新世界ルナパークと初代通天閣

新世界ルナパークは、日本で二番目にできたルナパークで、そのコンセプトは1903年にニューヨークのコニーアイランドに開業したコニーアイランド・ルナパークを参考にしていました⁷。大阪の新世界に位置し、敷地面積は132,000平方メートルでした⁷。1912年(明治45年)7月3日に開園し、1923年(大正12年)まで営業されました。

初代通天閣は、新世界ルナパークのすぐ北に建てられ、ルナパークのホワイトタワー(白塔)と高さ86mの通天閣がロープウェイ(索道飛行船)によって結ばれ、観客がパークの入り口へ向かう際に空中の景色を楽しめるように設計されました⁷。これはイタリアのセレッティ・タンファーニ社が製造した日本初の旅客用ロープウェイでした。

新世界ルナパークには、絶叫マシーン、メリーゴーランド、ローラースケートホール、演芸場、活動写真館、音楽堂、不思議館、展望塔(白塔)、大衆演舞場(清華殿)、動物舎、および瀑布渓流(綾糸瀧、真澄ノ池)、噴泉浴場、円形大浴場、サウナ風呂、温水プールなどのアトラクションが設置されていました。

新世界ルナパークは1923年のシーズンをもって閉鎖され、1943年1月には初代通天閣が火災により損傷し、そのまま閉鎖され、材料を軍事利用するために日本政府によって解体されました。戦後になって二代目の通天閣が建設され、1956年に営業を開始しました⁷。