マルティアリスのエピグラムと古代ローマ ⅠL

マルティアリスの公衆浴場に関する風刺的なエピグラムをご紹介します。

In thermis sumit lactucas, ova, lacertum, / Et cenare foris se negat Aemilius.

3.7Sonnetによる翻訳と解説


マルティアリスのエピグラム「In thermis sumit…」に関する詳細解説

言語・文法的分析

In thermis sumit lactucas, ova, lacertum,

  • In thermis: 「浴場で」という場所を示す前置詞句。thermae(複数形)は公衆浴場を指し、複数形で用いられるのが一般的。奪格(ablative)で場所を表現。
  • sumit: sumo, sumere, sumpsi, sumptum「取る、摂る、消費する」の直説法現在3人称単数形。主語はAemilius。
  • lactucas, ova, lacertum: sumitの直接目的語で対格。3つの食べ物が列挙されている。
  • lactucas: lactuca「レタス」の対格複数形
  • ova: ovum「卵」の対格複数形
  • lacertum: lacertus「トカゲ魚/サバの一種」の対格単数形

Et cenare foris se negat Aemilius.

  • Et: 接続詞「そして」
  • cenare: ceno, cenare「夕食を取る」の不定詞。否定の目的語として機能。
  • foris: 副詞「外で、家の外で」
  • se: 再帰代名詞「自分が」対格
  • negat: nego, negare「否定する、言い張る」の直説法現在3人称単数形。
  • Aemilius: 主語、ローマの男性名

翻訳の精緻化

「アエミリウスは浴場でレタスと卵とトカゲ魚を食べる。
しかし彼は外で食事をしていると認めようとしない。」

文化的・社会的コンテクスト

  1. 古代ローマの浴場文化:
  • thermaeは単なる入浴施設ではなく、社交、運動、文化活動の中心地だった
  • 通常、複合施設内に食事をする場所(tabernae)も別にあったが、浴場エリア自体での食事は一般的ではなかった
  1. 食物の選択と意味:
  • レタス(lactuca): 当時は前菜や軽食として消費
  • 卵(ova): 簡単な食事の定番
  • トカゲ魚/サバ(lacertus): 安価な魚の一種
  1. エピグラムの風刺的意図:
  • アエミリウスの矛盾:公共の場で明らかに食事をしているのに、外食していないと主張する
  • 可能性として、「外食」と「家で食べる」の間の曖昧な領域を利用している
  • 当時の社会的規範:外食は贅沢と見なされることもあり、質素を装う偽善を風刺
  1. マルティアリスの文学的特徴:
  • 簡潔さ:わずか2行で状況と皮肉を完璧に伝える
  • 日常の観察:平凡な場面から人間の弱点を抽出
  • 対照法:行動(sumit)と言葉(negat)の矛盾を際立たせる
  1. 解釈の可能性:
  • 経済的偽善:外食費を節約していると見せかけつつ実際は消費している
  • 社会的虚栄:質素な生活を装いながら公共の場で消費を楽しむ
  • 文化的アイデンティティ:伝統的なローマの家庭での食事の価値を主張しながら、実際は外での便利さを選ぶ

このエピグラムは、短い形式ながら、古代ローマ社会の日常的矛盾と当時の人々の行動様式を鮮やかに切り取っています。マルティアリスは、こうした些細な観察から人間性の普遍的な側面—見栄、偽善、自己正当化—を風刺的に描き出す天才でした。

公衆浴場文化


古代ローマの公衆浴場(テルマエ)について

設置場所と分布

ローマ市内

  • 大規模な帝国浴場(テルマエ・インペリアレス): 都市の中心部に位置し、主要な建築物として都市景観の重要な一部を形成
  • カラカラ浴場(テルマエ・アントニニアナエ)
  • ディオクレティアヌス浴場
  • トラヤヌス浴場
  • ネロ浴場
  • 地域浴場(バルネア): 各地区・住宅地域に分散して設置され、地域住民の日常利用に対応

帝国全域

  • 植民都市: ローマ帝国の植民都市には必ず浴場が建設された
  • 軍事拠点: 軍団の駐屯地や辺境要塞にも浴場施設が設けられた
  • 地方都市: 規模の大小はあれど、ほぼすべての地方都市に少なくとも1つの公衆浴場があった
  • 温泉地: バイアエ(現在のバイア)など、自然温泉がある場所には特に豪華な浴場施設が発達

数量

ローマ市内

  • 紀元前1世紀末(アウグストゥス帝の時代): 約170箇所
  • 紀元2世紀(アントニヌス朝): 約800-850箇所
  • 紀元4世紀(コンスタンティヌス朝): 約900箇所以上(「地域誌」によれば)
  • 大規模帝国浴場: 約11箇所
  • 中小規模浴場: 約900箇所

帝国全域

  • 正確な数字は不明だが、考古学的証拠から、小さな町でも複数の浴場があったことが判明している
  • 例えば、北アフリカのティムガド(人口約15,000人の都市)には少なくとも13の浴場が存在
  • ポンペイ(人口約12,000人)には少なくとも7つの公衆浴場が確認されている

特徴と機能

  • 立地の戦略性: 水源アクセス(水道橋)、人口密度、交通の便などを考慮
  • 社会階層との関係:
  • 高級住宅地には豪華な浴場
  • 労働者階級の地域には簡素だが機能的な浴場
  • 多機能性: 単なる入浴施設ではなく、社交場、運動施設、文化活動の場として機能
  • 経営形態: 公営(自治体運営)と私営(個人経営)の両方が存在

古代ローマの浴場文化は都市生活の中核を成し、単なる清潔さの維持を超えた社会的機能を果たしていました。都市のどこに住んでいても、徒歩圏内に少なくとも1つの浴場があり、日常生活に欠かせない施設として機能していたのです。


ここまでです。お付き合いくださり有り難うございました。