続きです・・「ヘブライ語小史」3章の紹介

ハイム・ラビン「ヘブライ語小史」の3章『ヘブライ語の背景』では、聖書のヘブライ語が一つの言語として形成されるに至った、その背景について論じています。ヘブル語の成り立ちですね。多くのページが割かれています。

「ヘブライ語の属している語族が非常に多く、また広範囲にわたるということが明らかになってきた。それはハム・セム語族とか、アフリカ・アジア語族、あるいはエルトゥラー語族など、ざまざまな仕方で呼ばれる。」

エリュトゥラー語族というのは聞き慣れない表現ですが、紅海に由来する言葉で、ちょうど紅海で区切られる広大な二つの地域・語族全般を言い表す表現のようです。

 

こう書き始めて、ヘブライ語と同じ祖語を持っていたり、影響を与え合ってきたであろう関連する語族は広範囲であると語り、

それらは、アジアとエチオピアにおけるセム語。ソマリアやエチオピアおよびスーダンにおける約1000の言語で一括してクシュ諸語とよばれるもの。古代エジプト語およびそれから派生したコプト語。西部エジプトからモロッコおよび西部サハラまで広がるいくつかのごく近い言語でベルベル語で、サハラ地方ではトゥアレグ語と呼ばれるもの。そして、西アフリカのいくつかのチャド語(中でも最も重要なのは広い地域で交易語として用いられているハウサ語)であること、その共通する主要な特徴は、動詞の活用で、ヘブライ語と同じようにこれらの言語のほとんどがビンヤニーム(使役、再帰その他の動詞活用形)を持っており、その他、多くの類似点がある。のだそうです。

ラビンはこれらの諸語の中で、ヘブライ語がどのような経過を経て成立してきたのか、その跡をたどるための手がかりを求めてなされている様々な研究とその成果を自身の見解を織り込みながら紹介しています。多岐にわたっているので、ここでいちいち紹介することができませんが、たいへん興味深いものです。そして、結論部分は次のような書き出しで語られています。

「現在のところ、われわれは族長たちの出てきた元の集団により使われていた言葉の形態とその発展の跡をたどるためのいかなる手段も持ち合わせていないものの・・・」

そう記して、次のことは確かなこととして想定できると言っています。

「彼ら(族長たち)が他のすべてのセム部族同様、一部は原セム語以来不変の、また一部は彼らの先祖たちによって作られ、あるいは彼らの放浪の道すがら他の民族から借用したさまざまな言葉の集積を継承したということである。それは決して一つの『純粋な』言語ではなかった。その話し手の一部の者がカナンに到着した時、そこには他の複数の言語を見いだしたが、それらの言語は同じくさまざまな発展と影響を経てきたものであった。ヘブライ語は、すでに複合的で複雑になっていた二つの言語世界の接触から誕生したのである。」

そして、最後に次の言葉を書き添えています。

「ヘブライ語の発生にとっての直接の原因は、アブラハムをはるか遠い故郷からカナンに導き上らせた霊的経験であったということができるのである。」



 

*その後、私がFBに投稿したものを、書き添えます。

 久しぶりに、ハイム・ラビン著、毛利稔勝訳「ヘブライ語小史」の紹介(続きです。第3章を取り上げています。)を自分のブログに投稿しました。
リンゴの皮をむいてそれを食べ、果実には手を出していない、そんな紹介です。すみません。それを紹介する力がないというのが本当のことですが、たいへん興味深い内容です。
ヘブライ語の成立とその背景について最近よく聞くのは、成立は南北王朝時代のことで、それまでは商業上の言語として細々と使われていたにすぎなかったものが、預言者の語りとその記述をとおして聖書に見られるようなヘブライ語となったという見解です。
おそらく、それは旧約諸文書の成り立ちについての現今の識見に加えて、文字として書かれる以前のヘブライ語についてはそれがどのようなものであったかは不明だし、一つの言語として存在していたとも思えない、という判断が前提とされているのだと思います。ダビデもソロモンもヘブライ語を知らなかったということになるのでしょうか・・・
しかし、ラビンは類似する語族を広く見ており、それぞれの諸語による古い文書についての研究成果とヘブライ語との関連性を検証して、ヘブライ語成立に至る経過を辿ろうとする諸研究に言及しています。それが第3章のリンゴの果実です。紹介できませんが・・・

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