia, dominum Roma salutat eundem.”
― Martialis, Epigrammata, Liber VIII.36
(ここに、輝く太陽神アポロがより近くで広間を見下ろす場所――パラティヌスにて、ローマは同じ者を主として迎えるのだ)
この詩は、皇帝の宮殿が太陽神のように光り輝く場所にあることを誇示している。帝と神とを一体のように語るその表現は、まさにローマの権威と栄光を象徴するものだ。
次に向かうはコロッセウム。この壮大な円形闘技場は、剣闘士の熱い戦いや野獣の咆哮が日々響く場所だ。ここでは、生と死が劇的に交錯し、観衆の興奮は頂点に達する。「パンとサーカス」、この言葉を実感することができるだろう。
“Quod spectacla dies, quantum uictricia circi\n Praemia! quot uolucris, quot fera, quanta cadant!”
― Martialis, Epigrammata, Liber V.26
(なんと壮観な日々、なんと勝利の競技場の栄光よ!いかほどの鳥が、獣が、いかほどの命が倒れゆくことか)
この詩は、コロッセウムにおける壮麗な競技と流血の現実を描写している。そこにはローマ市民の熱狂、国家の威信、そして人間の運命が凝縮されているのだ。
疲れを癒したくなったら、カラカラ浴場へ足を向けよう。ここでは熱い湯と冷たい水の快楽を味わい、蒸気浴で体をほぐす。ローマ市民が集う社交の場でもあり、最新のゴシップを耳にする絶好の機会だ。
“Balnea, vina, Venus corrumpunt corpora nostra:\n sed vitam faciunt balnea, vina, Venus.”
― Martialis, Epigrammata, Liber XIV.223
(風呂、酒、愛――それらは我らの身体を堕落させる。だが、風呂と酒と愛こそが、人生を豊かにするのだ)
この詩の通り、浴場とは単なる清潔の場ではなく、人生の悦楽と交歓の舞台でもある。ローマ人にとっての「良き一日」の象徴なのだ。
夕暮れ時には、ティベリス川沿いを散策してみるがよい。橋から眺める川の流れと夕陽は絶景だ。川辺には商人や詩人、恋人たちが行き交い、ローマの日常の美しさを垣間見ることができる。
“Nunc vivit Tiberina domus: nunc libera mens est,\n Et curis vacuus me iuvat esse liber.”
― Martialis, Epigrammata, Liber X.30
(いまやティベリスの館は活気にあふれ、心は自由、煩いを離れた私のひとときが心地よい)
ティベリス川沿いは、まさに静寂と活気が交差する場所だ。マルティアリスが愛したのは、そんな自由な時の流れと、人々の営みをそっと見守る川のまなざしであった。
夜が更けたらスブーラ地区に足を踏み入れるのも面白い。ここは活気と喧騒に満ちた庶民の街で、酒場や屋台がひしめき合う。美味しいワインと安価な料理に舌鼓を打ちながら、市井の人々との会話を楽しもう。
“Vix totam famulus servat conviva Suburan,\n Et recubans uno non saturatur ope.”
― Martialis, Epigrammata, Liber I.117
(スブーラの客を従者はとても世話しきれず、一人分の料理では食卓についた客は満足しない)
スブーラにあるインスラ(集合住宅)は、粗末な作りながらも、多くの庶民が寝起きし、笑い、怒り、恋を語る生活の舞台。私もその狭い部屋でワインを傾け、詩想を練ったものだ。
最後はカンプス・マルティウスで星空を眺め、神々に感謝の祈りを捧げよう。ここで、ローマが「永遠の都」と呼ばれる理由を、あなた自身が深く感じ取るだろう。
“Si sapis, utaris: perit omne sub sole caducum.\n Temporis hoc iugulum, non mihi, Rufe, tenes.”
― Martialis, Epigrammata, Liber V.58
(もし賢いなら、今を楽しめ。陽の下にあるものはすべて消えゆくのだから。ルフスよ、お前が握っているのは、私のではなく“時”の喉首なのだ)
この地で星を見上げる時、人は自らの小ささと、時の儚さに気づくだろう。それゆえにこそ、神々に感謝し、今この瞬間を大切にするのだ。
さあ、友よ。このローマを隅々まで堪能し、その魅力を私の詩のように心に刻みつけてほしい。
(注:これはChatGPT-4oによる創作です)