In Romam, per quam non est permissus quiescere: Mane domi si vis vivere, nocte fuge. Currunt hinc inde cocci, clamant institores, Nummularii addunt aera tinnitibus aeris.
翻訳と解説
このマルティアリスのエピグラムを翻訳いたします:
「休息すら許されぬこのローマにて:
昼に家で暮らしたいのならば、夜は逃げ出せ。
行商人たちがあちこちへと走り回り、商人たちが叫び声を上げ、
両替商たちは銅貨の音に銅貨の音を重ねる」
より自然な日本語訳を試みると:
「安らぎも得られぬローマの街にて:
昼間に家で静かに暮らしたいなら
夜のうちに逃げ出すがよい。
行商人らは通りを走り回って叫び声を上げ
商人たちは怒鳴り声を張り上げ
両替商どもは銅貨を鳴らし続けて
その響きに響きを重ねるばかり」
このエピグラムは、商業活動に沸き立つローマの喧騒を、皮肉を込めて見事に描写しています。特に最後の「銅貨の音に銅貨の音を重ねる」(aera tinnitibus aeris)という表現は、音の重なりを効果的に表現しており、詩的な技巧が光る一節となっています。
行ごとの直訳と解説:
In Romam, per quam non est permissus quiescere: (休息を許さぬこのローマにて:)
Mane domi si vis vivere, nocte fuge. (昼に家で暮らしたいなら、夜は逃げ出せ)
Currunt hinc inde cocci, clamant institores, (行商人たちがあちこち走り回り、商人たちが叫び声を上げる)
Nummularii addunt aera tinnitibus aeris. (両替商たちは銅貨の音に更なる銅貨の音を重ねる)
この作品は、古代ローマの都市生活の喧騒を風刺的に描いた代表的なエピグラムです。特徴的な点として:
- 構造的な対比:
- 昼と夜の対比
- 静寂を求める話者と騒がしい都市の対比
- 家の中の平穏と外の喧騒の対比
- 音の描写:
- 商人の叫び声
- 銅貨の響き これらの音の重なりが、都市の騒音の重層性を効果的に表現しています。
- 風刺的要素:
- 「休息したければ逃げ出せ」という逆説的な助言
- 商業活動の喧騒を通じた物質主義への批判
- 「平穏」という基本的な生活の質が失われている都市への皮肉
この作品は、現代の都市生活にも通じる問題を鋭く指摘しており、約2000年前に書かれたにもかかわらず、現代性を失っていない点が興味深いと言えます。
古代ローマの都市における騒音と喧騒
古代ローマの都市における騒音と喧騒について、主な特徴を説明させていただきます。
- 商業活動による騒音
- 露店や店舗からの商人の呼び声(institoresの叫び声)
- 行商人(cocci)の移動と呼び込み
- 両替商(nummularii)の硬貨を扱う音
- 市場(forum)での取引や値切り交渉の声
- 交通による騒音
- 荷車の車輪が石畳を転がる音
- 馬や家畜の蹄の音
- 積み荷の積み下ろしの音
- 狭い通りでの人や車の混雑による騒音
- 生活騒音
- アパート型集合住宅(インスラ)からの生活音
- 職人の仕事場からの金属加工音や木工音
- 公衆浴場からの話し声や水音
- 酒場や食堂からの騒音
- 時間帯による特徴
- 早朝:商人たちの準備や市場の開設音
- 日中:最も喧騒が激しい商業活動の時間
- 夕方:帰宅する人々の騒音
- 夜間:酒場や夜の商売による騒音
マルティアリスのエピグラムは、特に商業活動に起因する騒音に焦点を当てています。これは当時のローマが商業都市として繁栄していた一方で、その繁栄がもたらす生活環境の悪化を示唆しています。また、このような都市の喧騒は、静けさや休息を求める知識人や詩人たちにとって、創作活動の妨げとなっていたことも窺えます。
古代ローマの騒音問題は、都市計画や法制度にも影響を与え、例えばユリウス・カエサルは市内での車両通行を制限する法律を制定するなど、騒音対策も行われていました。このことからも、都市の騒音問題が深刻な社会問題として認識されていたことが分かります。
インスラと人々の生活
古代ローマのインスラ(insula)とその周辺の生活空間について説明させていただきます。
- インスラの構造と居住形態
- 一般的に3~5階建ての集合住宅
- 1階:タベルナ(taberna、店舗や工房)が並ぶ商業スペース
- 2階以上:居住スペース(cenacula)
- 上階ほど家賃が安く、設備も粗末
- 木造部分が多く、火災の危険性が高い
- 給排水設備は限定的で、多くは共同の水場を利用
- 居住者の社会階層と生活
- 1階:商人、職人(パン屋、靴屋、金物屋など)
- 中層階:中流層(書記、教師、芸人など)
- 最上階:貧困層(日雇い労働者、奴隷など)
- 一室に複数家族が同居することも多い
- 調理は共同かまどや簡易コンロを使用
- 洗濯は専門業者(fullones)に依頼か共同洗濯場を利用
- インスラ周辺の都市空間
- 路地(angiportus):建物間の狭い通路
- 中庭(cortile):共同の井戸や洗濯場
- 公共噴水:飲料水の供給源
- 公衆トイレ(latrinae):共同使用
- 市場(macellum):食料品や日用品の購入
- 公衆浴場(thermae/balnea):日常的な社交場
- 日常生活のリズム
- 早朝:商店の開店準備、労働者の出勤
- 日中:店舗営業、職人の作業
- 正午:主な食事時間(prandium)
- 午後:商取引、社交活動
- 夕方:帰宅、夕食(cena)
- 夜:酒場での娯楽、就寝
- コミュニティと社会関係
- 住人同士の密接な交流
- 商店主を中心とした情報交換
- 職業組合(collegia)を通じた相互扶助
- 祭礼や行事での共同参加
- 近隣トラブル(騒音、排水、火災など)
- インスラの問題点
- 構造的な脆弱性(倒壊の危険)
- 防火対策の不十分さ
- 衛生状態の悪さ(廃棄物処理、害虫)
- プライバシーの欠如
- 騒音(生活音、商業音、交通音)
- 治安(泥棒、暴力事件)
このような都市居住空間は、現代のアパートやマンションの原型とも言えますが、当時の技術的制約や社会制度の未整備により、多くの問題を抱えていました。一方で、密集した居住形態は、活発な商業活動や社会的交流を生み出す基盤ともなっていました。