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2018年は我が家に嬉しい出来事がありました。息子が結婚して新しい家庭をつくりました。二人で幸せな人生をおくってもらいたいと願っています。

イラストは恒例のクリスマスと新年の挨拶ハガキ2018ー2019年版です。娘が描きました。何年目になるでしょうか。すでに15枚にはなっているはずです。

私は退院して1年2ヶ月が過ぎました。おかげさまで退院時よりもずいぶん改善し、身体の動きが良くなっていますが、頭はダメですね。

それでも頭のリハビリにと読書を心がけています。今年読んだ本で印象に残っているのは國分功一郎著「中動態の世界」、久世濃子著「オランウータン」、伊藤亜紗著「目の見えない人は世界をどのように見ているか」、ヨシタケシンノスケ作「みえるとかみえないとか」、ボージャス著「移民の経済政治学」、シュレーマン「ルターのりんごの木」です。

来年はタクシーを利用して、一人であちらこちらに出かけて行けるようになりたいと思っています。はたしてどうなるでしょうか。

メリークリスマス。皆さまに上よりの祝福がありますようにと祈ります。

浜松ギョウザとスフレパンケーキ

昨日(9月24日)、餃子の石松本店に行ってきました。二人の牧師が誘ってくれて、病後はじめての餃子屋さんでした。上品なお店で、味の分からない私にも食べやすい餃子でした。

浜松餃子というのはいつ頃から有名になったのでしょうか。20数年間、三方原に住んでいましたが印象に残っていません。5年前に浜松に戻ってきて浜松餃子が浜松の名物になっていることを知り驚きました。

石松さんは浜松餃子発祥の店と聞きましたが、真偽は分かりません。ある人が石松さんの餃子が浜松餃子のスタンダードと思って味わい、それを基準にして他店の餃子を味わってみたらいいんじゃないかと言われたので、なるほど、それもいいなと思っています。

昨日は餃子20個の単品と水餃子2種類をいただきました。だいぶ胃が小さくなったので、食べすぎ感があります。そのあと星乃珈琲店で星乃ブレンドとスフレパンケーキで楽しい時間を過ごしました。

思いのほかの疲労感

療法士さの説明によると、何かをすると疲労感が大きいのは(思いのほか疲労するのは)麻痺した左半身を動かしていることと、バランスをとったり足下など周囲に注意をはらったりして緊張するからだそうです。その通りだなと思います。
歩き慣れたところを歩くよりも慣れないところを歩くほうがずっと疲れます。歩く時にも頭を使って、神経をとがらせています。頭を使う?日々です。
最近は疲労感が少なくなってきました。そう感じるこの頃です。有り難いです。

ニュースをみての雑感

  • 生産性云々のこと。出産が生産にいとも簡単に言い換えられる時代になってしまっているのかなあと思わされました。経済、すなわち生産と消費が社会の仕組みの根幹となり、人間の営みがそれに追従する時代になって久しい。けれども、「人はパンだけで生きるのではない。」という言葉を心に刻むようにしたいものです。
  • 某医大入試のこと。女性差別、男女不平等として問題視される傾きを感じますが。医療体制を整える苦労・苦心が背景にあるのだと思います。医療機関において女性の働きやすい環境を整えることは大切な課題だと思いますが、病者にとって充分助けとなる医療体制が整うことはもっとも重要な課題だと思います。難しい課題です。それを誰が考え整えるというのでしょうか。考えてみなければなりません。少なくとも、某医大の入試試験を涼しい顔をして論外と言い放つ政治家は信頼できません。
  • アマチュア・ボクシング連盟に関すること。競技には勝敗が伴いますが、勝敗だけが競技者にとっての意義や価値ではないでしょう。競技そのものの楽しみを普及して欲しいと思います。そのためには、競技のルールや判定が適切であることが重要になりましょう。たわいもないゲームであってもルールを守ることでその楽しみを共有できるのですから。「公平・公正にジャッジするように」と指導するのが指導者なのではないでしょうか。
  • 死刑執行のこと。死刑廃止論があります。そうあれば良いと思いますが、死刑制度の存在が非現実的であるとは必ずしも思いません。昔の「目には目を、歯には歯を」という法には意味がありましょう。それ以上の報復を欲するのが人間ですから。今日も残念ながら変わることはありません。

私の病

身体的なことではありません。新しい物好き、それが私の病です。ことに、カメラとPCに関してはそうだと言わざるを得ません。幸い、脳出血後は左半身麻痺のせいで写真を撮ることがままならなくなり、カメラを新しく購入することはなくなりました。しかし、PCはそうはいきません。身体が不自由になったので、より自分に適した物はないか、見つけては手に入れるようになりました。

ある人が、病気をする前のことですが、君は買っては捨て買っては捨てだなあ、と私に言うので、なるほどと思い、自分を「買っては捨て爺」と命名しました。この名をどこかで見つけたら私のことです。

わたしのこの病は、現在、タブレットとスマホで進行中です。スマホはiPhoneで一応おさまっていますが、タブレットはそうはいきません。主に今はiPadを使っていますが、新製品に関心が向きます。今月、新しいiPad proが発売されると言う噂が流れ、期待して待ったのですが、噂は噂に終わりました。残念でした。

iPadで何をするかと言うと、簡単な文章を作成してブログにアップすること(今、それをしてるところです)やネットサーフィン、メモ(情報収集と保存と整理)や動画作成編集、プレゼンテーションの作成です。分かってきたことですが、iPadとiPad proそれぞれの新旧機種は、同じように見えても使ってみると微妙な違いがありますね。ほんの少しの違いです。身体に不自由がなければ気にならないようなことですが、その違いが今は大きく感じます。少しでも、使い勝手が良い物をという思いになるのです。病は続きます。