マルティアリス(Martialis)は『エピグラム集』(Epigrammata)の中で、ローマにやってくる異邦人を風刺する詩をいくつか残しています。ガリア人(ガリヤ人)に関するものとして、以下のようなエピグラムがあります。
Martialis, Epigrammata 1.100
“Non possum ferre, Quinte, neglegentiam: Galli linguam et habitum, moresque Catonis Ut semel attrivit, iam facit ille suam.”
Claude3.5Sonnetによる翻訳と解説
このマルティアリスのエピグラムを文法的に分析し、翻訳してみましょう。
文法的解釈:
1行目:
- “Non possum ferre” = “私は耐えられない”
- possum = 不定法を取る助動詞(できる)
- ferre = 不規則動詞 fero の現在不定法(耐える)
- “Quinte” = 呼格で「クイントゥスよ」
- “neglegentiam” = 対格「怠慢さを」
2-3行目:
- “Galli linguam et habitum, moresque Catonis” = 対格の列挙
- “Galli” = 属格「ガリア人の」
- “linguam” = 対格「言葉を」
- “habitum” = 対格「態度を」
- “mores” = 対格複数「習慣を」
- “Catonis” = 属格「カトーの」
- “Ut semel attrivit” = 時間を表す従属節
- “ut” = ~すると
- “semel” = 一度
- “attrivit” = attribo(身につける、摩耗させる)の完了形
- “iam facit ille suam” = 主節
- “iam” = すでに
- “facit” = 作る、なす
- “suam” = 所有形容詞「自分のものに」
日本語訳: 「クイントゥスよ、私は耐えられない、この怠慢さには。 彼は一度ガリア人の言葉と態度、そしてカトーの道徳を身につけると、 たちまちそれを自分のものにしてしまう。」
このエピグラムは、ローマ社会に同化しようとする(おそらく成り上がり者の)ガリア人を皮肉っています。特に、厳格な道徳家として知られるカトー(おそらくカトー・マーヨル)の厳格さを真似ることで、より「ローマ的」に見せようとする行為を風刺しています。
このエピグラムの解説を以下の観点から行います:
- 文学的コンテクスト:
- マルティアリスの風刺エピグラムの典型的な特徴を示しています
- 呼びかけ(”Quinte”)で始まる対話形式は、彼の好んだ手法の一つです
- 読者との直接的な対話を通じて、社会批評を展開しています
- 社会的文脈:
- 帝政期ローマにおける社会的上昇志向を描いています
- ガリア人(Galli)は当時、徐々にローマ社会に同化していく過程にありました
- カトー(おそらくカトー・マーヨル)は、古きよきローマの道徳と美徳の象徴として言及されています
- 風刺の対象:
- 表面的な文化的同化を批判しています
- 特に以下の要素が対象となっています:
- 言語(lingua):ラテン語の使用
- 外見・態度(habitus):ローマ的な振る舞い
- 道徳的態度(mores):カトー的な厳格さの模倣
- 詩的技巧:
- “attrivit”(摩耗させる)という動詞の選択は意図的です
- 物理的な「擦り切れ」と文化的な「同化」を重ね合わせています
- “iam facit…suam”の表現は、急速な変化を強調しています
- 批評の本質:
- 表面的な文化的模倣を「neglegentia」(怠慢、不誠実さ)として非難しています
- 真の文化的理解なしの形式的な同化を批判する意図が読み取れます
この詩は、ローマ帝国における文化的同化の問題、特に新たにローマ市民となった者たちの社会的上昇志向と、それに対するローマ旧来の貴族層の反応を鮮やかに描き出しています。マルティアリスは、この現象を単に批判するだけでなく、そこに潜む矛盾やアイロニーを巧みに描写しています。
古代ローマにおけるガリア人(異邦人)
古代ローマにおけるガリア人(異邦人)の状況について説明します:
歴史的背景:
- 紀元前2世紀から1世紀にかけて、ローマはガリア(現在のフランス、ベルギー地域)を征服
- カエサルのガリア遠征(紀元前58-51年)により、ガリア全土がローマの支配下に
- 特にキサルピナ・ガリア(北イタリア)は早期にローマ化が進行
ローマへの移住と同化:
- 都市ローマへの移住は主に以下の形態:
- 商人として
- 奴隷として
- 解放奴隷として
- 知識人(教師、医師など)として
- 特に解放奴隷とその子孫は、ビジネスや行政で成功を収めることも
社会的地位と偏見:
- ガリア人に対する伝統的なステレオタイプ:
- 野蛮、未開
- 戦闘的
- 不洗練
- しかし実際には:
- 商才に長けた者も多く
- 教養を身につけ、社会的上昇を果たす例も
- 帝政期には元老院議員にまでなった者も
文化的同化の過程:
- ラテン語の習得
- ローマ式の服装の採用
- ローマ的な生活様式の受容
- ローマの宗教・祭祀への参加
- ローマ式教育の受容
法的地位の変遷:
- 紀元前89年:キサルピナ・ガリアの住民にラテン権付与
- 紀元前49年:同地域の住民にローマ市民権付与
- クラウディウス帝時代:ガリアの有力者に元老院議員資格付与
- 212年:カラカラ帝の勅令により帝国内の自由民全てに市民権付与
文学での描写:
- マルティアリスやユウェナリスなどの風刺作家による批判的描写
- 成り上がり者としての揶揄
- 文化的同化の表面性への批判
- 一方で、ガリア出身の著名な文人も:
- アウソニウス
- シドニウス・アポリナリス
このように、ガリア人のローマ社会への同化は、文化的・社会的な摩擦を伴いながらも、徐々に進行していった複雑な過程でした。彼らの存在は、ローマ帝国の多文化性と、その統合能力を示す好例となっています。
ここまでです。お付き合いくださり有り難うございました。