1924年6月13日、日本の劇作家・演出家の土方与志と小山内薫が、東京・築地に築地小劇場を開場しました。これは、日本の演劇史において非常に重要な出来事であり、新劇運動の中心地として大きな役割を果たしました。
築地小劇場の設立背景
当時、日本の演劇界は歌舞伎や新派といった伝統的な演劇が主流であり、海外の近代演劇を取り入れた「新劇」はまだ発展途上でした。土方与志は、ヨーロッパ留学中に新劇に触れ、その革新的な表現に感銘を受けました。帰国後、小山内薫らと協力し、日本にも本格的な新劇の拠点を作ることを目指し、築地小劇場を設立しました。
築地小劇場の特徴
- 日本初の近代的小劇場: それまでの日本の劇場は、歌舞伎座のような大劇場が主流でしたが、築地小劇場は500人収容の比較的小規模な劇場でした。これにより、観客との距離が近く、より親密な雰囲気で演劇を鑑賞できるようになりました。
- 実験的な舞台: 築地小劇場では、海外の戯曲の翻訳上演だけでなく、日本のオリジナル作品も積極的に上演されました。また、照明や音響などの技術も積極的に導入し、新しい演劇表現に挑戦しました。
- 新劇俳優の育成: 築地小劇場は、劇団員を養成するための付属養成所を設立し、多くの新劇俳優を輩出しました。彼らは、後の日本の演劇界を牽引する存在となりました。
新劇運動への影響
築地小劇場は、新劇運動の中心地として、以下の点で大きな影響を与えました。
- 新劇の普及: 新劇という新しい演劇の形式を広く一般に紹介し、その普及に貢献しました。
- 演劇表現の革新: 実験的な舞台を通じて、日本の演劇表現を大きく発展させました。
- 新劇俳優の育成: 多くの優秀な新劇俳優を育成し、日本の演劇界に新しい風を吹き込みました。
築地小劇場のその後
築地小劇場は、1945年の東京大空襲で焼失しましたが、その精神は戦後の演劇界にも受け継がれ、日本の演劇の発展に大きく貢献しました。現在、築地小劇場跡地には記念碑が建てられ、その歴史を伝えています。
