パースペクティブ

私が身近にパースペクティブという語を聞いたのは20年ほど前のことだった。説教塾でK先生が説教におけるパースペクティブという問題を提起された。その語の意味をすくに理解した同僚牧師はほとんどいなかったと思う。今なお不透明であるが、聖書テキストがもつ神学的視野、説教黙想の視界、心に映し出される説教の造形などを表現する語なのかなと勝手に考えている。

この語は絵画の遠近法、透視図法の意で、目に映る像を平面に正確に写すための技法として一般に知られているが、最近、カメラのあるクチコミ掲示板で画角と遠近感等をめぐって話題になっているのを知った。議論は混乱している。それを読んで、立体的なものを人間の眼とは違って、レンズを通して一枚の平面上の写真に写し取ることが、あるいは、人間の眼に映る像というものが、そんなに単純なことではないのだなということが分かった。

パースペクティブ、分かって分からない語が、事柄の奥行きの深さへと誘う。

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