エピグラムと古代ローマ Ⅱ

「Carpe diem, quam minimum credula postero.」の日本語訳と解説をいたします。

日本語訳

「今日という日を摘み取れ、明日にはできるだけ期待せずに。」

文法的解釈

  • Carpe: 「carpere(摘み取る、つかむ)」の命令形
  • diem: 「dies(日)」の対格形で、「carpere」の目的語
  • quam minimum: 「できるだけ少なく」という副詞的表現
  • credula: 「credulus(信じる、期待する)」の女性単数主格形で、主語(暗黙的に「あなた」)を修飾
  • postero: 「posterus(次の、将来の)」の単数与格形、「明日に」の意

詩の文化的背景と解説

この一節はローマの詩人ホラティウス(Quintus Horatius Flaccus, 紀元前65年-紀元前8年)の『歌集』(Carmina/Odes)の中の「カルペ・ディエム」の詩(Odes 1.11)から来ています。

この詩は、人生の儚さと現在を大切にすることの重要性を説いています。ホラティウスはエピクロス派の思想の影響を受けており、未来は不確かであるため、今この瞬間を大切にして楽しむべきだという人生観を表現しています。

「カルペ・ディエム(Carpe diem)」という表現は、その後西洋文学の中で繰り返し引用され、今日では「今を生きる」「人生を謳歌する」という意味の格言として広く知られています。シェイクスピアやロバート・フロスト、近年では映画「いまを生きる」(Dead Poets Society)などでも取り上げられた有名な概念です。

古代ローマの不安定な時代背景や、人生の短さを意識した中で生まれたこの詩は、2000年以上経った現代でも私たちに、不確かな未来に過度に期待するよりも、今日という日を充実させることの大切さを思い起こさせてくれます。


古代ローマ時代の平均寿命

古代ローマ時代の平均寿命については、以下のような情報があります。

古代ローマ(共和政期から帝政期、紀元前509年〜西暦476年頃)における平均寿命は、現代の基準からすると非常に短いものでした。考古学的証拠や墓碑銘などの分析によると:

  • 一般的な平均寿命は約20〜30歳と推定されています
  • 乳幼児死亡率が非常に高く(約30%程度の子供が5歳までに死亡)、これが平均寿命を大きく引き下げていました
  • 乳幼児期を生き延びた場合、成人(男性は約15歳、女性はさらに若い年齢)に達した人々の平均余命はさらに長く、多くは40〜50歳代まで生きました
  • 上流階級(貴族や裕福な市民)は、より良い栄養状態と生活環境により、一般市民よりも長生きする傾向がありました
  • 60〜70歳まで生きた人々も珍しくはなく、古代の文献には80歳以上まで生きた著名な人物も記録されています

古代ローマ時代の短い平均寿命の主な原因は:

  • 感染症や疫病の蔓延
  • 衛生状態の悪さ
  • 医療知識と技術の限界
  • 戦争や暴力
  • 栄養不足や飢饉

このような状況から、「カルペ・ディエム(今日を摘め)」のような哲学が生まれた背景を理解することができます。人生が短く不確実だからこそ、現在の瞬間を大切にする考え方が重視されたのです。