第1ニカイア公会議は、325年5月20日から6月19日まで小アジアのニカイア(現在のトルコ共和国ブルサ県イズニク)で開かれた、キリスト教史における最初の全教会規模の会議です¹。この会議は、キリスト教の教義が確立されていく中で、キリスト論や三位一体論の解釈などにおいて様々な立場を取るものが現れ、その中で主流派から正統的でないとみなされたものとその支持者は異端として排斥されるようになりました。

特に、アリウス派の思想が議論されるにあたって地域の主教や地方教会会議だけでの解決が難しくなり、これはキリストの神性の解釈をめぐる問題でした。放置すればキリスト教世界の分裂を招きかねず、当時キリスト教をローマ帝国の一致に利用しようと考えていたローマ皇帝コンスタンティヌス1世にとっても喫緊の課題でした。
会議の結果、アリウス派の思想を退ける形でニカイア信条が採択され、閉会しました。ニカイア信条の中で、御父と御子は「同質」(ギリシャ語:ホモウーシオス)であるという表現が使われました。この語の使用は、聖書に記載がない言葉が初めて教義の中に取り入れられたという意味で画期的でした。参加者間ではこの「同質」と「相似」(ギリシャ語:ホモイウシオス)のどちらを使用すべきかをめぐって激しい論戦が交わされましたが、「同質」という言葉を好まない主教たちも多く、神学論争が長引く要因となりました¹。
この会議によって、キリスト教の基本信条の一つであるニカイア信条が確立され、後のキリスト教会の教義形成に大きな影響を与えました。ニカイア信条は、その後381年にニカイア・コンスタンティノポリス信条に改訂され、東方教会・西方教会問わず広範に用いられるようになりました²。この信条は、キリスト教の三位一体の教義を明確にし、キリストの神性を強調するものとなっています。