1954年6月7日、イギリスの数学者・計算機科学者アラン・チューリングが41歳の若さで死去しました。彼の死は青酸中毒によるもので、自宅で青酸カリを塗ったリンゴをかじった状態で発見されました。検死の結果、自殺と断定されました。
チューリングは、第二次世界大戦中にドイツ軍の暗号機「エニグマ」を解読するなど、多大な貢献をしました。また、計算機科学の基礎となる「チューリングマシン」の概念を提唱し、「人工知能の父」とも呼ばれています。
しかし、彼は同性愛者であったため、当時のイギリスでは違法とされ、1952年に有罪判決を受けました。その結果、彼は化学的去勢を受けさせられ、精神的にも追い詰められていきました。
彼の死は、同性愛者への差別と偏見の悲劇的な結果として、後世に大きな影響を与えました。2009年には、当時のイギリス首相ゴードン・ブラウンが、政府としてチューリングへの扱いを謝罪しました。2013年には、エリザベス女王2世から死後恩赦を受け、2017年には「アラン・チューリング法」が制定され、過去に同性愛を理由に有罪判決を受けた人々が恩赦を受けられるようになりました。
チューリングの功績は、死後も高く評価されており、彼の肖像はイギリスの50ポンド紙幣に採用されています。また、コンピュータ科学分野におけるノーベル賞とも呼ばれる「チューリング賞」は、彼の名にちなんで設立されました。