1898年6月21日、フランスの詩人アルチュール・ランボーは、マルセイユの病院で37歳の若さでこの世を去りました。死因は骨肉腫による右脚の切断手術後の合併症でした。

ランボーは1854年にフランス北部のシャルルヴィルで生まれました。10代の頃から詩作を始め、16歳でパリに出て、詩人ポール・ヴェルレーヌと出会います。二人は同性愛関係に陥り、共に放浪生活を送りますが、1873年にヴェルレーヌがランボーを銃で撃つという事件を起こし、二人の関係は破綻します。
その後、ランボーは詩作を放棄し、ヨーロッパやアフリカを放浪し、貿易商として働きました。しかし、1891年に右脚に激痛を感じ、マルセイユに戻って入院。骨肉腫と診断され、右脚を切断することになりました。
ランボーは、わずか16歳から19歳までの間に、革新的な詩を次々と発表し、フランス文学に大きな影響を与えました。「見者の手紙」「地獄の季節」「イリュミナシオン」などの作品は、象徴主義やシュルレアリスムの先駆とされています。
彼の詩は、従来の詩の形式や主題にとらわれない自由な表現、幻覚や夢のようなイメージ、言葉の響きを重視した音楽性などが特徴です。その作品は、後の世代の詩人や芸術家に多大な影響を与え、現代詩の礎を築いたと評価されています。
ランボーの早すぎる死は、文学界にとって大きな損失でしたが、彼の作品は今もなお多くの人々に愛読され、その革新的な精神は生き続けています。