エピグラムと古代ローマ Ⅲ

“Gutta cavat lapidem, non vi sed saepe cadendo; Sic homo fit doctus, non vi sed saepe legendo.”

オウィディウス(Publius Ovidius Naso、紀元前43年〜西暦17年頃)の作品に帰されるこの有名なラテン語の格言を日本語に翻訳し、解説します。

「水滴は岩を穿つ、力によらず繰り返し落ちることによって; 同じように人は学者となる、力によらず繰り返し読むことによって。」

文法的解釈

この格言は平行構造を持つ二つの文から成り立っています:

  1. 「Gutta cavat lapidem, non vi sed saepe cadendo」
    • Gutta (主語、単数名詞「水滴」)
    • cavat (動詞、「穿つ、掘る」)
    • lapidem (目的語、「石、岩」の対格形)
    • non vi sed saepe cadendo (副詞句、「力によらず繰り返し落ちることによって」)
      • vi は「力」の奪格形
      • cadendo は動名詞「落ちること」の奪格形
  2. 「Sic homo fit doctus, non vi sed saepe legendo」
    • Sic (副詞、「このように、同じように」)
    • homo (主語、「人」)
    • fit (動詞、「〜になる」)
    • doctus (形容詞、「学識のある、博学の」)
    • non vi sed saepe legendo (副詞句、「力によらず繰り返し読むことによって」)
      • legendo は動名詞「読むこと」の奪格形

詩の解説

この格言は忍耐と継続の力を表現しています。最初の文は自然界の比喩を用いて、一滴の水が力ではなく、繰り返し同じ場所に落ち続けることで最終的に硬い岩さえも穿つことができるという事実を述べています。

オウィディウスの『恋愛の技術』(Ars Amatoria)に類似した表現「滴り落ちる水は石を穿つ」(”Quid magis est saxo durum, quid mollius unda? Dura tamen molli saxa cavantur aqua”)があり、これがこの格言の元になった可能性があります。

この格言はむしろ中世のラテン諺として広まり、様々な形で引用されてきました。その普遍的な知恵と簡潔な表現から、特定の作者がいなくとも、西洋の教育や哲学の伝統の中で重要な位置を占めてきました。

二番目の文はこの自然の原理を人間の学習プロセスに適用しています。人は一度に大量の知識を無理に詰め込むのではなく、コツコツと読書を続けることで、少しずつ確実に学識を身につけていくというメッセージです。

この格言は教育や自己啓発における「継続は力なり」という普遍的な知恵を伝えており、急がば回れという日本の考え方にも通じるものがあります。小さな努力を積み重ねることの重要性を、自然界の現象と人間の知的成長を parallel(並行)させて表現した美しい教えです。


古代ローマの恋愛事情

古代ローマの恋愛は、現代とは大きく異なる社会規範と価値観の中で展開されていました。政治的な駆け引きと私的な情熱が入り混じる複雑な世界でした。

結婚制度

古代ローマの結婚は基本的に政治的・経済的な取引でした:

  • 婚姻同盟: 特に上流階級では、結婚は家族間の同盟を強化する手段
  • 父権(patria potestas): 家長(家父)が子どもの結婚相手を決定する権限を持っていた
  • 結婚適齢期: 女性は12〜14歳、男性は14〜17歳が一般的
  • 持参金(dos): 花嫁の家族から花婿へ財産が移る重要な制度

恋愛と情事

結婚とは別に、恋愛感情や情熱的な関係も当然存在していました:

  • 婚外関係: 既婚男性の婚外関係は社会的に許容される場合が多かった
  • 愛人(amator/amatrix): 特に上流階級の男性は愛人を持つことが一般的
  • 詩と恋文: オウィディウスやカトゥルスなどの詩人が恋愛詩で情熱を表現

階級と性別による差異

  • 市民権と非市民: ローマ市民の女性との関係と、奴隷や外国人との関係では社会的意味が異なった
  • 男性の特権: 男性は様々な恋愛関係を持つ自由があった一方、女性には厳しい貞節が求められた
  • 同性愛: 青年期の男性間の関係は一定の社会的文脈で認められていたが、複雑な社会規範があった

公共の場での出会い

  • 公共浴場(thermae): 社交と出会いの場として機能
  • 宴会(convivia): 上流階級の社交場で新たな関係が生まれることも
  • 劇場や競技場: 公共の娯楽施設も出会いの機会を提供

恋愛文化

  • アモール神: 恋愛の神として広く崇拝され、文学や芸術に登場
  • 恋愛マニュアル: オウィディウスの『恋愛術』は、まさに当時の恋愛テクニックを教える指南書
  • 恋愛魔術: 恋愛成就のための呪文や魔術も広く行われていた

古代ローマの恋愛は、厳格な社会規範と情熱的な感情の間で展開される複雑な営みでした。文学作品や壁画、落書きからは、私たちと変わらない喜びや苦しみを経験していたことがうかがえます。