エピグラムと古代ローマ Ⅻ

Da, puer, plectrum, choreis ut canam fidelibus dulce carmen et melodum, gesta Christi insignia.

【文法的解釈】

Da (命令形) = Give

puer (呼格) = O boy

plectrum (対格) = the plectrum (弦をはじく道具)

choreis (与格) = for the dances

ut + canam (接続法現在) = so that I may sing

fidelibus (形容詞、choreis を修飾) = faithful

dulce carmen (対格) = sweet song

et melodum (形容詞、carmen を修飾) = and melodious

gesta Christi (対格) = Christ’s deeds

insignia (形容詞、gesta を修飾) = remarkable

【日本語訳】

少年よ、私が弦楽に合わせて歌えるように弦をはじく道具を与えたまえ

キリストの素晴らしい御業について、甘美で調べ高き歌を。

【作者と詩について】

この詩は、9世紀のカロリング朝ルネサンス期の修道士・詩人であるセドゥリウス・スコトゥス(Sedulius Scottus)によって書かれた「キリストの御業を讃える歌」の冒頭部分です。

セドゥリウス・スコトゥスは、アイルランド出身の学者で、850年頃にリエージュ(現在のベルギー)で活動しました。彼は優れた詩人としても知られ、宗教詩や世俗詩を多く残しています。

この詩は、典型的な中世キリスト教讃美歌の形式を取っており、以下の特徴が見られます:

  • 古典的なラテン語の韻律法を用いながら、キリスト教的な主題を扱っている
  • 音楽との密接な関係を示す表現(plectrum、choreis、melodum)を使用
  • 形式的には古典文学の伝統を踏襲しながら、内容はキリストの栄光を讃える宗教詩となっている

詩の冒頭部分では、詩人が少年(おそらく聖歌隊の少年)に呼びかけ、キリストの御業を讃える歌を歌うための楽器(弦をはじく道具)を求めています。これは詩的な序詞(プロローグ)として機能し、続く本編でキリストの偉大な御業が語られることを予告しています。

【プルデンティウスとの関係】

この詩はプルデンティウス(348年頃-410年頃)の作品ではありません。プルデンティウスは4-5世紀のヒスパニア出身のキリスト教詩人で、『カテメリノン』や『プシュコマキア』などの作品で知られています。両者は確かにキリスト教讃美詩を書いた詩人として共通点がありますが、活動した時代が約400年異なります。

プルデンティウスは古典的なラテン詩の形式を用いてキリスト教の教義や殉教者の物語を詠んだラテン語キリスト教詩の先駆者の一人であり、その影響は後のセドゥリウス・スコトゥスの時代まで及んでいたと考えられます。

【文化的背景】

この詩は、カロリング朝ルネサンスの文化的文脈の中で理解する必要があります:

  • 古典教養の復興:カール大帝の時代から、古典ラテン語文学や学問の復興が積極的に推進されていました。
  • 修道院文化:修道院が学問と芸術の中心地となり、写本の制作や教育活動が活発に行われていました。
  • 典礼音楽の発展:グレゴリオ聖歌を中心とする典礼音楽が体系化され、聖歌隊による演奏が重視されていました。

特に、リエージュは当時の重要な文化センターの一つでした:

  • アイルランド-大陸間の文化交流:アイルランドの修道院文化と大陸の学問伝統が融合する場所でした。
  • 宮廷文化との関係:カロリング朝の宮廷と密接な関係を持ち、文学や芸術の保護を受けていました。
  • 多言語・多文化環境:ラテン語文化圏とゲルマン語文化圏の接点として、豊かな文化的土壌を形成していました。

この詩の形式と内容は、以下のような複数の伝統の融合を示しています:

  • 古典詩の伝統:韻律や修辞法において古典ラテン詩の技法を継承
  • キリスト教典礼:典礼における音楽と詩の不可分な関係を反映
  • アイルランド修道院の伝統:詩と学問を重視する修道院文化の影響

【古代ローマとの関連性】

この詩は、古代ローマの詩的伝統と密接な関連を持っています:

  • 韻律法:古典ラテン詩で用いられた定量韻律法(長音節と短音節の組み合わせによるリズム)を採用しています。
  • 呼びかけの形式:冒頭の「Da, puer」という呼びかけは、ホラティウスやウェルギリウスなどの古典詩人がしばしば用いた修辞技法を踏襲しています。
  • 楽器への言及:plectrum(弦をはじく道具)への言及は、古代ローマの抒情詩で頻繁に見られる竪琴や竪琴奏者のモチーフを想起させます。

しかし、古典的な形式を用いながらも、内容面では明確な違いが見られます:

  • 主題の転換:古典詩で扱われた神々や英雄たちの代わりに、キリストとその御業が中心テーマとなっています。
  • 道徳的意図:古代ローマの詩が時に享楽的な要素を含んだのに対し、この詩は明確な宗教的・教育的意図を持っています。
  • 文化的融合:古典的要素とキリスト教的要素を巧みに融合させ、カロリング朝期特有の文化的統合を体現しています。