TPPに思う、そして教会のこと

国会で強行採決がなされたというニュースが流れました。政治のことはよく分からないのですが、TPPのような(内容はよく吟味される必要があるでしょうが)経済圏が作られていくというのは、グローバル化した世界では必然かと思います。

好むと好まざるとに関わらず18世紀以降の世界はグローバル化が進み、今では身近にいろいろな国の人を見かけ、外国の商品に囲まれ、インターネットを通じて地球の裏側に住む人とも直接話ができます。人と物との行き来が自由になり、国家の壁は低くなってきています。そんな状況を目の前にして、関税の壁を高く築いていたらその国は競争に負けてしまいます。グローバル化に対応していく必要があります。一国だけのことではなく、小さな経済圏ができたとしても、それを囲む壁が強力であれば、いろいろと不都合が起こるでしょう。

グローバルな世界では、グローバル化というプロセスを不断にすすめていくことが肝要です。TPPは実現しそうもない状況ですが、二国間のことであれ、同様のいかなる経済圏構想も、そのプロセスの途中にある一里塚であるならば良いと思うのです。

現在、グローバル化の弊害がいろいろと見られます。その顕著なことの一つは経済格差です。格差社会となっています。これはプロセスの中で克服していかなければならない課題ですね。ただ、格差それ自身よりも、注意深く見ていなければならないことがあります。それは、格差を固定化してしまう社会になってはならないということです。すべり台時代と言われて久しいのですが、そうではなくて、貧しい人も富んでいる人も、喜びや悲しみを共感し合い、共に生かされているのだということを実感・経験できる「場」が拡がっていかなければなりません。そのような「場」が失われてはなりません。グローバル化のプロセスにおける重要課題だと思います。

また、もちろんのことですが、、社会が民主的でなければならなりません。そうでなければグローバル化は成り行きません。その社会は、国家の壁が低くなりますから国家という上からの力、あるいはシステムによって民主的に保たれるということは、これまでのようには期待できなくなります。ですから、民主的な市民社会が醸成されて、社会を下から支えていかなければなりません。これも重要課題だと思います。非常に困難なことですが。

あれやこれやと乏しい頭で考えるのですが、一つ言えることは、教会が大切な存在になると思います。超越者に対する信仰、同時に、その超越者はもっとも深くこの世界の下で人間の罪と悲惨とを引き受けてくださったという畏れと感謝、その信仰を深めて、それに相応しい教会となっていかねばなりません。言い換えますと、神の国、その義と愛と平和によるご支配を待つ、待ちつつ歩む教会ということです。その教会が今日も必要とされているのではないでしょうか。

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